-セーラー服のあいつ-
「はなせ――――!!」
ここは某国にある秘密機関、その名も「スペース・セイフティ・ガード」通称SSG。
地球で起きた宇宙人関係のゴタゴタを秘密裏に処理するための組織である。
その基地内には隊員達が寝泊りするための寮がある。
叫び声は、この寮の廊下で発せられていた。
一人の少年が、ピンク色の長髪をした大男に身体ごと抱えられ、運ばれていた。
…どういうわけか、ズボンを半分ずり下ろされた状態のまま。
「離せって言ってんだろ!この野郎!!」
「いやだね、負けた方がケツ丸出しで基地内をねり歩くって約束だったじゃないか」
そう言ったまま、男は少年の丸出しの部分をドアを開けて見物を決め込んでいる人々に見せ付ける。
「いい格好だぞ!凍牙~!」
野次馬の声に、凍牙と呼ばれた少年は大きなブラウンの瞳で睨みつけた。
「ぶっ殺すぞ、てめぇ!!」
「おお、こわっ!!」
野次馬の一人は、そっとドアを閉めた。
この少年・・どう見ても10代前半にしか見えない。
大変可愛らしい顔付きの彼は、乙女ちっくな見かけとはたいぶ違う性格の持ち主だ。
ついでに腕も立つ。
それでも、恐いもの知らずの野次馬たちの数は減らず、あちらこちらから聞こえてくる野次の声に、少年は顔を赤くする。
元はといえば、この組織最強と言われている男に喧嘩を売ってしまったのが原因だ。
ピンク色の髪をしたRQという名のふざけた男。
ものの10秒で昏倒させられてしまった…。
「く、くそっ~!!」
その時の悔しさを思い出してか、今の状態の恥ずかしさのためか、凍牙の大きな瞳に涙が浮かんだ。
「まるでオレが楽しんでこんな事をしているみたいじゃねぇか。
だがな、これはおまえが吹っかけた喧嘩で、負けた方がこうするって約束なんだぜ」
RQは、まったく”悪い事をしているような素振り”も見せずにそう言った。
そして、凍牙の下半身に目をやり、
「第一、オレにだって男のケツを選ぶ権利くらいはある。
おまえみたいな柔肌桃色プリンプリンのケツは好みじゃない。
そう…オレの好みのケツは”小振りで引き締まっていて、ツンと上を向いていて、禁欲的でありながら、まるで誘っているかのような風情をかもしだした”やつだ」
人の事も気にせずに、うっとりと語りだすRQに凍牙は寒気を覚えた。
―こいつが、マジあれだって知ってたけど…
そりゃ、襲われかけた奴の名は挙げたらキリがないが…
まさか、僕はすごい危機的状況なのかっ?! ―
それでも、冷や汗をかきながら凍牙は叫んだ。
「好みでなくて結構だ!!誰がおまえみたいな変態野郎!っていうか、いいかげん離せよ!!」
ところがRQは凍牙の言う事なんか聞いちゃいなかった。
急に顔をぱっと明るくした彼は、前方を見つめながら叫んだ。
「あ!ほら、いい見本があるぞ!あれこそ、オレ好みの素晴らしいケツだ☆!!」
RQの視線の集中攻撃を受けている黒い軍服に包まれた”素晴らしい尻”の持ち主は、全身から静かな…かつ凄まじい怒りを滲ませながら、こちらを振り向いた。
「ち、長官…リヒャルト長官…」
凍牙の口から、その人物の名とともに絶望の喘ぎが発せられた。
リヒャルトは隊員たちからの信頼も厚いSSG長官である。
理由があって顔の片方を前髪で隠しているが、一つしか見えていない瞳でも人を威圧する力は十分すぎるほどだ。
―長官に見られた・・こんな恥ずかしい姿を見られてしまった…―
見る見るうちに、凍牙の顔が真っ赤から真っ青に変わっていった。
「こんな時間に何をやっている!自由時間はとっくに過ぎていたと思うが…」
リヒャルトは、その鋭い眼差しをRQに向けた。
手には鞭。
彼の武器だ。
特殊セラミック製のそれは、鋼鉄をも切り裂く能力がある。
先ほどまで囃し立てていた野次馬達は、一斉にさっとドアの後ろに隠れた。
それでも、この後の展開が気になるらしく、完全にドアを閉めるものは少なかった。
「別に、あんたを怒らせるつもりはねぇよ」
RQは、さっと凍牙の身体を離した。
「いてっ!」
丸出しのままの尻を床にしたたか打ち付けて、悲鳴をあげる凍牙。
だが、彼にとっては尻の痛みよりも、目の前の人物に情けない姿を見られた事のほうがショックだった。
