-超番外編~江ノ島-
「ねぇ!近いうちに江ノ島に行ってみようよ!」
そういうトトの言葉に、ジュールは一瞬耳を疑ってしまった。
読んでいた本をパタンと閉じてトトのほうを見る。
その一、なにゆえそんな異国の地に行きたいのか?
その二、どうやっていくのか?道のりの問題ではなく、名目上の問題である。
その三、そこに言って何をするつもりなのか?
「ト、トト…」
困惑を隠せずにジュールは眉尻と口角を同時に下げた。
「もう、こまったちゃうな~」という時の顔である。
「大丈夫さ!」
自信たっぷりのトト。
「こういう時のためにサンに連絡をとってあるんだ!」
サンとは、隣国のバストール国王で、トトの親友である。
「バストール国に遊びに行ったと見せかけて、ちょっと遠出してしまおう作戦!皆には内緒だよ!」
トトは自信たっぷりに、ジュールの前で人差し指を振りながらウインクをしてみせた。
「はぁ…大丈夫でしょうかね??」
ジュールはトトとは逆に自信なさげに答えた。
「泊まりじゃないし、実際にバストール国に行っているのとそう変わりないんだから」
トトはそういうが…。
「私たちが、バストール国から出たとばれた時がちょっと恐いかな…」
遠くを見ながら、ジュールは思案する。
「何、大丈夫!なにしろ私が会いに行くのはバストール国王サング様なのだから」
「ん?どういうこと?」
「彼という人物を皆が知っているからこそさ」
ますます自信たっぷりなトトは胸を張ってこう言った。
「私がバストール国の正式な場にいなければ、そうでない場に行ったと考えるのが普通だろう?」
「まぁ、そうですね」
「サング様の友好関係の広さを知らない者はあの城の中にはいないはずだよ。私が彼についていって、いかがわしい場所に行って遊んでいたとしても、誰も怪しまないって事」
「うっ…それもどうかな…」
なにより前に道徳的に問題がありそうである。
「トトはそのような…いや、それに近い理由ができるかもしれないかもしれないですが、私は?」
普段の行動の正しさはちょっと自信がある分、そのような理由は通じそうにない。
「ジュージュは、市場で特売品があったってことにしよう!」
「なぜ?!」
私は行方不明の理由がただの買い物でOKなのか?
ジュールはますます不安になった。
「だって、よく特売品を探してどこかに行くじゃないか」
満足そうにそう言うトトにジュールは思わず反発した。
「私が、探しているのは特売品ではなく、限定品です!」
「ちょっと言い間違えただけだよ~」
普段、穏やかな人はムキになると迫力があるものである。
トトは肩を窄めて上目遣いでジュールを見た。
「ちょっとではなく~そこのところが実に重要なんですよ。価値が全然違う。」
言い聞かせるようにジュールは語った。
「すまぬぅ~」
甘えるように口を尖らせて言ってみたものの、ジュールはまだ憮然としている。
「遊びじゃないんですよ」
発言だけ聞くと、恋愛沙汰のようだ。
「はぁ、そうかもしれないね」
もはや、そうしか答えようがない。
「命がけなのです!」
「いっ・・・」
命まで…!
この人が限定品が好きなことは知っていたが、ここまでこだわりを持っていたとは、正直びっくりである。
「だから、間違えないでください」
「わ、わかった…」
言い切られた。
だが…
「理由は、限定品を求めて出かけてしまったらしいってことでOKだよね」
何しろ、命までかけてんだからさ…。とは言わなかった。
「ふぅ~まぁいいでしょう。なんか買い物で行方不明って嫌だけど」
前に、そんな事が実際あったような気もするが、本人は忘れているORわかっていないらしい。
ここで蒸し返すとごちゃごちゃしそうなので、トトはこれで通すことにした。
「それじゃ、明日の朝出発だよ!」
「えっ、そんなに早いの?」
「実は、もう手筈は整えちゃったんだ。だから、ジュージュの気持ちだけだったの」
こういう時だけ、トトは驚くべき才能を発揮するのだ。
ジュールは、驚きあきれ、そして最後にまた困ったように笑うと
「どこへなりと、お供つかまります」
と言った。
ー次の日ー
AM11:00
「あ、暑い…」
「日差しが強い・・・」
この国はイルミーネ国より少し南にある…にしても、この9月半ばでこの暑さはないだろう。
「海の近くだからかなぁ」
隣国バストール国もそれほど距離はないのに、温度差がだいぶ違う。
サンに海から吹く風のせいだと聞いた。
「ちょっと日傘買ってもいいかな?」
まわりの中年女性たちは、皆、日傘をさしている。
その中年女性たちが、露骨な視線をジュールに向けているのを、トトは気づいた。
この国の人たちは黒髪が多く、背もわりかし低めである。
