-悪夢-

リューがSSGの長い長い廊下を歩いていると、おかしな人影を見つけた。

「なにやってんだよ?」

彼の同居人は、メタリックな金属の壁に頬を擦り付けるような姿勢のまま、ぼんやりと佇んでいた。

「・・・・冷たい」
「それはわかるから」
「相談をされた」
彩は、ムッとしたようながっかりしたような複雑な表情で、リューから視線を反らす。
「エドモンドから…」
「エドがなんだって?」
「惚れてた。また何も言わずに終わってしまった…」
「…おまえ」

そこまで聞けば、いくら恋愛に疎い男でもわかる。
ようは、惚れてた相手に恋愛相談をされてしまったという事だ。
エドは男性だが、彩はバイセクシャルらしいので、そこらへんはどうということはない。

「僕はさっき川まで行ってきて…それで、そこが多摩川みたいだったから、しばらくぼんやりしてたら日に焼けてしまったよ。ここは、冷たくてちょうどいい」
「タマガワ??」
彩は日本出身だ。
リューは残念ながら日本の地理には詳しくないので、タマガワなる所がどこだかわからない。
「僕はその畔に生まれたんだ」
「ほぉ」
気がつくと彩は元通りの彩に戻っていて、いつもどおり困ったような薄笑いを浮かべながら、 部屋に戻ろうとしていた。

リューは、やれやれと溜息をつきながら、
「今夜は一杯付き合うぜ!」
と彩の肩に腕をまわす。
おとなしげな見かけによらず、恋多きこの同居人のためにしてやる事といえば、これが一番だとリューは知っている。
「それはありがとう」
また困ったような笑みで、彩は答えた。



「うほー!!うほー!!」
大喜びで廊下を爆走しているのは、占い師の兎兎。
「スーパーおまる」に乗る兎兎はご機嫌そのものだ。
これは、機械部の潤一が開発した超小型エンジンで動いている。
潤一は、空中で人間が作業できるような真面目な機械を発明していたはずなのだが…。
「兄上!それはまだ開発予定なんだから、あんまり乗り回しちゃダメですよ!」
「イヒー!イヒー!」
続いて、おかしな叫び声とともに、医者のコッペリウスが「ハイパー乳母車」で飛び込んできた。
「二人とも!遊びで使わないって約束したじゃないか!」
潤一が怒りを爆発させているのにも関わらず、二人は勝手に競争を始めてしまった。
「もー!いつもこうだ!どうして、二人でそんなに仲がいいんですかっ!」
嫉妬まじりの潤一の叫びは、残念ながら爆走する二人には聞こえなかった。



「今日は、あいつが帰ってくるそうだ。おまえは嬉しいんだろうな」
「…」
窓のほうを向いたまま、振り返りもしないリヒャルト。
「嬉しいさ」
その声が弾んでいるのに、力が入った肩を降ろす。
「よかったな」
「そんな嬉しくなさそうな声で言われても」
「喜んでいるのは私ではない、おまえだ」
「期待してるんだろ?春人に」
RQはピンク色の髪を掻きあげながら、ニヤリとした。
「知らん」
そう言って、アップルティーに口をつけるリヒャルト。
「あんたって、自分で気付いてないところで、可愛いって理解してるか?」
「おまえの言っていることは、すべて理解不能だ。わかりたいことなど一つもない」
ふっと、RQは笑いながら
「今日はえらく隙がないなぁ」
と呟いた。


いつもと変わらないSSGの日常。
しかし、恐怖の足音が近づいてきているのに、誰もこの時点では気付くものはいなかった。



「ひさびさに帰ってきたな…別に帰りたくもなかったけど」
「そう言わないで!今日は、きみのために“おかえりの飲み会”を組んでやったんだからさ!」
入り口でセキュリティチェックを受けた後、春人は凍牙に出向かえられた。

「ところで、おまえのその変わり身の早さが怖いんだけどさ」
「ええ?何が?」
凍牙が日本にいる春人(の仕事)を狙って、強襲を仕掛けてきたのが2ヶ月前。
今では何事もなかったような顔で、“歓迎会”を開いてくれる人物とは別人のようだ。
「オレは今でも横腹が痛てぇんだが」
「そんなのきみが悪いんじゃないか」
「なあ…反省って言葉知ってるか?」
「僕は、省みるより突き進むタイプみたい。誰かさんと違って素直だしね」

こいつのいうタイプって奴は、ますます悪い方向に進化しているらしい…。
げんなりしたようすで、春人は隣を歩く明るい色の頭を睨みつけた。


そして、その夜はかつての仲間の一時帰還を喜ぶ“おかえりの飲み会”が開かれたわけだが…。


「うわぁぁぁ!!!」
早朝、悲鳴があがった。
「なんだよ、もう~!!」
凍牙が目を擦りながら起き上がる。
飲み会の後、誰かの部屋で酔っ払った一同が雑魚寝をしていたのだが、そのうちの一人が青ざめた顔で震えている。
「なに?もしかして、おねしょでもしたの?」
「おふくろが死ぬ夢を見たんだ」
「は、はぁ??」
「悪い俺、部屋に帰る」
そういって彼は部屋から出て行った。

