-料理対決!-

ここSSG本部では、毎年恒例「年忘れ祭」の準備が着々と進んでいた。

宇宙人を相手にしている秘密機関であっても、たまには羽目をはずす時間も必要だ。
日常を過酷な環境で過ごしている彼らは、この日を本気で待ち望んでいた。
当然、意気込みも半端ではない。

「そこ!音が外れている!」
祭で演奏する予定のブラスバンド隊は、トレーニング並みの厳しさで練習に望んでいたし、舞台を盛り上げるダンス隊(全員男性)は、ミニスカートを履いていたが、各人の表情は真剣だった。

 

「皆、よく励んでいるようだな」

長官のリヒャルトが仕事の合間を縫って応援に来てくれるのも、隊員たちにとって大きな励みだ。

「ところで、今年、長官殿はどのような…」

隊員の一人がリヒャルトに問いかける。

「まだ決めてはいない」

実のところ、年忘れ祭には、毎年のように長官の出し物が用意されている。
これも、だいぶ前から恒例になっているらしく、リヒャルトが長官になった時も慣習を受け継いだ。

 

 

「さて、どうしたものか…」
長官室に戻ったリヒャルトは、一人考えた。
何事にも真剣なリヒャルトは、こうした出し物にも手を抜かない主義だ。
去年は、ヨガを披露したのだが、ギャラリーの反応は微妙だった。

「今年はせめて冷や冷やさせないでくれよ」

いつの間にか、RQが隣に立っている。
いつも気配を消して部屋に入ってくるのだ。
ここは怒るところだが、今日のリヒャルトは違った。

「…去年の出し物は、そんなに面白くなかったのか」

眉間に皺を寄せて不機嫌そうに語るリヒャルトに、RQは「そういうわけじゃねぇ」と言った。

「面白くなかったんじゃなくて…」

…ひたすら怖かった。
これはRQだけではなく、その場にいた隊員たちなら誰もが思ったことで。

ゆっくりとした足取りで舞台の上に現れたリヒャルトが、突然くにゃりと折れ曲がり、人間としてはありえないスタイルに変貌していくのを、皆は固唾を飲んで見守った。
効果音の係も、驚きのあまり演奏を忘れてしまったほどだ。

RQもぎょっとしたまま固まっていたが、普段は肝が据わってそうな凍牙が腕にしがみついてきたのを感じて、正気に戻ったのだった。

「去年は“静”の芸だったから、今年のテーマは“動”に変えたほうがいいんじゃないか?」
「なるほど」

リヒャルトは、素直に頷いた。

「あんた一人で考えられないなら、隊員による投票ってのもいいかもしれないな」
「そうか、私一人では限界がある。…私は芸というものが得意ではない。皆のほうがよいものを提案してくれるかもしれない」

しばらく考えたあと、リヒャルトはSSG通信(SSG専用WEBページ)を開いて、隊員用の掲示板に

「年忘れ祭りにて、SSG長官にしてもらいたい芸を募集します。
テーマは“動”。
長官は去年披露した“静”の芸が受けなかったので、ちょっぴり気にしています。
投票は多数決で決定しますが、今年はどんな芸でも全力で望んでくれるそうです。

――通りすがりの黒猫」

と書き込んだ。

どう考えても、こんなことを決定できるのは長官本人しかいなかったのだが、その辺は気にしないリヒャルトだった。ちなみに“通りすがりの黒猫”というハンドルネームもリヒャルト以外にはありえなかったが、そこも気にしていなかった。

 

「エクセルさん、これはなんだい?」

目の前に突きつけられたカードを、ケヴィンはまじまじと見た。
封筒には大きく「果たし状」と筆で書かれている。
いつの間に日本語を、しかも習字をマスターしたのか。
封筒の中身より、ケヴィンはそっちのほうに興味を持った。

「アイオンに届けてくれ。やつと決着をつけるときがきた」

アイスは振り返ることなく21世紀に飛んだ。
黒猫とアイスクリームが刺繍されたピンク色のエプロンをつけていたこと以外は、いつものアイスだった。

「自分で渡せばいいのに」

顔を見るのも嫌なのだろうが、決闘するのだから遅かれ早かれ会うことになるのだ。
ケヴィンがどうしようかと頭を悩ませていると、アイスのパートナーが飛び込んできた。
彼はいつも一足遅い。このタイミングの悪さはどうにもならないらしい。

「あいつ、もう行っちまったのか!なんで止めてくれなかった、ケヴィン!」
「やあアレク。僕はまだ状況を把握できてないんだけど」

ケヴィンは顔の前で封筒をひらひらと振ってみせた。
それを見て、アレクは敗北したようにがくりと膝をつく。

「あいつは年忘れ祭に参加するために、SSGに向かったんだ」
「アイオンさんのところじゃなくて?」
「向こうの長官が出し物で料理を作るから、アイスは手伝いに行くらしい。それがどういうわけか、アイオンと対決することになってた・・・」

アイスから直接聞いたわけではなく、RQとのメールで判明したことだ。

「あいつ、アイオンとの決着がついてないってことをリヒャルトに話したらしい。そのメールを読んだRQが、テーマが動なんだから、普通に料理するんじゃなくて誰かと対決するほうが面白そうじゃないか、なんて余計なことを言ったから、こんな恐ろしい結果に・・・」

なんで一言多いんだ、友よ!とアレクは激しく落ち込んでいた。
料理であれ何であれ、あの二人が争うところを見たくない。

「じゃあエクセルさんはその長官と組んで、アイオンさんに勝負を仕掛けるのか。でも、それじゃあ人数がおかしくないか?」

ケヴィンはもっともな問題を持ちだしてきた。
まだそうと決まったわけではないが、アイスがアイオンと組むはずはないし、だからと言ってリヒャルト
と対決するのも好まないだろう。

「・・・そうだよな。アイオン一人じゃあ不公平だ」

ここに真祐がいれば、不公平でもなんでもいいから、アイオンをコテンパンにのしてやってくれと懇願しているだろう。
アレクはまだアイオンの創作料理の威力を知らなかった。

「アイオン側にも一人つけてもらわねえと!」

そう言うなり、アレクはアイスを追ってSSGに向かった。
つくづく行動に移すのが早い二人である。
そうしてケヴィンのもとには、アイスから託された封筒だけが残った。

「結局これは僕が届けるのか」

やれやれ、とケヴィンは椅子から立ち上がって伸びをした。
なぜあの二人は年忘れ祭にこれほど真剣になっているだろう。
向こうにいる調査員に頼んでもいいのだが、自分が手渡したほうがいいような気がした。
アイスのことだ。殺意のこもった内容だろうから、噛み砕いて説明する必要がある。

「アイオンさんには、そうだな・・・料理対決というよりは2チームに分かれてSSGに手料理をふるまうイベントってことにしておこうか!」

あながち間違ってはいなかった。

 

果たし状を前にしたアイオンは、それを開こうともしなかった。

「SSG長官にしてもらいたい芸を募集したところ、長官さんの手料理が食べたいというのがダントツで一位だったそうですね。イベントを盛り上げるために、僕と料理の対決をしようということなのでしょう」

ケヴィンは出された茶をすすりながら、内心驚いていた。
この人はどこまで見透かしているんだ?

「アイオンさん、その情報はどこから?」
「アキバ友達とお義兄さんです」

真っ白なフリルつきのエプロンをつけたまま、アイオンは微笑を浮かべた。
ケヴィンにはそれらが誰を指しているのかさっぱり分からなかったが、情報は正しいように思えた。

「もちろん参加させてもらいます。僕は以前、ある方と組んで料理をしてから、タッグの楽しさに目覚めたんです」

今のところ二対一だとは言えなかった。それはアレクがなんとかしてくれるだろう。
目の前に置かれた焼きたての真っ黒いクッキーからは、触覚のようなものが覗いている。
クッキーだけでこれほどの破壊力があるなら、加勢はいらないんじゃないかとケヴィンは思った。

 

ひさびさにSSGへ帰ってきた春人は、第6部隊の凍牙たちの歓迎を受けた。

「春人、おっひさしぶり~」
「ああ、元気そうだな。今回は、智恵の健康診断できたわけだが…なんだこの騒ぎはっ!!」

先ほどから仮装した連中が廊下を走り回っている。

「ほら、恒例の年忘れ祭だよ!ちょうど“長官と料理対決”の参加者を決めるところ!」
「は?なんだそれ?」
「今年の出し物は、皆の投票で“リヒャルト長官の作る手料理”に決まったんだ。だけど、途中で“料理対決”に変更になったみたい。対決は二対二なんだけど、三名はもう決定だって。あと一名が誰になるのかをクジ引きで決めようというわけだよ」