必死に弁解を試みる。
「ぼ、僕がこんな格好をさせられているのは、こいつが…RQがあまりにも長官殿に対して失礼な態度ばかり取るので、それで文句を言おうとして…。仮にも僕は親衛隊長ですし…」
「?親衛隊??」
聞きなれない言葉を耳にしたリヒャルトが訝しげな顔をする。
「そのようなものを認めた覚えはないが、第一、誰のための親衛隊なのだ?」
「そ、それは…」
”あなたのです”とまで言う勇気はない。
隊員達の間で大人気のリヒャルト長官の親衛隊が組まれている事は、当人には極秘なのだ。
もし、規則に厳しい長官本人が知ったら、すぐさま解散させられてしまうだろう。
しゅんとなって黙り込む凍牙とは裏腹に、RQは明るい声をあげた。
「いや、本当にすまなねぇな。そこにあんたがいるなんて知らなかったよ。
何しろ魅力的な一点に集中しすぎてしまって!ハハハ♪」
下半身の一点に視線で焼かれたような熱さを覚えて、リヒャルトはつい反射的にその部分を手で押さえてしまった。
「!」
「?」
その奇妙なポーズに一瞬黙り込む、RQと凍牙。
「…」
「…」
「…」
沈黙を破ったのはRQの一言だった。
「そのケツを押さえているポーズ…た・ま・ら・な・い…」
次の瞬間…
リヒャルトの鞭が唸り、SSG寮の廊下は半壊した。
「ちくしょー…」
したたかに打ち付けた尻を擦りながら、凍牙は夜通し自分の部屋で考え込んでいた。
今夜の屈辱は忘れない。
だが、RQを完膚なきまでにうち倒す自信は…残念ながら今のところは…ない。
「作戦がうまくいかなかったのはなぜだ?」
かつて前親衛隊隊長からその座を奪った時のように…決闘前、RQの夕食に【強力な下剤】を仕込んでおいたというのに。
「奴め、全然平気な顔してメシ食ってやがった」
そして、RQはこともあろうに憧れのリヒャルト長官の肩に手を置いたのだった。
すぐさま払われたようだったが。
RQの階級の差を差とも思わない態度。
もっと個人的に言うと、長官に対しての馴れ馴れしすぎる態度は目に余るものがある。
「我が親衛隊を差し置いて…」
リヒャルト長官にもっと近づくために親衛隊長の座を奪ったのに、これでは何の意味もない。
いかなる場合も、長官の最も近い所に立つ栄誉を与えられていたのだ。
残念ながら、リヒャルト長官は自分の事をほとんど自分でやってしまうので、身の回りの世話まではできなかったが、その気になれば、長官の下着を手洗いするくらい何でもない…。
「っていうか、それいいかも…」
こみあげてくる熱い想いは、鼻から液体になって流れ出た。
凍牙は鼻血を拭きながら考えた。
だが、今のところ、それは実現不可能だ。
RQが、あの男が、きっと邪魔に入るからだ。
「あいつを長官から引き離し、僕の名を知らしめる行為はないか?」
今のところ、RQにはかなわない。
ならば、あいつのまわりから攻めていけばいいんじゃないか。
そして、何より長官に認められる事実が必要。
…りっぱに仕事をやり遂げる事だ。
凍牙は部隊には所属しているものの、まだ目立った活躍はしていない。
親衛隊の連中にはその実力、性格の陰険さなどはよく知られているが、公式にはまだ認められていないのが現状だ。
「仕事…仕事…あ・・・」
凍牙の脳裏に、一人の男の名が浮かんだ。
RQがしょっちゅう自慢げに語っているその名。
長官も実力を認めているというあの男。
「風見春人・・」
何度か手合わせをした事がある。
赤茶けた髪の日本人だ。
手合わせした時は一度も勝てなかったが、あいつの癖ならよく知っている。
なにしろ短い間だったが、寮の同室で暮らした経験もあるのだ。
かつてのルームメイトだが、この際、利用しない手はない。
「今の僕なら勝てるかも…」
あいつを負かせば、RQの心境に少なからずダメージを与えられるだろう。
そして、長官も自分の実力を認めてくれるかもしれない。
凍牙は、その可愛らしい顔に小悪魔のようなニヤリとした笑みを浮かべた。
「春人、悪いけど利用させてもらうよ。僕の愛憎劇のために…ね」
…人、それを”八つ当たり”と言う。
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