-超番外編~江ノ島-

奥津宮を出ると、ずっと下り階段が続いていた。
眼下は群青色の海だ。
この階段は狭く通りにくいが、下まで行くと道幅が若干広くなっている。

「海が触れるほど近い!」
トトが嬉しそうに言った。
「波の音って癒されるね」
ハープのように繊細な音ではないけれど、どういうわけかほっとする。
「前にね、波の音は全ての音楽の原点だって話をしたんだ」
友達と…とトトは言う。
「音符は波の曲線を形にして描いたものだって」

「本当にそうだね、リズムは波だもの。海を描く一番いい方法は音で聞かせることかもしれない」
海が描ききれないほど無限なのと、音楽の幅が無限なのと同じなんだ。
ジュールは言った。

トトは久しぶりにジュールの奏でるリュートの音色を聞きたくなった。


海岸に出た。
稚児が淵・・・
札には建長寺の修行僧自休と相承院の稚児白菊の悲恋話が書いてあった。

「ねぇ、ジュージュ・・」
いささか俯き加減でトトが言う。
「大切な人のそばにいられるって幸せな事だね」

昔の日本では同性同士の恋は崇高なものとされ、また僧侶は妻帯ができなかった事情もあり、僧院では稚児制度があったが、それは一部の徳の高い僧に限られていたので、稚児と修行僧という間柄は禁じられた関係だったのだろう。しかも、違う寺に所属しているならなおさらだ。

「私は、ジュージュといれて嬉しいよ」
トトは微笑んだ。
「うん」
それ以外、ジュールは何も言わなかったが、表情でちゃんと答えてくれた。


「すごーい崖!」
前を歩いていた中年女性が叫んだ。
稚児が淵から岩屋に向かう桟橋の途中だ。
上を向くと、白い岸壁。数十メートルはあろうか。
空高く鳶が飛んでいる。
「こわいねぇ」
「?」
崖を見上げるトト。

「だって、こんなの相手にしたらとても勝てそうにないよ」
「なぜ勝負にでるんですかっ?!」
崖と?
「大自然には勝てないよ。人間は小さいね」
「うん、そう考えるととても勝てないや」
「なにしろジュージュよりも大きいんだから」
自分が長身であることの自覚は出来ているが、まさか崖をライバルに持つことになるとは思わなかった。
と、伝えたらトトは腹を抱えて笑った。


いよいよ岩屋だ。
桟橋の突き当たりに洞穴がある。
ごつごつとした自然の岩がむき出しになっている洞穴に入った。

「なんだかひんやりしているね」
外が暑い分ここはやけに冷たく感じる。
洞穴の中は、現代風にネオンがついていて外からイメージしていたものと違う。
江ノ島の歴史がパネルで紹介されている。

進むと通路が左右にに分かれていて、左側に「第一岩屋へ」と書いてあった。
「なんか、奥に蝋燭もってる人がいるよ」
いやに嬉しそうな顔をしてトトが言った。
「ほらほら!」
ジュールの腕を引っ張って走っていく。

岩屋の途中でおじさんが観光客に蝋燭を手渡していた。
洞穴の奥は先ほどの装飾がしてあるフロアとは違って薄暗い。
「わぁ~私、こういうの大好きっ!」
乙女チックにうっとりと眺める場所でもないだろう・・・。
まるで旧式のお化け屋敷だ。
「暗そうだから気をつけてね・・・」
ジュールは注意を促した。

二人で蝋燭を持ち細長く暗い洞穴の中に入った。

道は、2又に分かれており、最初に左側の方に進んだ。
途中にはいくつも年代を感じさせる仏像や蛇神が鎮座している。
あるものは壊れ、あるものは石を重ねただけの形をしているが、どこか神秘的な力を感じるのは、この場所のせいだけではない感じがした。

明かりは、蝋燭の細い火と仏像を照らしているライトだけ。

うっすらと暗闇に浮かんだ仏像に一つ一つにお辞儀をしながら進むと、やがて人が前の方でつかえていた。観光客が大勢いるらしい。
「風が吹いてるよ!」
と、誰かの声。

洞穴の一番奥、突き当たりのところから、わずかに風を感じる。
「ここから富士山の風が吹いているみたいだよ」
立て札の説明を読んでジュールが言う。
そういう言い伝えみたいだね・・・と微笑んだジュールにトトは猛反撃!
「言い伝えというのは何か意味があってなされたものなのだ!きっとここから吹く風は富士山に繋がっているんだよ!もしかしたら、このような未知の空間に絶滅したはずの恐竜とかが生きているかもしれないじゃないかっ!ユイマンとかシャングリラとか地底王国の入り口の一つかもしれないのだよ!」
「は・・・い・・・すいません」
トトの迫力に圧倒されるジュール。
「ああ、ここが立ち入り禁止でなかったら、ぜひとも潜って調べたいのに・・・」
トトは、何が何でも潜りたそうな恨めしい視線を暗闇に投げかけている。
ここに立ち入り禁止の札を立ててくれた人こそ、我が愛する人の命の恩人に違いない・・・とジュールは思い、見も知らぬ人に感謝した。