「ふーん、よっぽどリアルな夢だったんだね」
「嫌な夢って、一日中気分悪いよな」
春人が天井を見つめながら呟く。
「きみ、神経太そうなのに、そんなこともあるんだね」
「凍牙、おまえにだけは言われたくねぇ!」



ところで。
別の場所で酒を飲んでいたリューと彩だが、自室でリューが目覚めると珍しく彩が隣で寝ていた。
彩は、神経質で人前ではなかなか寝られないらしいが、ある時から、リューのベッドに忍び込んで寝たりするようにもなった。
だが、よほど落ち込んでいる時や心のコントロールができないような時だけだ。
普段は、一人で布団を顔までかぶって寝ている。
当人は寝顔にコンプレックスがあるらしく、まれにリューのベッドで寝る時もリューが目覚める前に必ず起きて、目を開けている。
それが…今日は寝ている。

「珍しいな…」
リューがひさびさに見る彩の寝顔は、前に一度見た時と変わっていなかった。

きめが細かい白い肌。
ほんのりと紅く色づく小さな唇。
よく見ると睫毛も長かった。
中身がああじゃなければ、本当に女みたいだ…。

一瞬そう考え、あわてて頭を振った。
まさかな…自分の考えに苦笑しながら、誤魔化すように彩の肩に手を伸ばした。
彩は、一見華奢に見えるが、意外としっかり筋肉がついた身体をしていた。
触れた指先はその硬さを認識するはずだった…。

「嘘だろ…」
指先は意外にも柔らかい感触に沈んだ。
続いて見開いた目に入ってきたのは、はだけた胸元にあるくっきりとした谷間。

「・・・・!!」

「おい!」
「彩…オレの彩がっ!!」
「まだ、僕はきみのものになったわけじゃないが、それはきみの空想か?妄想か?願望なのか?」
「はっ!」
目覚めたリューは、眼前に彩がいるのに気付き慌てて、その胸を掴んだ。
これには、さすがに彩も驚いて
「どう、どうしたんだ!そんなにも欲求不満なのか!」
と叫ぶ。
「おまえ、胸をどこにやったんだ!?」
「ここにある!」
しばらく頭を抱えるリューを見つめながら、彩はポツリと言った。
「悪夢でも見たのか?」

この朝から、心に変調をきたすものが急に増え始めた。





「最近、占い部屋に来る人が多くなったんだよ」
占い師兎兎は溜息をついた。
普段、恐ろしいほど暇なので、少し仕事が増えるとたちまち疲れてしまうのだ。

「そういえば、昨日も彩が来ていたようでしたね」
「同室のリューが変な夢を見た後、自分も嫌な夢を見たって…」
潤一の入れた紅茶を飲みながら、兎兎はううんと唸った。
「こういうのは、悪霊の仕業が多いんだ」
真面目な顔で話す兎兎に潤一は、訝しげな表情を見せる。
機械部長である彼は、オカルト話を信じていないのだ。
「でも、私の占いではその類ではないんだよ。もっと具体的な悪意…」
「それは…敵(宇宙生物)か!」

潤一が呟いたと同時に、コッペリウスがカクカクしながら現われた。
「恋人(コッペリア=骨格標本)に恨まれる夢を見たんだ」
見るからにショックを受けた様子で、コッペリウスは涙ぐみながらソファに沈み込んだ。
「そして、私は逆立ちをしながら走って逃げていた」
「あなたの言っていることが、時折、冗談のように聞こえてしまうのすが」
潤一の冷たい言葉も気にせずに、コッペリウスは兎兎の水晶玉を覗き込んだ。
「私も悪夢病に冒されてしまったのかもしれない。ところで、兎兎、きみはまだ?」
「う、うん…」
不安気な顔で、頷く兎兎。
「兄上は何者にも犯させません!」
「潤一…“おかす”の字が違うよ」

「それにしても…敵…とすれば、これはリヒャルト長官の耳に入れておくべきですね」

潤一は、さっそく長官室に連絡をとった。





「それで…、兎兎は敵の存在を感じるのだな」
「そうなんだよ」
長官室に出向いた兎兎と潤一は、リヒャルトに報告していた。
こっそりとコッペリウスも同席している。

「だが、ただの悪夢という可能性も」
「ただの悪夢にしては続きすぎなんだよ。悪霊の気配も感じないしね。牧師や僧侶の出番じゃなさそう」
「うむむ…」
リヒャルトは眉間に皺を寄せて、溜息をついた。
「我がSSGは悪夢如きに左右されるような組織ではない…しかし、それが仮に敵からの精神攻撃だとした場合は無視できんな」
「外部からの精神波の影響はありません。ならば、可能性としてはウイルスや微生物かと」
潤一がデータを元に手早く説明する。
「私が今ざっと調査したところ、悪夢に冒されたものからл型の微生物が検出されたんだ。
まだ、これが原因とは決まったわけじゃないけど、抗体は作れると…思う」
コッペリウスの眼鏡の奥がキラリと光った。

「それが原因でなかったとしても、できる限り、早く手を打っておくべきだ。頼んだぞ」


そして、その夜…。