その中において190cmほど身長があり、金色の髪、アイスブルーの瞳を持つこの人はやはり目立つ。
「恥ずかしいなぁ~」
「なにが?」
まわりの視線もまったく気にしない様子で、ジュールは聞き返した。
「こんなにかっこいいジュージュと一緒でv」
完全に惚気ている。
自分で、わかっていても幸せなのだからしょうがない。
「・・・・はぁ//」
ジュールは恥ずかしそうに頭をかいて下を向いた。
「今日は、身分とか立場は関係なしにしよう」
「わかりました」
「今日は・・・」
恋人同士だよ…。とは、さすがに恥ずかしくて言えない。
モジモジしていると、ジュールが肩に手をかけて
「今日が楽しい日になるといいね、トト」
と言ってくれた。
なんだか落ち着いた。
近くにあった傘屋で日傘を買って、駅前にある蕎麦屋で昼食をとることにした。
「天ぷらせいろにする」
「じゃあ、天ぷらせいろ2つお願いします」
運ばれてきた天ぷらせいろは実に感動的だった。
「ねぇ!こんな大きな海老がついてるよ!」
そう言ったトトを見て、ジュールは思わず笑みをこぼす。
「本当に、好きなもの見るときのトトって幸せそうだから」
「幸せなんだからしょうがないよ~」
海老の天ぷらは今まで食べた中で一番おいしかった。
大きさもさることながら、実に柔らかくジューシーに仕上げてあったのだ。
絶品といって過言はなかろう。
「お蕎麦もおいしいよ」
ジュールが言ったとおり、蕎麦もおいしかった。
「鰹だしが強い、甘めの味かな」
ジュールは通っぽくつゆだけを味わいながら、そんな感想を漏らしている。
最後に、うまく蕎麦湯で味わうやり方はジュールが教えてくれた。
伊達に各国回っている人ではないのである。
「おなかいっぱいになったし、そろそろ江ノ島に行こう」
江ノ島に行くには、小さい電車に乗るらしい。
「いいなぁ、我が国にもこんな乗り物が欲しいねぇ」
「電気をどこから供給するかが問題ですね」
「まぁいいや、難しいことは後回し。今日は楽しむためだけに来たのだからね」
トトは、そのまま切符売り場のほうへ行った。
「あれぇ~」
「ずいぶん混んでるね…」
小さい駅には、入りきらないくらい人が集まっていた。
しかも、切符売り場は日陰のある場所から人がはみ出て、後ろ半分に並んでいる人々は直射日光を嫌というほど浴びざるを得ない。
「とりあえず切符買わないとっ、トトは日陰のところにいて」
「ジュージュのそばにいるよ、私も自分で買いたい」
とは言ったものの…
「暑い…背中が燃えそうだ…」
「大丈夫、トト?」
汗だくになっているトトをジュールは心配そうに見つめる。
そのジュールもかなり汗だくである。
だが、この混雑で日傘をさすわけにもいかない。
ジュールはトトを庇う様に後ろについた。
ジュールの影はトトを包み込めるほど大きい。
「ジュージュ、暑いだろう?」
「私は、肩まである服を着ているから大丈夫」
今日、ジュールはベージュのストライプ柄の半そでシャツを着ている。
トトは、肩が大きく開いた七部シャツを着ていた。
「でも、肌が赤くなってしまわない?」
かなり色が白いこの人が心配だ。
「私より、トトのほうがいつも赤くなって眠れなくなるから。肌があまり強くないじゃない」
そうかもしれない。でも…
「大丈夫、もうすぐ影に入るよ」
本当に、それからすぐに日陰に入ることができた。
前に並んでいた人々が家族で来ていたらしく、一度に3・4人減ったのだ。
そして、やっとの思いでホームにたどり着くと、やはりそこも人が大勢いた。
ただ、電車が行ったばかりなので、多少は混雑を避けられたようだ。
「ごめん。私が今日来たいってなんて言って」
よりにもよって、こんな混んでる暑い日ではなくてもよかったのではないか。
トトは少し後悔した。
「でも、今日しか来れる日はなかったわけだし、どうしても江ノ島に行きたかったんでしょう」
「うん」
「きっと、トトが見たかった海がみられるよ」
「うん」
「それなら、いいんじゃないかな」
ジュールは楽しそうに言った。
「一緒に海を見よう」
「うん」
答えるように軽くジュールの指先を握った。
わかっていたことだが、江ノ電の中も混んでいた。
運よくドアのそばの三角地帯に入り込めたからよかったものの、人が背中を押してくる。
「景色を見るどころじゃないね、ちょっと・・・」
「また帰りには見れるかもしれないね」
そういう会話をまじ合わしながら、ジュールはトトの身体がものすごく自分に密着していることに気がついた。
どうしよう…なんかこのままの体勢だと、まるで私がトトを後ろから抱きしめているように見えはしないだろうか?