凍牙の説明に対し、いぶかしげな表情の春人の隣で、「アメリカ版、料理対決番組みたいですごい!」と智恵がはしゃいでいる。

「案外、宇宙人の丸焼きとかかもしれないぞ」
「え~~いくらSSGでもやだよ!!」

自分自身も宇宙人1/2の智恵は、目をまんまるくして仰け反った。
NON!NON!と凍牙は人差し指を振って、

「長官殿の手料理だよ!きっとすってきなものに違いないよ!」
「おやじの手料理のどこか素敵なんだか…」

春人はぼやきながらも凍牙たちの勢いに押されて、会場へ足を運んだ。

会場には、すでにキッチンが運び込まれていた。
食材も山積みになっている。

その前に恐ろしい殺気を放つ人物が立っていた。
黒猫とアイスクリームのエプロンを着用していなければ、暗殺術を教えに来た講師に見えるだろう。
その彼と対峙するように立っている白い髪のドレスエプロンを着ている人物。
包丁を片手に握り締めて、ほんのわずかだが微笑んでいるようにも見える。

暗殺者とヤンデレ男、二人の真ん中に金髪の男が倒れていた。
一見すると、三角関係の末の殺人に見えないこともない。

 

「春人じゃないかぁーーー!!!」
突然、静寂を破るような叫び声がしたと思うと、ピンク色の大きな影が春人に飛びつく寸前で、どさっと倒れた。
RQの足首には鞭の先が絡み付いている。

「誰にでも抱きつくなといっただろう…」

ある意味で、一番殺気を放ちながらリヒャルトが現れた。
黒い闘志がメラメラと見えるようだ。

「今日は意外と素直に妬いてくれたな」

ニヤニヤしながら起き上がったRQは、春人に空き缶を差し出す。

「なんだよ」
「参加者のクジだよ。おまえにもその権利がある!」

胸を張るRQを前にして、春人はため息をつきながら、

「拒否する権利もあるだろ。オレはそんなもんに参加したくねぇよ」

と空き缶を押し戻すが、隣にいる智恵は「春人の料理食べたいなぁ~」などと呟いた。
「おまえなぁ~こんなところじゃなくて日本に帰ったら作ってやるよ」
「う~ん、オレとしては料理をする春人を今ここで見たいんだ」
「春人、せっかくだから参加してみなよ!」
意外なことに凍牙までが勧めてきた。

―もちろん、きみが引いたって当たるわけがないさ。何しろ、そのクジは僕がちょっとした細工をしたんだから。もちろん、長官殿と料理を作るのはこの僕をおいて他にいない!―
と…その瞳が語っている。

「自分の正当性を示すためにオレに引かせたいってわけだな、おまえは」

凍牙に嫌味を言いながらも、元ルームメイトの仲だし…と思って、仕方なく春人はクジを引いた。

「おおっ!!これは!!」

RQの叫び声で、凍牙は春人の手元を覗いた。

「うっそ!そんなはずはない!当たりクジは僕が引く前に仕込むつもり…あ…」

あわてて凍牙は口を噤んだ。

「いや、この際、どうでもいいけどさ。これ、おまえにやるわ」

春人は赤いしるしがついた紙切れを凍牙に渡そうとして、RQに奪われた。

「ああ、おまえでもいいや。オレいらないから、そんなもん」
「いいや、これはあくまでおまえのものだ!皆~参加者が決まったぞ!ここにいる春人だ!」
「てめぇ!!」

殴りかかろうとする春人を軽くいなして、RQはアイスおよびアイオンに目配せをする。

「おまえが最後の参加者か」
「よろしくお願いします」

リアルサバイバルゲームの始まり…の雰囲気たっぷりに、殺気を放つアイスと包丁を持ったアイオンが近づいてくる。
そういえば、この黒髪とは前に一度会ったことがある。
たしか宇宙人のDNAサンプルを探していた奴だ。
一緒にRQを沈めた記憶が甦ってきた。

「春人、おまえもこの猫耳天使は知ってるだろう。こっちはアイオン。真祐のルームメイトなんだよな」

RQがさらさらと説明を始める。

「真祐もここに来てるのか?」

智恵がきょろきょろと周りを見回すと、この場にはふさわしくない、まともそうな顔の人物が簡易椅子に座っていた。

「あ、智恵!智恵じゃないか!」

真祐のほうも智恵を見つけて手を振った。二人はご近所同士の友達なのだ。

「またSSGで会うなんて…できれば別の場所で会いたかった」

げんなりした表情で真祐は呟いた。
アイオンに早朝起こされて、なんだかわからないうちにアメリカ行きの飛行機に乗せられて…

「決戦の地はアメリカです!真祐、アメリカに行きたくはないですか?!」

と昔のクイズ番組みたいな問いかけをされたが、そもそも実家がアメリカにあるのだ。
行きたいというよりも、単身実家に帰りたかった。

「料理対決だって!真祐、一緒に応援しよう!春人、手料理は愛情だ!」

この友人が単純なことは知っていたものの、きっとアイオンの創作料理の威力を知らないに違いない。
知ったら考え方も変わって、この場から立ち去りたいと考えるだろう。
そう思いつつも、智恵にほだされて、ついつい椅子からたちあがってしまう真祐だった。

 

「えーこれから、チーム分けをするぞ。春人が引いたのは赤い印だったよな」
「…ああ」

見るからに不機嫌そうな春人。上機嫌に笑いながら、マイクをもつRQ。
このまま司会を務めるようだ。

「参加者3名の中で赤いしるしをもってる奴は??」
「私だ」

アイスが一歩前に進む。

「じゃあ、残りの二人が同じチームってことで」

「ああ」
「了解です」

どこか名残惜しそうなリヒャルト。
しかし、アイスはしっかりとした口調で言った。

「さらに上達したおまえの腕前を見せてもらいたい。私も以前より腕を磨いてきた」
「アイス…」

思えば、一緒に料理を作ったことがあった。そのときは、アイスの段取りのよさと刃物の扱いに感動していたが、さらに上達していたとは。
リヒャルトは、高鳴る鼓動を抑え切れなかった。

「よし。私もおまえに答えられるよう全力でこの勝負に臨む。お互いに悔いの残らぬ戦いにしよう!」

そう言って、二人は固い握手を交わした。

 

「う・・・うーん」

目を覚ますと、あたりはお祭り騒ぎになっていた。長官コールが響いている。
アレクは一瞬、自分がどこにいるのか思い出せなかった。
アイオンにハグをしたら、背後からいきなり攻撃を食らって・・・

「大丈夫か?」

見上げると、真祐が心配そうな顔でタオルを差し出してきた。
起き上がってみると、頭から血がだらだらと流れている。
・・・この傷、痛み方からしてアイスだな。
アレクは大して気にしない様子で血を拭きとった。

「料理対決はどうなった?」

まさか気絶している間に終わってしまったのでは、と思ったが、ステージの上の所狭しと運び込まれるを見ると、そう長い間倒れていたわけでもないらしい。

「これからテーマを発表するらしい」
「楽しみだね、真祐!綿菓子が出てくるといいな」

真祐の隣で目を輝かせている高校生くらいの少年は、たしか智恵といった。
以前SSGに体験入隊したときに会ったことがある。

「アイオンが誰と組むか、もう決まったのか?」

一人じゃ可哀想だ。あいつ、見かけどおり寂しがり屋だからな・・・
そんなことを考えていると、食材を物色しているアイオンと目が合った。
今日のエプロンは珍しく白だ。
白といえばピュア、新婚妻のような初々しさを連想させるが、料理にとりかかる前から血(おそらくアレクのものだろう)がついていて、不気味な雰囲気を醸し出していた。
そんなアイオンと相談するように話しているのは、なんとSSG長官のリヒャルトだった。

彼ももちろんエプロンをしている。
横から見るとただの黒いエプロンにしか見えなかったのだが、正面を向いた姿を見て、アレクは噴出しそうになった。

でかでかと書かれた「I Love Darling」の文字。それを囲うピンク色の大きなハートマーク。

アイオンが似たようなエプロンを持っているのは知っているが、アイオンならば別に違和感がないだろう。しかし、着用しているのはリヒャルトである。
どういう経緯で、あれがリヒャルトの手に渡ったのか、想像するだに恐ろしい。
アレクは、今見たことを忘れるように首を振った。