今来た道を、戻ってもう一方の道を行く。
先ほどの左側の道よりも狭いようだ。
やはり先ほどのように混み合っていて、なかなか前に進むことが出来ない。

「天井から、冷たい水が落ちてくるよ」
前の男の子が母親に言うのが聞こえた。
「本当だ」
トトが低めの天井に手を当てて振り返ると…ジュールは、信じられないような格好で膝を震わせている。
「つ、つらい・・・」
えらく中途半端な中腰姿勢で、膝から下をガクガクを震わせている。
「ジュージュ、腰をもう少し上げて・・・」
「トトにそんなこと言われたらドキドキしちゃうよ」
何を考えているのか、ジュール・・・頬を赤らめた。

「ほら、こう・・・おしりを突き出す感じで・・ね。そうしたらもっと楽になるよ」
トトが狭い空間で実演して見せた。
「そんな・・・格好見せないでくださいよっ!いてっ!」
興奮して、おもむろに頭を起こしすぎたらしい。
先ほど発言していた前の男の子が目をまんまるくさせて
「外人さん大丈夫?」と言ってくれた。
「ありがとう、君はなんて思いやりのある子だろう。渡る世間は鬼ばかり・・・」
打ち所が悪かったのだろうか。ジュールは男の子に逆の意味での礼を言った。

「頭大丈夫?」
トトが心配そうに振り返る中、観光客の列は前に進んだ。
最奥に岩で出来た家型のお社のようなものがあった。
「神様が住んでいるんだよ」
と、トトがいう。
「もう・・・すいません。早く出ませんか」
あいかわらず、膝をガクガクと震わせながらジュールが呻くような声で言うので、外にでた。

「ふぅ~」
腰を伸ばして一休み。


第一岩屋を出ると、次に第二岩屋へと続いている桟橋がある。

第二岩屋・・・
第一岩屋よりも規模が小さく、蝋燭の火も必要ない。

「奥はどうなっているんだろうね」
トトは、ずんずん進んでいく。

一番奥に、龍神がかっと目を見開いていた。。
「ああ・・・なんていうか・・・」
ジュールが微妙な顔をする。
びっくり屋敷にでもいそうな作り物だ。
「・・・」
トトもヘノ字口をして無言だ。

「こういうのは・・・雰囲気がさぁ・・」
と、トトが言いかけた途端、
どぉぉぉぉぉぉーん!
龍が鳴いた。
続いて稲光。
龍の鳴き声なのか、稲光の音だか知らないが大音響は洞内に響き渡った。
「ぎゃー!!!」
続いてトトの悲鳴。
「ジュ、ジュっ!!!!」
トトが必死にジュールのシャツをひっつかんだ。
「・・・・」
ジュールは呆然としてトトを抱きとめた。
やはり、びっくり屋敷風・・。
この体勢だけ考えると実においしいシチュエーションだが、
ぐぉぉぉぉぉぉーん!

・・・やはりやめよう・・・まだ鳴いてるし・・・。

「ジュージュ!早く出よう!出よう!」
トトがジタバタと胸の辺りで動くので、ジュールはトトの肩に腕を回して外に出た。

「ああ、こわかったねぇ~」
ひぃひぃ言いながら出てきたトトを見ると、ジュールは
「こわかったんですか~?」
と、意地悪な笑みを浮かべて言った。
「こわくなかったよ!ただ驚いただけっ!」
「ぎゅっ、てしたのはどこのどなたかな~」
わざとらしく、服のシワを伸ばしながらジュールは言う。

「いじわるだ・・・」
トトが口を尖らせる。
「かわいかったから・・・かな」
ポツリとジュールは言った。

「もっといじわるだ・・・」
口の中でモゴモゴ言いながらトトは下を向いた。

岩屋から出て、奥津宮のほうに戻る。

「こっち見てよ」
トトが指差した方向に脇道。
「恋人の丘、龍恋の鐘だって」
奥津宮の途中に立て札があった。

よく見ると、カップルが皆同じ方向に向かっている。
「行ってみようか」
二人で歩き出した。

コーン!と高い鐘の音が響いている。

少し高くなっているそこには小さな鐘付き堂のようなものが建っていた。
ちょうど海が見下ろせる絶景の場所である。

カップルがその前に2・3組並んでいた。

「結婚式みたいだね」
「そうだね」

ジュールはトトの手を握った。
「・・・・」
トトが無言で戸惑いの表情を浮かべた。
人に見られちゃうよ・・・。
こんなところで・・・
男同士で・・・。

トトの言いたいことがわかったのか、ジュールは首を横に振り、
「大丈夫・・・」
そう言って、もう一度手を強く握った。

前のカップルがちらりとこちらを見たが、すぐにお互いの方を向き鐘をついた。

トトは、なんだかとても嬉しかった。

握ったトトの手の熱さが伝わってきてジュールは目を細める。


「二人でつくんだよね」
「うん」

トトの手の上にジュールが手を重ねる。

カンカン・・・コーン・・!

