「…以上が、今回の任務だ。少々大掛かりになるが、各人、気を引き締めて任につくように」
やがて、席を立つ音が聞こえて、部屋には誰もいなくなった。
ピンクの髪と、黒服の二人を除いて。
「ずいぶんと、数を入れるんだな。死人の山ができるぜ」
「そうはさせない」
「まさか、あれを使うのか」
「…使わない。使うわけがない」
黒い軍服の胸を握り締めて、リヒャルトは吐き出すように言った。
「…ならいいが、オレはやりたいようにやるからな」
RQが出て行った部屋で、リヒャルトは胸から離した手を自分の顔の半分に持っていった。
「熱い…目が熱い…」
・・・
作戦実行は、0時00分。
SSGのメンバーは、人気のない倉庫を囲っていた…が、姿は見えない。
すべての人間が気配を消し、絶妙な間隔で詰めている。
今夜、ここで地球人同士が、“ある取引”をするらしい。
ここのところ地球人より高度な知能を持つ者…すなわち他の星の者から、より高性能な技術と兵器を買い付け、地球人同士が取引するという事例が増えている。
もちろん、この情報はSSGを含め、関係者しか知らない。
だが、不可解な事件に何も知らされていない警察が手を焼いているのもたしかだ。
地球人同士の問題でも事が大きくなる前に、食い止め、もみ消す。
それも、SSGの任務であった。
「3班、9時の方向に進め」
指示が各班に伝えられる。
「突入!」
静かに・・・
それは静かに行われた。
倉庫の隙間から音もなく、SSGの隊員たちは忍び込んでいく。
「・・・・静かすぎる」
リヒャルトは呟いた。
彼は第6班と行動を共にしていた。
後ろに控えているようにとの隊員たちの懇願にも関わらず、自らが前線に赴いたのには理由がある。
リヒャルトがSSGに入る以前にいた、彼の故郷。
未だに情勢が不安定とされている母国が、この取引に関わっているとの情報を得たからだ。
取引の内容は、予想がつく…しかし、この沈黙はなんだ。
銃撃になるでもなく、断末魔が聞こえるわけでもない―――。
かの国で暗殺者として動いていた経験が、不確かな現実に対する警報を鳴らしている。
「第4班、突入」
「まて!」
リヒャルトの耳に、倉庫内から人の肉体がぶつかり合う様な音が聞こえた。
そして、地鳴りのような音も。おそらく、他の者には聞こえていないだろう。
「長官」
「突入は中止だ」
「はっ」
「先に入った3班に連絡」
「…応答ありません」
「まさか…全滅…」
誰かの呟きを、リヒャルトは手で覆って消した。
「そんなわけがない…」
一瞬にして、あれほどの人数を消す事など…。
消す…もし…消す事ができたなら…。
リヒャルトの脳裏に、ある光景が蘇った。
目の前で不自然に切断されていく同胞たち。
瞬時に、手や足や胴が押しつぶれたように重くなり…。
引き千切られた感覚もなく、切り取られた衝撃もない。
気がつくと、視界が不自由になっていて…。
熱さだけが、焼け付くような熱さだけが残って…。
「ぐぅ・・・・」
隠した顔半分に燃えるような熱さを感じて、リヒャルトは唸った。
「まさか…」
そんなわけがないと首を振る。
あれは、廃棄処分にされたはず…。
「ここで待て」
「長官、どこへ…」
「私は、一人で行く」
「そんな!お待ちください!!」
「来るな!これは命令である!」
「しかし…」
捨てられた犬のような表情の部下達を見回して、リヒャルトは言った。
「おまえたちには新たな任務を与える。ここで見た事を本部に伝えて欲しい。
そして、次の対策を立てろ」
「長官!」
「私もこれ以上犠牲を出したくはないのでな」
そう言うと、リヒャルトは身を翻し、目的地に進んでいった。
たしか、事前の情報ではあの国が闇の組織から、兵器を買うというものであったが――。
その時期に出回る兵器というのは限られている。
市場は、食品でも兵器でも変わらない。
新しいものが出たら、皆それを欲しがる。
今は、小型核兵器のようなミサイルが出回っていた。
この兵器に使われるはずのβ星からもたらされた物質は、宇宙との関わりを表向き認めていない今の国際社会では取締まる事ができない。
しかも、おそらくこの世界を知らないものならば、それが何だかすらわからないだろう。
極めて小規模の…テロに使える程度の核兵器。
大きな破壊は望めないが、その分混乱を招きやすい。
国際的なバランスは一気に崩すのではなく、綻びさせてから自滅を狙うのだ。
独裁者に世界統一国家の元首になりたいものなどいない。
あくまで、需要と供給のバランスを自分に有利に運びたいだけだ。
だから、大規模な軍や破壊力の大きい武器を持たず、暗殺者を育てる。
-私のような…-
握り締めた鞭の先がピタリと止まった。
そこにあったのは、人の頭部。
SSGの隊員のものだった。
「すまない」
開いたままの瞳を閉じてやりながら、リヒャルトは呟いた。
読み違え…では、すまされない。
確実に…ここにあるブツは例のミサイルではない。
とうに廃棄されたと思われていた兵器…正確には機械だ。しかも地球製の――。
偽の情報に誘き寄せられたのか。
これは兵器取引などではなく…SSGを殲滅するための罠。
倉庫には簡単に入ることができた。
ガランとした空間には、大きな台があり、その上に鋼鉄製の箱のようなものが置かれていた。
「それを使ったのか」
歩くたびに、どりゃぶりの雨の中を歩いているような音がした。
リヒャルトは下を向いた。
血の湖ができていた。
「消し飛んだよ」
箱の前の男が、ニヤリと笑う。
痩せた身体。あきらかに兵士ではない。
「貴様、あの国の諜報部員か…」
「諜報部員???」
痩せた男は、溜息をついた。
「何を言っている。この私がそんな頭が悪い連中に見えるかね。
私は、科学者だ。世界一のな!」
あらぬ方向を見ている視線。
「狂っている」
「なんだと…」
「貴様は、それがどんなシロモノが知らないんだろうな」
「ああ、そういえば、たしかSSGの中に我が国の元諜報部員がいると聞いたが。
なるほどそれは君のことなのだね。
祖国を裏切ってまで、宇宙人とかそういう奴らのボランティアをしたかったのかい?