この二人が組んでいるとすれば、アイスは・・・
アレクはステージの反対を見て、再び倒れそうになった。
アイスがピンクの生地に黒猫とアイスクリームが刺繍された、誰かからの贈り物としか考えられないエプロンを着ていた。
その横でげんなりした顔をしているのは、赤い髪の少年。
いつかアイスとタッグを組んでRQを沈めた、SSGの一員、春人ではないか。
それにしても、この二人のオーラが凄まじい。
料理対決というよりは、暗殺を企てているようだ。
ステージに上がった、RQがにやにや笑いを隠そうともせずに春人にエプロンを渡した。
それを見た春人は、殺意の篭った目でRQを睨んで、掴みかかろうとする。
しかしその前にアイスが春人の肩に手を置いて、何か呟いた。

「それ絶対に似合うぞ、春人―!!」

智恵が大声で追い討ちをかける。
「真祐もそう思うだろ!」と同意を求めたが、隣で無心を決め込んでいる真祐の耳には届いていない。
春人はエプロンを握り締めたままぷるぷる震えていたが、アイスに「キッチンは戦場。包丁を握るものとして、それなりの武装をするものだ」とかなんとか言われて、うなだれたままそれをつけた。
緑色のエプロンの真ん中に顔がついている。子供の喜びそうな怪獣さんの顔だった。
たぶん、日本の有名な特撮映画をモデルにしているのだろうが、少々微妙なので偽物なのかもしれない。その証拠に「SODCILLA」というロゴが見える。

「なにが“そちら”だ、バカヤロウ…」

智恵は喜んでいるようだが、春人としてはこんな間抜けな姿を見られたくなかった。
やはり、脱ぎ捨てるべきか。と考えていると、リヒャルトと目があった。

「春人、よく似合っている」

真顔でそう言う当人は、見てるほうが目をそらしたくなるほど、ラブラブ全開のエプロンをつけている。
春人は、思わず目を見開いて凝視してしまったが、リヒャルトは何か勘違いをしたらしく

「こちらのほうがいいのか?」

と戸惑うような視線を投げてきた。

「そんなわけねぇだろ!!」

あんなものをつけるくらいなら、鍋の中に頭を突っ込んで死んだほうがましだ!
春人は、リヒャルトに背を向けて、さっさと食材のほうへ向かっていった。

「え~、テストテスト~、ワンツースリー」

マイクから気の抜けた声が聞こえた。
SSG公認の占い師、兎兎がマイクを持ったまま、よちよちとステージに上がっていく。
その後には、長身の潤一が壁のようにずもーんと立っていた。

「ではでは、みんなお待ちかねの料理対決を始めるよ。制限時間は2時間、その間に100人分の料理を作ること」

おおー!!と観客が沸きだつ。
そこで、兎兎は潤一にマイクを渡した。

「テーマは我々兄弟が決めさせていただきました。えー、他に意見もあるとは思いますが、くじ引きで公平に決めたのだから文句は言わないように。これを根に持って兄上に意地悪するような命知らずはいないと思いますが、万が一そんなことがあった場合、私を敵に回したと考えてもらいます。ちょうど新兵器を開発中なので、その破壊力をじっくり試させて・・・」
「テーマはずばり、江ノ島なんだよお!!」

だらだらと説明し続ける潤一の言葉をさえぎって、待ちきれずに兎兎が興奮気味が叫んだ。
マイクがなくても十分に聞こえるほどの張り切りっぷりだった。

「ああ~、そこは私もコッペリアと行ったよ。最高におすすめな観光地だね!」

どこからかコッペリウスの声が響いた。

「と、まあ、そういうことです。それでは準備について・・・行くぜっ、野郎どもーーー!!!」

潤一がいきなり人が変わったようにシャウトして、ゴーンと鐘を打った。
それを合図に、この前例を見ない恐怖の料理対決は始まったのであった。

 

「江ノ島といえば。恋人の鐘があるところですね。真祐と行ってみたいなあ。長官さんもそう思いませんか?」
「わ、私は別に、あいつと一緒に行きたいなどとは・・・!」
「長官さんも心中の人がいるんですね!機会があったらぜひお会いしたいです」

さっきからあれほどベタベタと絡みつかれているのに、相手がRQだとは気づいていないらしい。
リヒャルトには「そいつならすでに会っている」などと言えるわけがなかった。

「さて、僕のデータによりますと、江ノ島の名物はしらす、さざえ、のり、湘南地域で言えば鯵、鰹、伊勢えび、ワカメだそうです」
「行ったことがないのによく分かるな」
「僕は世界中の名物を暗記していますから」

アイオンは可愛らしくウィンクして、こつこつと頭を叩いた。

「素晴らしい頭脳だ」

リヒャルトはズレたところで感心していた。

「中でも定番なのがしらす丼ですけど、それでは定番過ぎてつまらないですよね。僕は真祐を、あっと言わせるものを作りたい!」

なぜか焦点が真祐になっているが、リヒャルトはとくに不思議に思わなかった。
ステージの前には審査員の椅子が5つ。今のところ空席だ。
メンツは決まっているらしいが、この時点ではまだ誰なのか明かされていない。
この勝負の勝ち分けは、最終的に彼らが味見して決めることになる。

「たしかに任務にはオリジナリティも重要だ」
「そういうわけで、魚貝類はデザートのパイに使うのがいいと思います。名づけて、恋の鐘は魚で鳴らせ!これを食べると死んだ後も一緒にいられるかもしれない、恋人たちに捧げる江ノ島スイーツ!」

アイオンは胸を張って主張した。
魚介類をデザートにするのはどう考えても無理があったが、リヒャルトは「それはいいネーミングだ」と相変わらずズレたところに賛成していた。

「では、私はメインディッシュを担当しよう」

リヒャルトは食材の山を見やって、その中にマーマイトがあることを確認した。
その隣では、じゃがいもが一通り種類がそろっていた。
いつかRQが「これはうまい!」言っていたアイダホ名物のポテトまで・・・
RQは食べられば何でもいいというタイプなので、何を食べても「うまい」を連初するのだが、リヒャルトは「やつはポテトが好物に違いない」と記憶を頼りに決め込んだ。
それを見ているうちに、あるものが浮かんだ。
カルトッフェルプッファー。ポテトを揚げたドイツ料理だ。
テーマが江ノ島なので、海に浸したポテトを揚げて、その上にマーマイトをかけてはどうだろう。
魚介類はアイオンがデザートに使うというので、この料理はベジタリアンで行こう。

手料理を希望してくれたSSG隊員たち。
彼らに感謝の気持ちを込めて、健康にいいものを作らねば・・・

リヒャルトは珍しく微笑みを浮かべながら、もくもくと作業を続けた。

ところで春人は、サザエを手に取った。

「これを鍋の中に放りこんでみようと思う」
という声に振り向いてみると、アイスがわかめを腕に巻きつけて立っている。

「わかめはそうやって使うもんじゃない」

春人はアイスの腕からわかめを取り上げると、包丁で一口大に切り分けていく。

「ほら、こうやって切らないと、智恵みたいな馬鹿がのどに詰まらせるだろ!」
「オレは詰まらせたことなんかないもんね!!」

叫ぶ智恵に対して、春人は舌を出している。

「なるほど、適度な強度もある。これで相手を窒息させられるのだな」
アイスは納得したように頷いた。
春人は、
「そういう対象は、あのピンク男にしてくれ。オレは智恵用にまともな料理を1品は作らなきゃならないんだ」
といい、先ほど手に取ったサザエを練炭火鉢の上に乗せた。

「サザエのつぼ焼きを作るつもりなんだろう。なかなか期待できる」
見物している潤一が呟く。
「私もあれは好きだよ。日本酒があれば最高だね!」
兎兎がどこからか持ってきた酒ビンのふたを開けた。

おかげでギャラリーは花見でもするかのようなムードに変わっていたが、もちろん料理人たちはそれどころではない。

しばらく春人は火鉢を見つめていたが、アイスがサザエをミキサーの中に放り込むのには気づかなかった。

ガラガラ…
ぐぁん!!
ボン!

