-バレンタインの日-
1月の初め。
年明けだというのに、SSG長官室は書類が積み重なっていた。
「うーん。この人選はどうすべきか??」
リヒャルトが書類を片手に唸っていると、RQがひょっこりと顔をのぞかせた。
「面白そうな仕事?」
「キサマには関係ない」
机の上に積み重ねられそうになった書類をRQの手が奪い取る。
「あ、何をする!」
「なになに、発展途上国に井戸を掘る・・・ボランティア募集・・・」
「反対はしないが、我々にどうして声がかかったものなのか?」
SSGは秘密機関だ。しかも地球外生物を相手とする戦闘集団でもある。
ボランティアが間違っているとは言わないが、あまりにも事情が違いすぎる。
「おもしろそーじゃん!オレ行くぜ、これ!」
「あ?!」
リヒャルトは思わず変な声を上げてしまった。
まさか、RQがボランティアに名乗りをあげるとは思わなかったからだ。
「いつものような身勝手な行動は許されんのだぞ!ボランティアというものは、現地の人間とのコミュニケーションも大切になる。おまえに・・・」
「オレ、そういうの好きなんだ!」
そうはっきり言われてしまっては、愚の根も出ない。
リヒャルトは、前々から考えていた人選にRQの名を付け加えて、さっそく部屋から出て行こうとする当人に叫んだ。
「チームに従って動け。いくら熱くても常識的な服装で過ごすように。
ちゃんと寝る前に歯を磨くんだぞ!くれぐれもSSGの恥となるような行為は慎むように、いいな!」
「わ~てるって!」
ひらひらと手を振ってRQは出て行った。
ボランティア期間は1ヶ月。
「アポロ・・あいつは無事に帰ってくるだろうか・・」
リヒャルトは子猫のアポロを抱き上げて語りかける。
「にゃ~??」
「現地で裸で走り回り、拘束されたりはしないだろうか・・・。道端のものを拾って食べ、腹を下したりはしないだろうか・・・。まわりの人間たちと仲良くやれるだろうか?」
「にゃ」
最後の質問に、アポロは頷いた。
「そうか、愛想だけはいい奴だから、その点は大丈夫だな」
足取りの軽いあいつのことだから、もう仕度を終えているだろう。
リヒャルトは、書類の山に再び取り掛かることにした。
そして、2月14日。
「えへ、えへ・・・」
頬を紅潮させて、もじもじと廊下を歩いてきた占い師の兎兎は、異母兄弟でもあり愛しい恋人でもある潤一にハート型のチョコを手渡すつもりだった。
機械部の部屋から出てきた潤一の前に、さっとブツを差し出す。
「ず、ずっと好きでした!」
初々しい気持ちもいいよね!まさに新たな恋の始まりだよ!
そういうつもりの兎兎。
潤一も「あ、ええ・・・実は私も・・・」などと言って、ロマンティックな演出をしてみせる。
だが、潤一の差し出したチョコレートは、信じられないものだった!
「げぇ!なにそれ!!」
「いろいろやっていたら、こうなってしまったのです・・・」
潤一の手には、生物のように不気味に蠢く、食べ物だかエイリアンだかわからないものが在った。
「おかしい。人工知能を取り付けたら、こんな形状に」
「・・・」
「こんな失敗も科学者にはつきものですよ!」
「そういう失敗はコッペリウスに譲ってよ~~」
自信満々の潤一とは逆に、兎兎はそれを不気味だと思った。
「今夜、それを私たちのベッドには入れないで!」
「え、一応面白いのに!」
そんな二人の様子を遠くから見ている者、一人・・・いや二人。
車椅子に愛しい恋人の骨格標本を乗せているコッペリウスだった。
「コッペリア。今夜、私たちはもっとまともなチョコレートケーキを食べようね。
まむしの生血入りで、君もきっと気に入ってくれると思うんだ・・・くすっ」
一方、ここはリヒャルト長官親衛隊本部ー通称:黒猫倶楽部。
「皆、抜かりはないな!」
「はっ!」
親衛隊メンバーの手には、プレゼントの数々。
毎年、リヒャルト長官にプレゼントを送っているのにも関わらず、当の長官はバレンタインをいう行事に疎いらしく、部屋の前に積まれたプレゼントの数々を見て、
「これはきっと部下たちのプレゼントに違いないが、私の誕生日は1ヶ月前のはずなのに??」と疑問符を飛ばしまくっている…かの方の無邪気な表情を見るためだけに、親衛隊は今日にすべてをかけているのだ。
「誰一人、抜け駆けは許さん!」
親衛隊長凍牙の声が通った。
「皆で、こっそり運び込むのだ!」
RQがボランティアに出かけていると知っているメンバーたちは、鼻息が荒い。
いつもいつも、肝心なところで隠し撮りを邪魔されているのだ。
それに、もしかしたら、今年は長官に直接言葉をかけられるかもしれない!
