後日談:ボストン

 
 
家に帰ると、玄関で仁王立ちになった妹がこちらを睨んでいた。

「お兄ちゃん、昨日どこに行ってたのよ」

祐介と休日を過ごせる嬉しさのあまり、毎週恒例のディナーのことを忘れていたのだ。
結局のところ、怪しい人たちがぞろぞろとやって来て、飲み会のようになってしまったのだが・・・

「洗いざらい話さないと、ここから一歩も通さないんだから!」

そうはいっても、何を話せばいいのだろう。
ウィルにも何が起こったのかよく分からないのだ。
しかし妹のシャロンはそんなことで諦めるような子ではない。
よく言えば粘り強く、悪く言えばしつこい性格なのである。
ウィルは買ってきたケーキをちらつかせながら、シャロンをリビングにおびき寄せることに成功した。

「トリプル・チョコレートミント・ケーキにしてって言ったのに!」
「すまない・・・売り切れていたんだ」

正直なところ、どれがそうなのか分からないので、適当に選んだのだった。
甘いものが苦手なウィルには、そんな長い名前のケーキは覚えられない。

「それで?あたしの見たところ、探偵さんとデートだったんでしょう」
「残念ながら・・・」

そうだったらどれだけよかったことか。
ウィルは思いつくままに、昨日のいきさつについて話しはじめた。

「まず、ギャングスターと幽霊のような二人組に後頭部を打撃され、ユウから預かった小包を渡せと脅された。ユウがうまいこと追い払ったが、郵便局でピンク髪のチンピラに絡まれ、同じものを要求された」
「で、その包みには何が入ってたの?」

事件の匂いを嗅ぎとったのか、シャロンがケーキを頬張りながら訊いてくる。

「分からない。日本にいるマヒロくん宛らしいが、ちょうど同居人を連れてボストンに来ていたんだ」
「えー、マヒロくん?!あたしも会いたかった。探偵さんと似てる?」
「似ていない」

ウィルはきっぱりと言った。
細身な祐介と比べると弟のほうは骨太な感じである。
見た目からして性格もさっぱりしていそうだ。

「ふーん、お父さん似なのね、きっと」
「ユウの両親とは会ったことがないから分からないな」
「まだ両親に挨拶もしてないの?基本中の基本でしょ!」

シャロンに怒られてしまった。
それなら家に連れてくるほうが先ではないか。
ウィルはそう考えたが、それでさえ何十年も先になりそうだ。

「それで、チンピラはどうしたの?」
「組織で行動しているらしく、ほかの3人とスワンボートに乗りに行った。そのへんを散歩したりシャロンに土産を買って時間を過ごしてから、その怪しげな組織と合流して夕食をとった」

シャロンというのは祐介の猫の名前でもある。

「探偵さんの知り合いだったの?」
「初対面らしいが、一日の終わりには長年の友達のようだった・・・」

ウィルは遠くを見るような目で言った。
祐介は友達を作ることが趣味という人なのである。
人見知りをするウィルとしては少し寂しい。

「そういえば、ユウは月に土地を買ったと言っていた。あちらにほうに永住する予定らしい」

そんな遠いところに行ってしまうなんて・・・ウィルは声が震えた。
月に住むのが実現するのが何年後になるのか、そこのところにまでは考えが及ばなかった。
シャロンはそんなウィルを見て、ふんとのけぞり、ずばりと言ってやった。

「ついていけばいいじゃない」
「・・・?」
「あたしは別にいいわよ、お兄ちゃんがいなくても」

もちろん強がっているだけなのだが、ウィルにいはショックが大きかったようだ。
がくりと肩を落とし、「そろそろ帰る・・・」とカバン片手にを立ち上がると。

「お兄ちゃん、何か落ちたわよ」

見覚えのある携帯。昼間に祐介が使うのを見たばかりだ。
しかし、なぜこんなところに・・・

「まさか・・・」

ウィルはそれを拾い上げて、確かめるために開く。
すると、指がどこかのボタンに触れたらしく、知らない番号をリダイヤルしてしまった。
繋がったようだが、耳を当てても返答がない。

「ユウの忘れ物か・・・?これは繋がっているのか?電源が??」

ウィルが携帯をひっくり返していると、シャロンがうしろからきつい声で言った。

「お兄ちゃん、探偵さんの携帯チェックしてるの?やめなさいよ!いくら相手にされないからって無差別に嫉妬するなんて信じられない!」
「ち、違う!ユウがこれをオレのかばんの中に置いていってしまったんだ!」

ウィルはあわてて携帯を閉じた。
もちろん、つながった先が月面にいる真祐の携帯で、この最悪なタイミングのコールによってみんながピンチに陥っていることなど知るよしもない。

「返しに行ってくる!」

そう言うなり、ウィルはあわただしく出て行ってしまった。
シャロンは3つめのケーキにフォークを入れながら、電話に手を伸ばす。

「もしもし、探偵さん?お兄ちゃんが携帯届けに行ったんだけどね、ちょっと足止めしてくれないかしら?これから家に友達を呼びたいんだけど、うるさくすると文句言われるから・・・うん、そう、そうなの。あたしもマヒロくんに会いたかったなー。あ、月に引っ越すって本当なの?お兄ちゃんがすっごく落ち込んでてさ・・・笑っちゃうわよ。遊びに行くに決まってるじゃない?ガーデンパーティには呼んでね!」

そうして、ウィルが到着するまで二人の会話は続くのだった。