耳を劈くような音と共に、ミキサーが破損して、サザエはどこかへ飛んでいった。
「ひぃぃ!!」
…と思ったら、コッペリウスの頚動脈スレスレのところで壁に突き刺さっていた。
間一髪よけられたようだ。

「…」

アイスは、破損したミキサーを見つめている。
殻が邪魔だったので砕こうとしただけなのに、どうしてこうなったのか…。

すると、リヒャルトが心配そうな顔をして近づいてきた。

「誰か、ダイヤモンド・ドリルを…」
と言いかけるリヒャルトをアイスは止めた。
「必要ない」
「しかし、お前の要求に答えるには、このミキサーは弱すぎる」

どこまでもアイスには甘いリヒャルトだったが、アイスは首を振った。

「初めから道具になど頼ったのが間違いだった」

言葉と共に、アイスはサザエに自らの拳をぶつけた。
ガリッ!!
いかにも痛そうな音がして、サザエは砕け散ったが、アイスの手も血まみれだ。

「あーあ!!なにやってんだよ!馬鹿が!」
「なんだと!」

せかせかと春人がやってきて、殺気立つアイスの手を手ぬぐいでぐるぐる巻きにしてから、

「サザエってのは、普通焼いてから使うもんだ!ほら、おまえも軍手をつけろ」

投げられた軍手を手にして、しぶしぶ従うアイスに、春人は先ほど焼いたサザエを渡した。

「こうやって、身の部分を串で引き出すんだよ。丁寧に慎重に…」
「ム…」

事の他、大真面目な顔でサザエと向き合うアイス。

「ああ、あいつって、変な部分に凝り性なんだ」
とアレクが言う。
「リヒャルトもだ」
RQはリヒャルトを見た。
そこには、マーマイトの蓋を開けようとして、鬼のような形相になっているリヒャルトがいる。

「やったー!ほら、こうやって肝の部分まで取れたら、成功!」

お手本を自慢げにアイスに見せる春人。
アイスはギリッと歯軋りをしてから、再びサザエに取り組むが、残念ながら身が途中で切れてしまった。

「へったくそだなぁ、おまえ!」
「!!」

春人はアイスに刃物を突きつけられても、したり笑いをしている。

「もう一度、それ持って」
春人はアイスの手を取り、サザエを握らせた。

「こうやって貝殻のほうを回していくんだよ」

アイスの手を上から操りながら、春人は慎重に貝を動かしていく。

「ほら!取れた。わかっただろ?」
「…」

不機嫌そうな顔で春人を見つめるアイス。
しかし、特に文句もないらしい。

「アイスがあそこまで人に従うのって見たことがないぞ、どうなってるんだ!」

アレクが悔しさを滲ませながら、わき腹を突くとRQは答えた。

「オレが見るに、猫耳天使は世話焼きに弱いんじゃないか?」
「そういえば、真祐も世話焼きだった」

そこで、アレクは一つのエピソードを語った。
いつか過去に遊びに行ったとき、大雪が降ったことがあった。
ボストンではよくある風景だが、二人にとっては初めての雪である。
さっそく外に出ようとするアイスを真祐が引き止めて、「体温低いから寒いだろ」と首にマフラーを巻いてやっていた。
首に触れられるのを極端に嫌がるアイスも、あのときはされるがまま大人しくしていた。
お前どんだけ真祐が好きなんだよ!とアレクは嫉妬を通り越して呆れてしまった。
その後、マフラーをくれるというのでそのまま持ち帰った。
赤と白のしましまで、ミント味のクリスマスキャンディーを連想させる。
あとで聞いたところ、兄からの贈り物、しかも手編みだったそうだ。
そんな大切なものをくれるのだから、真祐もそうとうのお人よしなのだろう。
見たところ、春人も口は悪いが世話焼きである。
アイスに友達ができるのはいいことだ、とアレクは親のような気持ちになった。
そして、そのアイスの解剖仲間ともいえる友達は隣にもいた。

「アイス!解剖を思い出すんだ。サザエを解剖している気分になればいいのさっ!!」

アイスの不器用そうな手つきを見ていたDr.コッペリウスが、ついに声を張り上げた。
その途端、アイスの中で何かが弾けた。
猛烈な勢いで、サザエの身を取り出していく。

「なんだ、やればできるじゃないか」
「当然だ」

そのような会話をしているあたり、春人とアイスは意外といいコンビなのかもしれない。
こうして、サザエのつぼ焼きとサザエのサラダが完成した。

 

サザエの破片がコッペリウスの頚動脈を貫きかけたころ。
魚貝類のパイをオーブンに投入したアイオンも、サザエを手にして悩んでいた。

「身だけ食べるのはもったいないですね・・・」

サザエがこれだけの時間をかけて作り上げてきた貝である。捨ててしまっては可哀想ではないか。
そういうアイオンは、過去に鯛の目玉だけくりぬいて他は捨てようとしたことがあるのだが、不都合なことは思い出さない頭である。

「誰か、ダイアモンド・ドリルを・・・」

リヒャルトがそう言うのが聞こえる。それもありかと思う。
しかしインスピレーションが沸かない。もっと他の何かを・・・

「あ、硫酸で溶かせばいいじゃないですか」

アイオンはポンと手を打った。

「Oh、それならちょうど持ち合わせているよ!骨をも溶かす、とびきり強烈なやつをね!」

地獄耳のコッペリウスが、ここぞとばかりに白衣の下からドクロマークのついた瓶を取り出して、アイオンに方に向かってぽーんと無造作に投げた。
「そんな危険なもの軽々しく投げないでください!」と潤一がとがめるのも構わずに、含み笑いをしている。

「恋は化学、化学は恋~。なぜって僕はアイオンだから~♪」

アイオンは歌いながらサザエの上に硫酸を注ぐ。
貝はあっというまに原型を失った。
それをうまく抽出して粉にすると、リヒャルトのところに持っていった。

「長官さん、これを隠し味にどうですか?」
「うむ・・・」

リヒャルトはそれが何なのか確かめもせずに、指ですくって舐めると

「カルシウムが豊富だ」

と、賛成するように頷いた。

「カルシウムは丈夫な骨や歯を作るだけでなく、筋肉の動きをコントロールしたり、脳や神経の情報伝達、ホルモン分泌の調整、酵素のサポート・・・ここでは挙げきれないほどの効果がある。つまりは、体にいい!」
「さすが長官さんです」
「どの料理に使うべきだろうか」
「そうですねえ。あ、そういえば僕、おもしろいものを見つけたんですけど」

アイオンはステージの隅を指した。
足のたくさんついた何かが、もぞもぞと何かが動いている。

「これはフナムシという、海岸に広く分布する代表的な海岸動物だ」
「長官さんは物知りですね!フナムシは海鮮のうちに入りますか?」
「節足動物、もっと詳しく言えば甲殻綱でワラジムシの一種なので、どちらかといえば虫だろう」
「へえ、虫か・・・」

アイオンの目が怪しく光った。
よく見るとなかなか可愛いではないか、とフナムシを観察していたヒャルトは気づかなかった。

「これ、きっと江ノ島にもたくさん生息してますよね」
「おそらくは」
「・・・ねえ長官さん、サプライズは好きですか?」

 

「あ、あいつら、手に何持ってるんだ・・・?」

今まで一言もしゃべらず、死んだような目で経過を見ていた真祐だったが、アイオンの持っているものを見てしまい、誰かに報告する義務を感じた。

「あの足がたくさんついてるやつ?うーん、ダンゴ虫かな?」

智恵は驚いた様子もなく、俺も子供のころはよく捕まえたよーなどと懐かしがっている。
何虫でもいいが、問題は料理対決の最中に、なぜアイオンがあんなものを持っているかということだ。

「あれはフナムシですね」

いつの間にやってきたのか、潤一が訂正した。
その隣で、兎兎が親指をつきたてて言う。

「あまり知られていないけど、栄養満点で、無人島で遭難したときの最高のサバイバル食材なんだよ!」

食材と聞いて、真祐と智恵が固まる。
その間に、アイオンはフナムシの大群にオリーブオイルを塗って、オーブンに放り込んでいた。
リヒャルトまで「すまない、SSGの糧となって生きてくれ・・・」と言いながら作業を手伝っている。

「兄上、なんでもかんでも口にしないようにと、あれほど言ったでしょう!」

お腹を壊しても知りませんよ、と潤一が保護者のような態度をとる。
兎兎は、はいはい、と軽くあしらうと、タロットを片手にけけけと笑った。

「うーん、それにしてもリヒャルトもやるね。ベジタリアン料理かと思ったら、あらびっくり!ポテトの間からフナムシが顔を覗かせていた!なんて」
「あれを食わさられるやつらも、命がけだな・・」

真祐の呟きに、潤一が胸を張ってこんなことを言った。

「SSGとはそういう組織ですから」
「試食するのが楽しみだね、ジュージュ!」

このままSSGに留まったほうがアイオンにとって幸せではないのか、と真剣に考え出す真祐であった。

 