すると、すぐ横のカップルがこの密着状態をいいことにきゃーあきゃー言っている。
「やだ、そんなとこさわんないでよ!」
と彼女が言えば
「いいじゃん~」
と彼氏が言う。
なんて低俗で下劣な行動だろう。
そう思いながら、同時にまったく同じ立場で自分たちの事を想像してしまうジュールだった。
「ジュージュ…そんなに力いっぱい庇ってくれなくても大丈夫だよ」
トトは、自分を混雑から庇うために、電車のドアに両腕をついて立ったまま腕立て伏せの格好をしているジュールが辛そうで心配だった。
こうして人々につぶされないようにがんばってくれているんだ。
「ぬぉ・・・・」
本当にジュールは必死だった。
これ以上密着したら、完璧にあのカップルのように周りに見られてしまうかもしれない。
いや、むしろまわりに見られるとかそういうことじゃなく…。
あのカップルの会話が、登場人物を代えて再現される。
「そんなとこ触っちゃ…」
「いいじゃない」
いい……いいわけない!
頭の中だけで勝手に進む妄想を食い止めるべく、ジュールはますます腕に力を入れた。
「ぐ・・・」
「ジュー…」
なんて、よい恋人なのだろう。
辛そうな顔に汗まで浮かべて・・・。
「無理しないで」
自分のためにしてくれている事でも、つい言ってしまう。
「無理…させてください。でないと私が困ります!」
額に脂汗をかきながらジュールが言う。
「ジュージュ…」
ここまで想われて幸せでないものはいないだろう。
トトは普段でも緩い自分の涙腺が、一層緩められたのを知った。
「トト…」
そんな、潤んだ瞳で見つめて…。
まずい!力が抜け…
「長谷駅~」
長谷駅に到着したようだ。急に人の波が移動したかと思うと、車内が楽になった。
「助かった~」
ジュールはふぅ~と一息ついてギリギリまで伸ばした腕を引っ込めた。
「ありがとうね、ジュージュ」
トトは微笑んでジュールの腕をとった。
「痛くなかった?」
「あ、いえ、あの、その・・・」
これでは、まるで今にも腕を組もうとしているカップルのようだ。
「顔が赤いよ。なんでそんなに無理を・・」
「そんなことはありません。あなたの身の安全のため」
「もう~ここでは立場は関係なしっていったじゃないか。そんなに堅苦しくならないで。
でも本当にありがとう、おかげで潰されないですんだよ」
心からの笑みを浮かべるトト。
他の誰からでもなく、私から・・あなたを守るためだったのです。
と心の中で呟いたジュールだった。
それから、しばらく電車で揺られているとまわりから歓声のような声が聞こえた。
「わぁーきれいー!」
「ほら海だよ!海!」
振り返ると、人々の間から、雄大な風景がちょびっと見えた。
「もうすぐ江ノ島だよ」
「楽しみだね」
江ノ島駅…。
どうか日陰がありますように。
との願いとは逆に、かなり日が差していた。
日傘を差して歩き始める。
「ジュージュも入る?」
「い、いいえ」
こんなところで、相合日傘…
なんかものすごい光景な感じがする。
先ほどの妄想バージョン2が始まりそうで、ジュールはわけもなく首を振った。
汗を拭いながら、トトはわりとしっかりとした足取りで細い通りを進む。
「島まで結構歩くんだね」
「それは、なにしろ島だから」
ジュールの発言に
―そういえば歩いていける島っていうの自体が珍しいのだ。―
ということを、遅まきながら理解したトトだった。
島まで行く道は、細く、緩やかなカーブを描いて続いている。
しばらく上り坂を歩いていると一陣の風が吹いてきた。
「海の風だ!」
トトは嬉しそうに言った。
爽やかな潮の香をのせて。
カモメの声が聞こえる。
もうじき青い海面が見えるはず。
そして…
「海だ!~っ…!」
爽やかなはずの海風は、通りが開けた途端ものすごい勢いで襲い掛かってきた!
遠くでカモメの声…。
耳元でビュービューという暴風の音。
「ぬぉぉぉぉ~~~!」
トトは果敢に日傘を盾にして、突き進もうとしている。
「ト、トト、もう少し風が収まってから行きましょう!」
ジュールも両腕で自分をガードしながら、トトの横に付いて説得を試みるものの、
トトの足は先に先にと進もうとしている。
「今行かずしていつ行くのだ!この風は江ノ島に負けるなという神からの試練っ!」
「が、がってん!」
トトのあまりの迫力に、つい異国風の返事をしてしまうジュールだった。
ものすごい暴風の中、二人は確実に目標に向かって突き進んだ。
”そうまでして君は進むのか。
一体なぜ、その情熱はどこからくるのだ。”
お互いに、心の中でこのような疑問符を相手に、そして自分自身に向かって訴えていたが、全ては風が吹き飛ばしていった。
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