まったく頭の悪い事だ。国にいれば、いくらでも昇進できたのに。
・・・それとも、国に必要とされなくされたのか?」
「そんな事は知ったことではない…ただそいつは破壊させてもらう。
それはこの世にあってはならないものだ」
「何を言っている。これは、『人類の夢。空間移動をするための…』なんて。
おまえ、まだそんなふうに考えていたのか?」
「・・・・」
「キキキ…これはな、今みたいに兵器として使うんだよ。
人体を分子に分解して別の場所で組み立てなおす…それが当初の目的だったようだが…
制御の難しいこいつを、人の身体をバラバラにするほどの波動を発生させる兵器として使えば、なかなか面白い世の中になると思わないか?
そんなこともわからないなんて…おまえはクズだ、ただのクズ!
こいつを使えば、おまえらSSGもあっという間におしまいなんだよ!」
「…」
リヒャルトは黙って顔を歪ませた。
恐ろしいほどの沈黙と共に。
「クズにクズ呼ばわりされたくないな!」
その時、天井から大きな声が響いた。
ピンクの長髪。
黒いタンクトップを着て、スパッツをはいた男が天井の梁からぶら下がっている。
「き、貴様!いつからそこに!!」
「フン!さっきからだ」
「どうして…」
RQは、傷一つ負っていなかった。
「幽霊でも見るような目で見るんじゃねぇ!」
「しかし…あの機械の波動に当てられたものは…」
「こっぱみじんになる。そこに倒れている奴らみたいにな」
「…」
「しかし、それは半径20mに限られていて、しかも水平方向にしか通じない」
「!」
「最初入った3人は、可哀想な事になったが、他の奴らはオレが外に投げつけておいた」
「そ、そんな…私には全て消し飛んだようにしか…」
激しく動揺する科学者にRQは言った。
「科学者は動体視力がよくないからな。オレが18人まとめてラリアットを食らわして、残り5人はハイキックで。あと2人は頭突きで救出したところまで見えていなかったんだろう。
…ちょっぴり乱暴だとは思ったんだが」
「ば、馬鹿な…」
ピーーーー!!
科学者は、あわてて首から下げている笛を吹いた。
すると、倉庫の横の扉から銃を持った男達が10人ほど出てきた。
一斉にリヒャルトと天井のRQを狙う銃口。
「こんなものが私に通用すると思っているのか」
目にも留まらぬ速さで、リヒャルトの黒い鞭が動いた。
「う、うわぁーー!!」
男達が次々に声をあげる。
銃口が見事にすっぱりと切れていた。
「私の鞭は特殊セラミック製でな。身体を真っ二つにされたくなければ、そこを動かない事だ」
「あわわ…」
完全に尻餅をついた科学者は、近づいてくるリヒャルトに首を振った。
「おまえにはいろいろ聞きたい事がある。来てもらおうか…」
「し、しね…」
後ずさりした科学者の手には、あの機械のスイッチがあった。
身を屈めた科学者の頭上から波動が水平方向に走る。
「くっ!!」
目には見えぬ波動がリヒャルトの上半身を襲った。
先ほどまで銃を構えていた男達が、一人ひとり倒れて肉片に変わっていった。
「あいつ見境なしか!」
RQが叫んだ。
「は、はははは…砕け散れ!!!」
だが、半身を庇いながらもリヒャルトは倒れなかった。
「な、なぜ?!なぜ?!」
科学者は叫びながら、次の瞬間、悲鳴を上げた。
「ば、化物・・・・」
「ばけもの……」
黒い軍服が破れて、血が滴る肉の間から見える黒色の金属。
そして。
「ひぃぃーー!!」
リヒャルトの顔を見た科学者はまた悲鳴をあげた。
いつも隠している黒髪の下にあるのは、機械仕掛けの顔。
暗闇の中で人工の光を放つ、赤い瞳。
「化物!」
「ば、ばけものだって…ははは」
突然、狂ったようにリヒャルトは笑い出した。
「誰がこんなふうにした?勝手におかしな実験に参加させて、こんな身体にしたくせに!