「あいつら、虫を使うつもりだぞ!」
春人が悲鳴に近い声をあげる。

アイスは、それを意識したのかしないのか…、山の食材コーナーでセミを選んで籠に入れてきた。

「あいつの考えていることはわかる。歯ごたえを追加するつもりだろう」

油の入った鍋に籠ごと生きたセミを突っ込むと、阿鼻叫喚の羽音がしてから、静かになった。
それを皿に移すと、アイスは揚げたセミを一匹ずつワカメで縛っていく。

「以前、真祐たちとクリスマスを過ごしたときに、このような料理が出てきた」

「え!真祐!クリスマスに虫を食べたのか!?」
智恵が恐れおののきながら、真祐を見る。
「そんなことした覚えはないぞ!」

作るとしたら、アイオンしかありえないが…あの形状だけならどこかで見たことがある。
リボンでつるしたジンジャークッキー…。
アイスは、まさか、あれを真似ているのでは。

「智恵…もともとはセミじゃないんだ」

真祐はそういうので精一杯だった。
しかし、ジンジャークッキーのどこからセミをワカメで縛る発想が浮かぶのか?
そういうところはアイオンの遺伝子を受け継いでいるのかもしれない。

続いて、アイスは巨大なうなぎみたいなものを吊るし始めた。
そして、刀を手にする。

「おっ!あんこうの吊るし切りだ!!」
興奮気味に兎兎が叫ぶ。
「兄上、あれはあんこうじゃありませんよ…」

「なんだ、あれは?」
リヒャルトも注目する。
2メートルは遥かに超えている目のない白い魚…のようなものだ。
鱗もついていないし、えらも鰭も見当たらない。
姿だけ言えば、竜のような伝説の生物に見えないこともない。

「あれは深海魚ですね」
少しばかり悔しそうに、アイオンが言う。
「僕は日本海溝でみたことがあります」

その前に…潜ったことがあるのか、そして、江ノ島って遠浅じゃないのか、とは誰も言わなかった。

嬉々とした雰囲気を漂わせながら、深海魚を捌き始めるアイス。
青い体液が飛び散った。
この生物は内臓も青い。
落ち着き払った手つきで、大事そうに肝を取り出す。

「あんなの食ったら、呪われそうだぞ」

そう言うアレクは意外と信心深いらしい。
どう見ても、あれは人間が手を出しちゃいけない生物に見える。

「まぁ味付けが肝心だろう。あれは淡白なんだ」
RQは興味深そうにうんうんと頷いていた。
「食べたことあるのか!」「秘密!」とか言い合っている二人の間で、アイスを観察しているコッペリウス。
「あれはまだ解剖したことがないよ」と興味津々といった様子である。

「おいおい、そんな不気味な魚どうするつもりなんだよ?」
春人の質問に、アイスは
「刺身にするつもりだ。肝はソースにつかう」
と答えた。

見た目だけはすばらしい料理ができた。
半透明な刺身に青いソースがかかっている。
周りを取り巻くのは、デコレーションされたセミの揚げ物だ。

実際に食べる、と考えなければ、美しい料理だろう。

「さすが、アイスだ。芸術的なセンスも大切だとよく知っている」
と言いながら、リヒャルトはサザエの粉をウミウシの生き作りに振りかけている。
アイスの深海魚をみて、アイオンが急遽捌いたものだ。
まだ生きていて、触覚がうねうねと動くさまは不気味だが、リヒャルトはそれを新鮮な証だと捕らえていた。
こちらもアクアマリンの色で大変美しい。

「さぁて、オレも智恵以外の奴らに料理を作るしかないな」
ニヤリと微笑むなり、春人は水槽からウツボを取り出した。

まだ生きているそれの口に手を入れて、思いっきり両方に引き裂く。
ビチビチと不気味な音がして、ウツボは絶命した。

「春人パワー全開!!スプラッター春人!!」

智恵が両手を振り上げて叫んでいる。

「Yoo!オレを甘く見たら怪我するぜ!アームストロング・春人!」

いつの間にか、司会からギャラリーの一人になっているRQが歌うように言った。

「アームストロング・春人!奴はウツボをどう料理するのか、気合もたっぷりだ!」
アレクまでが図に乗って、プロレスのような応援をする。

春人は、引き裂いたウツボをそいつらに投げつけてやろうかと思ったが、ふっとわれに返り、ありったけのスパイスをウツボに塗り始めた。

「見てろよ、あいつら!!」

 

「江ノ島って一体どんなところなんだ・・・?」

テーマは江ノ島!
ステージの横にでかでかと書かれた筆文字を見ながら、リューは首をひねった。
(和紙にドクロマークや草原のようなものが描かれているところからして、あれを作ったのは某占い師と医者だろう)
毎年恒例の年忘れ祭。
彩が寝坊したせいで遅刻したのだが、来てみれば、会場はものすごい熱気に覆われていた。
ステージの上で一心不乱に料理する四人。彼らのターゲットは魚貝類から虫に移ったようだ。
どちらのチームも得体の知れないものを作っている。

「江ノ島は普通の観光地だよ。まあ、表向きは・・・」

彩がぷぷぷ、と笑った。

「行ったことがあるか、彩?」
「10回ほど。でもそんな生半可な数、行ったうちに入らないよ」
「そんなに行っておいて?!」
「しかし、あそこで蝉が出てくるとは予想外だった。あれはうまいよ」
「うげっ」

そういえばこのルームメイトは、メロンにマスタードをぬりたくるような人間だった。
江ノ島は日本にあるというので訊いてみたのだが、「今度はあの深海魚の色に髪を染めよう」などと言っている彩からは、まともな情報は得られそうになかった。

 

「あと30分!キッチンでもベッドの中でも、最後が肝心だぜ~」

RQの微妙すぎる掛け声に、アイスがはっとする。

「春人、デザートを忘れている」
「そんなもんいらないだろ」

春人はウツボ料理に夢中のようだ。
「甘いものは別腹」という言葉があるくらいだから、過去には胃袋を二つ持った人間がいるということだ。
やはりデザートは必要だ。ここは自分が実行せねば。
アイスが考えていると、観客からひときわ大きな声がした。

「そんなの綿菓子に決まってるさ!!」

もちろん智恵だった。

「それ、江ノ島と関係あるのか?」
「春人の好物なんだ!」

真祐の問いに、智恵は胸を張って答える。
答えになっていないと本人は気づいていない。
春人の子供っぽい好物が暴露され、周りから笑い声がもれた。

「自分に正直になれよ、綿菓子坊主!」
「てめえは黙ってろ!」

春人がRQめがけてウニのようなものを投げつけた。
あれはガンガゼといって毒があるのだが、RQはなんともないようで、頭から血を流しながらぼりぼりと齧っている。

「綿菓子とガンガゼ・・・」

アイスは頷くと、黒い棘の塊をむんずとつかんだ。
RQと同様、毒は気にならないらしい。
素手で殻をかち割ると、中身を取り出して、砂糖をまぶした。
そこで何か足りないと思ったのか、アイスは食材を物色して、ピンク色の液体を選んだ。
サンザシの実から作られた酒だ。この色ならいけるはず。
アイスは酒を、ウニと砂糖とともに火にかけて、アルコールを飛ばした。

「猫耳天使もやるな!あのサンザシの酒は俺も好きなんだ。フルーティで甘酸っぱい、女性好みのピンク色のキュートな味わい」

RQが説明する。
しかしなぜアルコールを飛ばす必要があったのだろう。
すると、アレクが感動したような顔つきで言った。

「あいつ、まさか酒が飲めない俺のことを考えて・・・」

リヒャルトだって、RQの好物であるマーマイトを使ったのだ。
あのアイスも、たまにはパートナーの好みを考慮して料理したっていいではないか。
実際のところ、真祐はまだ未成年だから、という理由だったのだが、アレクは知らないほうが幸せだった。

「綿菓子機はあるか」

フライパンの中身がいい感じの色になったところで、アイスは訊いた。

「ああ、それならここに改造したものがあります」

さすが機械部の潤一である。どう見ても兵器にしか見えないようなものを取り出した。
それに砂糖を流し込み、ガンガゼの棘を一本ずつぬいて、くるくると器用に巻きつける。
そうして、運が悪ければ毒にあたって死ぬかもしれない、春人の髪と同じ色の綿菓子ができあがった。
隣では、ウツボ料理を完成させたアームストロング・春人が、「食いたくねえ・・・」という顔をしていた。

 