凍牙は、自分のプレゼント(ドーナツを模したクッション)を抱えて、鼻血を噴き出しそうな勢いで叫んだ。
「黒猫倶楽部、出撃するぞ!」
「今日は、慌しいな。何かあったのだろうか?」
アポロの喉を撫でながら、リヒャルトは仕事に取り掛かった・・・が、
「ああ、そうか、そういえば」
ペンを机に置いて、事務総官のカロムに電話をかける。
「悪いがしばらく出かける・・・いや・・・すぐに帰る。緊急連絡はいつものところに」
受話器を置くと、
「すまないが、少しここで待っていてくれないか。すぐに戻る」
アポロを抱き上げ、軽くキスをして部屋を出た。
「長官殿がお部屋から出ていらっしゃいましたが!」
「なんだと!」
プレゼントを手に待ち構えていた親衛隊だったが、まさか長官が外出するとは思わなかった。
「どうしましょう。長官が外出している間にこっそりと・・・」
「いや、いや、待て。戻った時にドアの前がプレゼントで埋まっていたら、長官は萌え~の表情よりも単純に驚きの表情だけだ。部屋から出るときに、プレゼントの山があるのが好ましいのだ!」
ここらへんは凍牙のこだわり。
それにしても、長官がこの日のこの時間に外出するなど、聞いていない。
まさか、RQに呼び出されているのか?
あいつっ!また抜け駆けし、長官を独り占めする気だ!
許せん!
「僕はこの日の屈辱を忘れはすまい。RQよ、覚悟をしておけ・・・」
たとえ全然関わりがなかったとしても、勘にさわった時点で私怨に変わるのが凍牙という人物だった。
リヒャルトが車で向かったのは、街の花屋。
「失礼・・・少し尋ねたいことが・・・」
店主は、入り口で気まずそうな表情で立ちすくんでいる細身の青年を見た。
「はい、なんでしょう」
「誕生花というものがあると聞いたのだが・・・ご存知か」
「はい・・調べれば」
そういって、店主は「誕生花」と書いてある本を取り出して見せた。
「では、12月14日の誕生花が欲しいのだが」
「え~12月14日ですね」
「なぜ今日なのかというと、その日に渡しそびれたからだ・・・」
店主が調べている間、リヒャルトは小声でぼそぼそ言った。
店主にとってはどうでもいい話題だったらしく「はぁ」程度の返事しか返ってこなかったが。
「いろいろありますが、うちにあって比較的持ちがいいのは、このシンビジウムですかねぇ」
店主が出してきたものは、蘭のように花をたくさんつけた背の高い華やかな植物。
「どの色がいいですか?」
聞きながら、店主は
「元気のよいお相手なんですね!」
と唐突に言った。
「え?」
「この本に書いてありますよ。12月14日生まれの方は活発で勇敢だと。激しい情熱と大胆な行動力・・・どうやらじっとしていられないタイプのようですね」
笑顔で、黄色の花を差し出す。
「い、いや・・・」
実はその相手は・・・死んでいるんだ。とまでいう必要はない。
そして、彼のイメージも偶然にも黄色だった・・・。
太陽のように明るい子だった。
何度も強く引かれた手。
自分よりも年下だったが、行動力も勇気も勝っていた。
この身体に埋められた忌まわしい機械を抱えて、家に逃げ帰った時、秘密保持のために政府によって殺された親類の子。
そう・・・今年はミヒャエルの誕生日には何もしてやれなかった。
だから、せめて命日である2月14日に部屋に花を供えようと考えていたのだ。
「では、この黄色でいいですね」
「いや、待ってくれ。私はこのピンクをっ・・・」
「え、ああ。そうですか」
「・・・あ」
どうして、よりによって嫌いな色を選んでしまったのか。
店主はさっそく商品を包んでいた。
さきほどの説明を聞かされていた時、ミヒャエルよりむしろ・・・違う人物が浮かんだ。
1ヶ月前に異国に飛び出していった男だ。
あいつが帰ってくるのは今夜か明日の朝になる。
花を見て、なんと思うだろう。
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