さらに強化したから国のために働けって?おまえらが私をこんな化物にしたのに!!」
「リヒャルト!」
上から名を呼ぶ声が聞こえたが、リヒャルトは科学者に焦点を合わせた。
「ぎゃーーー!!」
科学者ごと、その背後にある機械がひしゃげてきた。
「な、なんだ、貴様は!!」
「私の身体には、その機械と同じ機能がついている。私の身体をこんなふうにした機械と同じ力がっ!!」
「そんな話…聞いていな…」
「それは、おまえがクズだからだ。これは国家の最高機密情報だった。
国のためになると決められた者だけしか知らされていない。所詮おまえは捨て犬さ。
SSGに痛い目を合わすためだけのかませ犬」
「うそだ…」
「おまえの考えてることなんて、他の人間は10年前から考えていた。
空間移動の実験が失敗したと同時に…その事故で破損した人体に埋め込んで武器にする事まで」
ゴキュ・・ゴキュ
科学者の身体が嫌な音をたて、崩れ始めた。
「フン!!!」
突然、上方から機械を叩き潰す音が聞こえた。
リヒャルトの視線から出る波動を無視したその力は、すんでのところで科学者を波動圏内から引きづりだした。
「RQ!!」
「聞きたい事があるんだろ、こいつに」
「おまえ」
RQの太い腕から血が滴り落ちている。
「いつもながら、その視線は熱すぎる。ハートまで燃やされそうだぜ」
「すまな…い…」
「だが、オレはそんなあんたの視線に惚れんたんだ!」
「場に合わない事は言うな。帰るぞ」
ピチャピチャと血のりの上を歩く足音が二つ。
「3人も…殺してしまったのか」
「自分がやったみたいな言い方するなよ。今のあんたならそうだな・・・25人以上生き残ったって言い方したほうがいい」
「…どっちも同じじゃないか」
「オレの気分が違うのさ」
「おまえの気分には付き合ってられん」
「ち、長官!!!」
倉庫から出ると、隊員達が駆け寄ってきた。
「おまえたち、撤退するように言っただろう!」
「で、でも、長官一人置いて戻れませんよ」
「そうです!」
「そうです!」
隊員達は口を揃えて、長官を迎えた。
「…私は・・・私の失策で、同胞から3人犠牲者が出た」
「・・・・」
「すまないと思っている」
帽子を脱いで下を向く長官の姿を見て、ある隊員は言った。
「自分たちは、長官に命預けてます。任務で命を落とすのは必定。そのくらい覚悟してますよ」
その発言に同意をしめす他の隊員達。
リヒャルトは帽子をかぶり直し、姿勢を正して隊員達に言った。
「それでも、命令に背いた事は罰則に値する。帰ってからトレーニングを2倍に増やすぞ!」
隊員達は苦笑いを浮かべたが、
「はっ!」
と一斉に返事をした。
本部に戻る車中にて。
「ところで、オレには何か褒美はないのか」
RQが髪留めを解いて、桃色の髪を窓から入る風になびかせている。
「トレーニングを3倍だ」
リヒャルトは爪を磨きながら言った。
「あんたとのマンツーマンだったら10倍でもいいぜ」
「おまえにかまっていられるほど、私は暇ではない」
「見せつけられたからな」
「何をだ?」
リヒャルトが答える前に、RQがその口を塞いだ。
「何をする!」
「オレは少々独占欲が強くてな。オレ以外の奴があんたを見るのが我慢できないんだ」
「しかたないだろう。私は…」
リヒャルトはそう言うと、帽子を深くかぶりなおした。
「長官っぽく振舞われると、余計にどうしてやろうかと考えちまう」
「物騒な事を言うな!」
「おや、顔が赤いぜ、長官さん。安心しなって、慣れてる分痛くしねぇから…」
「・・・」
「…?!」
次の瞬間、車のドアが開き、リヒャルトの隣からRQの姿は消えた。
「あんな奴は蹴り落とすに限る…」
次の日。
「トレーニングをしよう!」
長官室に現れたRQをリヒャルトは呆れた顔で見た。
しかも傷一つ負っておらず、なぜか上半身裸で下は競泳用水着姿だ。
「おまえ、時速100キロの車から蹴落とされても、動けるのか…。
それ以上になんだその姿はっ!!」
「あんたへの愛が最大のクッションだったさ!さぁ、早く腹の上に乗ってくれないか!
腹筋をやりたいんだ!へそまわりがオレの性感帯だからな!!」
「ぜったい、やだーーーーーーー!!」
その日、RQの身体中に長官の愛の鞭の痕が残されていたと、SSG内で噂になり…。
命を捨てる覚悟で、長官とのトレーニングを望む者が後を絶たなかったと言う。
| END |
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