一方、リヒャルトは大きな釜に薬草を放り込んでいた。
薬膳スープを作るつもりらしい。
そうはいっても、江ノ島でとれた昆布からダシをとり、野菜をたくさん入れた、薬というよりは家庭的な一品である。
この冬も、みんな健やかに過ごしてほしい・・・
リヒャルトは部下を思いながら、あるものを取り出した。
それを見たアイオンが興味津々に訪ねる。

「それはなんの虫ですか?」
「冬虫夏草という、細菌を宿した昆虫だ」

この二人はまだ虫から離れられないらしい。

「薬膳食材として有名だ。免疫力を高め、疲労を回復させるほか、成人病の予防や老化防止など、幅広く使われている」
「チョコレート・フォンデュにしたい形ですね」

アイオンは「来年のバレンタインはこれで行きます!」などと物騒なことを考えながら、ぐつぐつ煮えるスープを覗き込んだ。
これが、このチーム唯一のまともな料理になるのかもしれなかった・・・

両チームともある程度、料理の目処がついてきたところで、春人が何かを企むような笑みを浮かべながら、食材コーナーから戻ってきた。

「まさか、これがあるとは…相模湾で作られているものには違いないからな!」

それは、厳重に封をされたビンの中に入っている。

「智恵、ずっと日本で暮らしてきたおまえなら、これがなんだかわかるだろ?」
「あ、うん。焼くと美味しいよね」

当然というふうに智恵は頷く。
日本人の智恵にはそうそう珍しいものでもないらしい。
真祐は首を捻った。
ビンの中身は、アンチョビみたいなものが入っている。
どこかで見たような気がするが、育ったのがアメリカなので思い出せなかった。
しかし、焼くと美味しいという智恵に対して、春人の表情からは美味しいものという感じをうけない。

「オレは、SSGのお友達に対してだ(主にRQ)…今まで世話になった礼をこめて、こいつでプリンを作ろうと思う」
「あ、僕、それはパス!臭いがどうにも苦手なんだよ」

彩も、それがなんだか知っているらしい。
リューは、昨日見たネットの言葉を思い出した。
すなわち「変なものはすべて日本にそろっている」。

春人がビンの蓋を開けると、周囲にすさまじい匂いが広がった。

「う、それって、清掃してないトイレの匂いだよ!」

凍牙が叫ぶ。
アンモニア臭が周囲に広がった。
春人は自分自身も鼻をつまみながら、それをボールの中に入れて、プリン用の卵汁とまぜる。
そして、蒸し器の中に投入した。

「オレは、ジャングルで行方不明になった恋人を探して、未知の世界へやってきた。あらゆる洞窟、森林の中、木の上まで探したのに、恋人は見つからない。もう何日シャワーを浴びていないだろう。
そんな時、空の上から甲高い声が聞こえた。あれはきっと鳥の声だ。いや、鳥にしては獣の気配がする。もしかして、遠い昔に滅びた恐竜の声かもしれない…そう思ったオレはその声に導かれるように一歩一歩ジャングルの中を進んだ。気が付くと真下に穴が開いていた。
海風の匂いだ。落下しつつあるオレは、ふいに自分が海に落ちるのではと思った。
しかし、気が付くと顔が張りのあるものに挟まれていると感じた。
この感触はよく知っている。かけられた声にオレは自分の状況を把握した。
ここはテントの中だ。鼻が誰かのケツに埋まっている。
そうか、オレは夢を見ていたんだ。2週間に渡る偵察の任務のせいで、汗にまみれた匂いのまま、恋人と寝ていたことを忘れていた…。って匂いのプリン」
「一度きいただけじゃ覚えられねぇ!」

アレクは、途中まで真剣に聞いていたが、まさかプリンの名だとは思わなかった。
こうして、RQにより、春人のプリンは「オレは、ジャングルで行方不明~中略~プリン」と銘銘された。

「あれは、くさやだよ。鯵の開きをくさや液っていうのにつけると、ああいう匂いがするんだ」
とシンプルに説明する彩。
う~んと隣で考えこんでいるリュー。

「どうしたね、リュー?」
コッペリウスが聞く。
「たしかにすさまじい匂いだけど、オレは、あれに似た匂いを知ってる…どこか懐かしい感じ」
「くさや液は発酵液だから、ナンプラーに似ているんじゃないかな。きみはたしか東南アジア出身だったもんね」
「うん、まぁ…たしか、じいさんが食べてような」

再び、リューは黙って考え込んだ。

「あちらは、匂いで勝負を畳み掛けてくるようです。こちらもなにかもう1品作りましょう!」
アイオンは、食材コーナーに走っていった。
時間は残りわずかだ。

「長官さん、僕はこれをチェインソーでみじん切りにしますので、このカナヅチでそちらの果物を割ってもらえますか?」
「了解した」

アイオンはギュンギュンと音を立てながら、黒いものを切り刻んでいる。
リヒャルトは手渡された大きくてゴツゴツしたものを、そっとまな板にのせた。
カナヅチをふりあげ、意識を一点に集中させる。

「ここだ!」

リヒャルトの一撃を受けたドリアンは、ぴしっと音を立てて真っ二つに割れた。
腐ったタマネギのような匂いが、あたりにもわ~んと広がる。

「うわ、なんだあの匂いは!」
「長官の鼻が心配だ!」

観衆がざわめいたが、リヒャルトは何食わぬ顔でドリアンの身をすくっている。
一方、アイオンも思う存分に切ったようで、黒いどろっとしたものをボウルに入れて持ってきた。

「上から生ネギとコリアンダーをかけて、味付けは中華風に醤油とごま油で勝負です」
「私もよくザーサイを乗せて食べた。レモン汁とラー油をかけて」
「それはいいアイディアですね。全部入れましょう!」

意気投合した二人は、その物体とドリアンをまぜて、一緒にかき混ぜた。

「あ、あれ食ったことあるぞ・・・」

真祐が恐怖に声を震わせる。

「兄貴がいつか、中国土産とか言って持ってきたんだ」
「ああ、ピータンだね。私の大好物!」

コッペリウスが箸をカチカチと鳴らした。
よく見ると、それは骨なのだが・・・この際、深く追求するまい。

「しかしさすがの私も、ドリアンと混ぜたことはない」
「あいつは味とか関係なく、臭いものを混ぜればいいって思ってるらしい」

彼らは一体なんの勝負をしているのか。
そもそも、ピータンとドリアンが江ノ島となんの関係があるのか。
真祐はいい加減、突っ込むことに疲れてきた。

 

もう少しで、制限時間になる。
皆の緊張がいやがおうでも高まった頃。

「私たちも負けていられないよ!」

という威勢のいい声がした。

会場内にガラガラと音をさせながら、屋台が運び込まれる。
引いているのはコッペリウスと兎兎である。

「料理対決をより盛り上げるために、私たちも独自で料理を作ったんだ!」

鉢巻を巻くコッペリウス。

「ネタも十分、はりきっていくよ!」
「「へい!らしゃい!!」」

丸いたらいの蓋を取ると、酢飯が顔を出す。
コッペリウスは器用にそれを一口大に握って、何かを乗せて木の板の上に置いた。

「これはなんだ?アナゴ?」

いつの間にか、アレクが寿司屋屋台に座っている。

「いや、それはタガメの煮しめだよ!最初はサクっと、最後にはねっとりとした食感がたまらないんだ」

兎兎が嬉しそうにシャリに虫を乗せている。
この二人からして、普通のものが出てくるはずはないと踏んでいたが…。

「タガメってのは魚の一種なのか?」

生の魚は食べられないが、これは煮てあるようだ。
アレクは何の疑いもなく、それを口に放り込んだ。

「そこの君」

アレクがそれを口にしたのを確認してから、コッペリウスがにたりと笑う。
パートナーはこんなふうに笑わないが、この人を解剖しそうな眼差しは共通するところがある。
コッペリウスは、いひひひ、と笑い声をもらしながら、まだ生きているタガメをピンセットにつまんで、アレクの目の前につきだした。

「タガメというのは日本最大の水生昆虫だよ。この足を動かしまくっている、活きのいいやつを見たまえ!」

サクッと・・・足のようなものを噛み砕く音がする。
ねっとりと、昆虫の腹から内臓が押し出される感触。
アレクは寿司を喉に詰まらせかけた。

「俺は好きだぜ!このねっとり感がたまらねぇ」

むしゃむしゃと手づかみで食べているRQは、どういう舌の構造をしているのだろう。
「俺たちも食おう!」と腹の空いてきた智恵が真祐の手を引っぱるが、兎兎とコッペリウスにアイオンとの共通点を見出した真祐は、頑としてその場を動かなかった。
他にもタガメ寿司に挑戦したものが何名かいたが、うまいとまずいとで意見がはっきり分かれた。
天国か地獄か。まるでRQの好物のマーマイトである。