相模湾に高い鐘の音が響いた。



奥津宮の方向に戻る途中・・・

「あそこで鐘をつくと、ずっと一緒にいられるんだって」
ジュールが言った。
「ほんと?、どうして知ってるの?」
「さっき前のカップルがそう言ってましたよ」

そう言ってジュールはおもむろに顔を近づけた。

「・・・?」
トトは一瞬何が起きたのかわからないといった顔をした。

ほんの一瞬。

奥津宮からこちらをみている観光客には、ジュールが一瞬振り返ったようにしか見えないであろう、絶妙なタイミングで・・・。

「風みたい・・・」

たしかに唇が触れたのに。
「すごいね」
口を押さえトトは思わず感嘆した。

「ふふ・・これはね結構技術が必要なんですよ!」
変に自慢げにジュールは胸を張った。
「技術って練習でもしたの?」
言った後でトトはとても後悔した・・まさか違う人と?
知りたくなかった事実である。
「練習しました。城の、鏡の間で・・・・こうであろうといろいろ考えながら・・・
人がいない時間を選ぶのが大変困難だった」
聞かなきゃよかった。
違う意味で聞かなければよかった・・・。
自城の、鏡の間で、一人ダンスを踊るようにそのような練習に励む恋人の姿・・・。

「トト?どうしたの?」
その場でへたりこんだトトを心配そうに覗き込むジュール。
「なんでもないよ・・・」
ラブラブシリアスモードで終わらせていたかった場面を、なぜ壊したのだ私!
トトが後悔に苛まれる中、ジュールは
「疲れたのでしょう。途中で甘いものでも食べて帰ろう」
と、極めて爽やかな笑顔で言った。


江ノ島のちょうど真ん中あたりに、いい感じの茶店があったので、そこで一休みすることにした。
ジャズが流れている小奇麗な店だ。
「ああ、いいなぁ私も、黒カン抹茶アイスにすればよかった~」
「少しあげますよ」
「いいの~」
とか言いながら、ところてんをすするトト。
「でも、少し味見させて・・・」
「いいよ」
結局、アイスは半分以上トトのお腹に入り、ところてんは半分ジュールのお腹に入った。


「もう帰ろうか」
「うん」


江ノ島を出る直前、例の洋風建物の中で、ジュールはしらすあげせんを買った。
「ここで味見してみようよ!」
と、トト。

テラスに出て、海風を感じながら、しらすあげせんを食べた。
「おいしい!香ばしいよ!」
「とまらなくなりそうな味だよね!」
ああ、限定品としてはインパクトにかけるなどと思った自分がバカでした。
ごめんなさい。おいしいです。
「さすが、限定品は違いますね!」
ジュールは満足そうである。
いつの間にか、ちゃっかりビンの日本酒を持っている。
「いいなぁ~、私も~」
トトは、ぽんぽんと走って自分もビールを片手に戻ってきた。
「呑んべぇだなぁ、トトは」
「なにさ、自分だって~」
「イルミーネじゃとても見せられない姿ですよ。ジュールさん!」
「ふふん、いいんです~」
そのまま、ごくごくと酒を飲みほす。
「こんなところじゃないと、とてもこんなことできないもん」
「まぁそうだよねぇ~」
トトもビールをぷはぁと飲みほした。

「しあわせv」
トトがいうとジュールも
「しあわせv」
と言い、少し赤くなったトトの頬を指でつついて笑った。

群青色の海はいつの間にか、トトの頬のように赤く染まり始めていた。




イルミーネ国に帰る道。
夜空には見事にまんまるい月。

「まんまるだ!」
「中秋の名月だね」
「こんな日に出かけられた事ってすごいよね!」
馬車の中でトトは、はしゃぐ。

「あんなに大きな月をみると思うんだ。私達の住んでいるところは小さいよね。
でも世の中はもっともっと大きくて広くて、宇宙なんて計り知れないくらい広いんでしょう。
その中で、ジュールと出会えた事って奇跡みたいだって思えるんだよ」
「たしかにすごい確率だよね」
そう言って、しばらく考えた後ジュールは言った。
「でも・・・私は、どんなに世の中が広くても、必ずあなたのそばにいるよ。そんな気がする」
「そうだね、私も今、こんなにそばにいるのだもの」

窓からはイルミーネのひんやりとした秋風が入ってくる。
頬に、やがて来る冷たい季節を感じながら
トトはジュールの暖かさに包まれていた。



~あとがき~
はぁ・・・やっと完結しました・・・。
一時はどうなるかと思ったのですが・・・。
終わんないんじゃないの??とか(汗)
自ら科したキリ番小説。
なにはともあれ、最後はラブラブモードで終了。よかったよかった♪
私は江ノ島&鎌倉が大好きで年に何度も足を運びます。
また今度もここを舞台になにがしかを書くかもしれません。

ここに書いてあるお店(名前は出してないけれど)は本当に実在するところです。
皆様も機会がありましたら、たずねてみると面白いかも・・・。
トトまるもこっそりいるかもしれません。そのときは優しくしてあげてください。
(わからないから!!(^^ι))