 

「そこまで!」

潤一の声とともに、両チームは手を止めた。

「これから審査をはじめます。審査員は…」

「真祐!」
「え!俺??」

いちばん初めに名前を呼ばれるのは予想外だ。
なんで関係者でもないのに、審査員にされてるんだろう。
多くのSSG隊員たちの視線が痛い。

潤一の横でアイオンが手を振っているのが見えた。

「あいつのせいか!!」
「僕の料理を口にするのは、きみが最初だと決まっているのです」
「真祐さん。あなたの舌は相当なものだと、このアイオンさんがおっしゃるので、私としても実に気になる」

潤一が上からじっと覗き込んでくる。

「そりゃ、アイオンの料理には慣れてるけど」
普通、舌が優れているというのは、感覚が鋭いという意味である。
もしかしたら、日々のすさまじい創作料理のせいで、感覚は相当鈍くなっているかもしれない。

だが、真祐はテーブルに乗せられた料理の数々を見て、あれなら多少感覚が鈍いほうがいいのかもしれないと考えた。毒々しいアイスの綿菓子といい、触覚が動いているウミウシの生き作りなどが、当たり前のように盛り付けられている。
アイオンの料理に耐えられるのは、この中では自分くらいしかいないのではないかという現実も、後押しをした。

「次は、渡辺智恵!」

潤一の呼びかけに、笑顔で立ち上がる智恵。

あわてて春人が駆け寄ってくる。

「いいか、智恵。まともそうな料理だけを食べるんだぞ!おまえがいくら馬鹿でも危険な料理くらいわかるだろ!」
「う~ん、オレ水生宇宙人だから、意外と海洋生物は食べられるかもしれない!安心してくれ、春人!」

違う意味で自分を奮い立たせているらしい智恵を見ていると、頭が痛くなってくる。
これはなにがなんでも、智恵をガードしなければならない。

「それに続いて、RQとアレク。あなたたちは二人で一つですからね、ペアで発表してみました」
「ちょ・・・誤解されるようなこと言うんじゃねえ!」
「HAHAHA、照れるな友よ!俺たちはいつでも一緒だ!」

困ったようなアレクの肩を、RQがガシッと抱く。
同時に、リヒャルトが持っていた皿が音を立てて割れた。

「鬼のような顔をしてどうしたんですか、長官さん」
「・・・なんでもない」

思わず腰に手が伸びたが、エプロン姿だということを思い出す。
リヒャルトが鞭を装着していないのがRQにとっての幸いであった。
アイスのほうを見ると、「棘の先に毒があるので、端から齧るように」と真祐にガンガゼ綿菓子の食べ方について注意しているところだった。

「最後の一人は・・・おおっと、これは意外な人物だ、第三部隊のリュー・ウェン!」
「え!!」

観客たちがいっせいにこちらを見た。
なんであいつが、という目である。

「な、なんで俺なんだ!」
「さあねえ?誰かのイタズラじゃないの?」

人事だからか、彩は楽しそうだ。
周りからブーイングが入る。

「あの4人はまあいいとして、なんでお前なんだ、リュー!」
「俺だって知らねえ!!」

地獄のような料理の数々を見ているうちに、目の前に走馬灯が浮かぶ。
俺はまだ死にたくない!
とたんに腹部に凄まじい衝撃が走り、リューはうしろに吹き飛んだ。

「それなら私に譲っておくれよお!」

兎兎がマッハで突撃してきたのである。
その人間とは思えない技を披露した兎兎は、勢いあまってステージの角に頭をぶつけていた。

「あ、兄上!それだけはいけません!!」

ステージの上では潤一が慌てふためいている。

「やだやだ、試食したい!」
「そうだそうだ、私だって食べたい!」

タガメの煮しめを頬張っていたコッペリウスが、口から米粒を飛ばしながら加勢する。

「ドクター、食べているときは口を閉じてください!」

潤一がお母さんのようなことを言う。

「だいたい、あなたたちはタガメ寿司でもうお腹いっぱいじゃないですか」
「まだ入るもん!」

お腹をふくらませた兎兎が駄々をこねる。
潤一は大きなため息をつくと

「わかりました・・・そんなに味見がしたいというのなら、私が分析してさしあげます。なんだったらあとで作ってもいい」

と、恐ろしいことを言ってのけた。

「兄の代わりに私が審査員をやります。意見のあるものはいますか?いませんね」

潤一の一言に、会場が静まり返った。
たしかに、グルメにおいて彼以上にふさわしい人物はいないだろう。
まるでハン○ー・ゲームの一シーンのようであるが、料理が料理なので、それ以上に危険かもしれない。
こうして(頭突きをくらったリュー以外は)無事に審査員が5人揃い、味見の段階に入った。

 

「では、まずはリヒャルト長官とアイオンさんの料理から!」
「犠牲者が出たら私が楽しく片付けるから、遠慮せずに全部食べるように!」

兎兎とコッペリウスがそれぞれマイクを握っている。
潤一にかわって、この二人で司会をつとめるようだ。
そこで、アイオンが手をあげて発言した。

「その前に、オーブンから、『恋の鐘は魚で鳴らせ!ウェディング・テーマをバックミュージックに二人でこれを切り分けると、死ぬまでも、そして死んだ後も一緒にいられるかもしれない、恋人たちに捧げる江ノ島パイ』を取り出さなくてはいけません」

いつの間にか名前がグレード・アップしている。
RQ命名の「ジャングルで行方不明~中略~プリン」に対抗しているのかもしれない。
アイオンが、ミュージックをお願いします、と目配せすると、どこからともなく結婚式のテーマソングが流れる。
ステージの裏で演奏しているのは、リハーサル済みのマックスとバンド仲間だった。

「そういうわけで、真祐」
「なんで俺なんだ!」
「死んだあとも一緒にいられるなんてすごいな!がんばれ真祐!」
「智恵も感心してないで助けろ!」

真祐がずるずると引っぱられていくのを、止めようとするものはいなかった。
オーブンから取り出されたのは、大きさの違う3つのパイ。
それらを一つずつ重ねると、まるで・・・

「幸せになるんだよ、真祐!ヒューヒュー!」

聞きなれた声がして、真祐は果てしなく嫌な予感がした。
いつの間にか観衆に紛れ込んでいた兄が、カメラを構えているではないか。

「なんであんたがここに?!」
「この前言ったじゃないか、私はときおりSSGで相談役を・・・」
「それは分かったから!なんでこんな最悪なタイミングに現れるのかって訊いてんだ!」
「僕が呼んだのです」

アイオンはやんわりと言って、真祐の手をとった。
いつの間にかケーキナイフを握らされている。

「さあ真祐!」

ジャン、ジャンジャジャーン!
音楽がクライマックスに入り、二人はウェディングケーキに見立てたパイを切った。
アイオンの白いフリルつきエプロンが、ウェディングドレスに見えないこともない(血がついていたが)
なぜかは分からないが、周りも彼らの雰囲気に飲み込まれ、拍手と閑静を飛ばす。
その中で、真祐だけが魂が抜けたような顔をしていた。

「簡単に説明させてもらいます」

小さく切り分けながらアイオンが説明する。

「まずは、江ノ島の名物であるしらすを使ったデザート。しらすをクランベリーと柔らかくなるまで煮詰めて、生姜とレモンの皮を加えたものです」

赤いソースの中で、白いしらすがところどころ顔を覗かせている。
なんとなくアイオンに似た配色だった。

「次に、海苔の佃煮パイ。海苔といえばごはんなので、パイ生地は米粉で作りました。隠し味に餡子と蜂蜜が入っています」

アイオンの料理にしてはそれなりに食べられるかもしれない、と思わせるものだった。
少なくとも、簡単な説明だけでは。

「最後に白身魚のクリーム煮を包んだ、フィッシュ・ポット・パイ。これはボストンで食べたクラムチャウダーがヒントになっています」

これはデザートというよりは主食である。
本来ならここで真祐が突っ込みを入れるところだったが、あいにくまだ魂を飛ばしたままだった。
しかし、江ノ島の名物がつまっているのはいいが、なぜデザート(中にはそうでないものも入っているが)から始まるのだろう、とその場の誰もが思った。

「次は私の料理だ」

今度はリヒャルトが前に進み出た。

「これは、カルトッフェルプッファーという料理に少し工夫を加えたもので、海水にアイダホのポテトを漬けて江ノ島風にしてみた。これだけでは栄養分がたりないと思い、マーマイトもたっぷりとのせてある」

「WOOOOO!!!オレの好物を覚えていてくれたなんて感動だ!」
「うるさいっ!!おまえのためなんかじゃない!おまえがアイダホのポテトを美味いと言おうが、マーマイトが好みだろうが、この料理とはなんの関係もない!!」

はしゃぎまくるRQに、リヒャルトは皿を投げつけた。

「腐っ…ツンデレ…」
コッペリウスがニヤリと笑う。
そのコッペリウスにも皿を投げつけてから、リヒャルトはさらに説明をつけくわえた。

「この料理はこれで完成かと思われたが、さらにアイオンがアイデアを詰め込んでくれた。料理に対する工夫というのは、いくらしてもしすぎることはないと言われている。まさにこれはその言葉を実践した作品と言えるだろう」

…工夫がまともならいいんだ。
真祐は途中までリヒャルトの発言に納得していたが、途中アイオンの名が入ったところから、料理の方向が急展開したのを認めざるを得なかった。

「見た目は大きめのフライドポテトだよ!」

何も知らない智恵が哀れに思えてくる。
あれには、得体の知れない虫のオリーブオイル焼きが入っているのだ。

「では、さっそくいただきましょうか。まずはアイオンさんの魚介類のパイから」

潤一がフォークとナイフを手にすると、皆、(しかたなくという態度の人もいたが)フォークを手にした。
パイにナイフを入れた途端、じわっと血のような色が皿に広がった。

「すっぱいような、香ばしいような…」
もぐもぐ食べながら、感想を述べる智恵。
一方、それを見守る春人は気が気ではない様子で、うろうろと歩き回っている。

「まずくもないし、うまくもない」
真祐が言った。
酸味がきいたクランベリーの味が強すぎて、しらすがどこにあるのかよくわからない。

次に、「海苔の佃煮と餡子、蜂蜜入りパイ」が配られた。

「うっ…!」
アレクが口元を覆う。これならさっき食べたタガメ寿司のほうがましな味だ。
なんでも食べられると思って今日まで生きてきたが、これは…。
海苔の磯臭さを餡子がよい具合にまとめあげ、グレードアップさせている。
さらに、蜂蜜のねっとりとした甘さが下の上に残った。

RQは一瞬変な表情になったが、「これはマーマイトの蜂蜜がけに似ている気がする」と実に美味しそうに頬張った。
一方アレクは、親友の料理の腕にショックを受けていた。
今までアイオンの手料理を食べる機会があったとはいえ、これほどの破壊力があるとは知らなかった。
しかし、アイオンか期待のこもった眼差しでこちらを見ている。
こう見えて彼はけっこう繊細なのだ。まさかマズイとも言えない。
アレクは息をせずに、口の中の物をむりやり飲み込んだ。

「これが敵への攻撃ならいい線いってるんだけどな・・・」
「やった!アレクに褒められました!」

アイオンが喜びのあまりにリヒャルトに向かって手をあげ、二人はハイファイブをした。
彼にいちいち付き合ってやっているリヒャルトも相当のものだ。

最後に白身魚のクリーム煮を包んだ、フィッシュ・ポット・パイ。なるものが来た。

「これはまぁ、まともそうだ」

ほっと一息つきながら、アレクはフォークでそれをつつくと…
ビクン!とパイが跳ねた。

見間違いかと思って、もう一度触ってみる。

ビクビクっ!!

「うわぁぁぁ!!!生きてるぞこれ!」
「なに?!」
アレクの悲鳴にアイスが駆け寄って、パイをメスで切り開く。

すると、中から魚の頭が出てきた。
まだ口をパクパクとさせて、目をぎょろぎょろと動かしている。

「ほう!これは興味深い」
コッペリウスが寄ってきた。

「生きたまま、調理してあるとは…」
これには、潤一も興味津々といった様子で皿を覗き込んだ。
潤一の皿のパイにも魚の頭が入っていて、やはり生きている。

「あ!!これ、私知ってるよ!」
興奮気味に兎兎が手をあげた。
「たしか、幻の中華料理ってやつだよね!!普通は揚げ物で作るんだ」
「これが作れる人は中国でも一部しかいないと聞いたけどね」
コッペリウスが頷く。

「一体、どのように調理したんだ?」

リヒャルトの質問にアイオンが胸を張って説明し始める。

「まず、魚の内臓を取り出し脱脂綿でくるみます。頭も同様に。それを冷却材で冷やしながら、調理します。身のほうにはホワイトソースをかけて焼きました」
そこで、潤一さんの発明品「オーブンに入れても最高にクール!アイスマンの冷却材」が役立ったわけです。と、アイオンは付け加えた。

「なるほど、これはまさにジュージュとアイオンさんのコラボだね!」

兎兎がリズムを取りながら、ウキウキと踊っている。

「僕は以前、ある方とペアで料理を作ったときに、魚の目玉を半生で食べたのですが、あれが忘れられなくて…」
照れくさそうな表情で、「これはきみへの愛です」とアイオンは、パイの中に入っている生きた魚の目をくりぬいて真祐の皿に乗せた。

「真祐、記念だからこっち向いて!」

兄がフラッシュを焚く中、真祐はしかたなさそうに生の魚の目玉を口に入れようとして…まだ、口を動かしている魚から目をそらした。
しかし、SSGの奴らは誰一人、この異常な料理に拒否反応を見せてない。
それどころか、コッペリウスなどは「すばらしい!」と瞳を輝かせていた。
解剖につながる何かを見出しているのかもしれなかった。

「うう・・」
智恵が涙ぐんでいるのを見て、春人が皿を取り上げる。
「ごめん、せっかくつくってもらったのに、なんかかわいそうで…!!食べられないよ」
「それでいいんだ。それが普通なんだ!」

春人の言葉に、隣で座る真祐も激しく同意した。
だが、リヒャルト+アイオンの料理はまだ1品目なのだった。
まだ、同じくらいの異常な料理が出てきたら、果たして智恵は耐えられるのだろうか。

潤一の評価が出た。
「アイオンさんのパイですが、1個目はクランベリーとしらす。これは、クランベリーの風味が強すぎたとはいえ、しらすの生臭さを生姜をつかってうまく消していました。改良の余地がある料理といえるでしょう。2個目は、取り合わせとしては…ちょっとないですね。似たような素材なら海苔よりも魚卵を使ったほうが面白かったかもしれません。3個目は私も驚きました。まさか、アイオンさんがあの幻の料理法を知っていたとは…味よりも工夫を評価したいところです」

さすが、美食家を名乗るだけあって、かなり的確な評価が出た。

「続いて、リヒャルト長官のポテトですね。見た目は普通…」

潤一がポテトに手をつける前に、RQがマーマイトの多く付いた部分をがばっと豪快に頬張った。

「OH!たまらねぇぜ!この独特の風味」
「そんなに美味いのか?」

RQがあまりにも美味しそうに頬張るものだから、アレクも食欲がわいてきた。
先ほどの生きた魚入りパイとか、磯臭く甘いパイよりは、ましなんじゃないか?
そんな期待を持ちつつ、一口。

「うげっ!!」

マーマイト独特の腐臭が口中に広がった。
追い討ちをかけるように、海で溺れたとしか思えない海水の味がアレクの味覚を襲う。

「まるでマーマイトを口に突っ込んだまま、海に沈む沈没船で遭難したみたいだぜ!!」
「…」

まさしくそのとおりの味!
しかし、同意するにはRQは元気すぎるしアレクは瀕死の状態だった。

涙の溜まった瞳で皿を見ると、ポテトからもじゃもじゃとした足が見えた。
しかもそいつの身が半分になっているということは…。

思わず下を向いたアレクの首筋を誰かが掴んだ。

「リヒャルトの作った料理が気に食わないのか」

アイスがそこにいた。
このまま手に斧を持たせたら死刑執行人に見える。

「でも、これ・・」

言いかけたアレクの鼻と口を同時に塞いで、アイスは「マナーのなっていない奴だ」と言い、無理やり飲み込ませた。

「アレク、フナムシの足に咽たのなら、これを食べるといいですよ」

にっこりしながら、アイオンが差し出したものは鮮やかなウミウシの刺身だ。

「切っているときに感じたこの滑らかさ。きっと、食べても滑らかに違いありません!」
「サザエの殻を粉末にしたものをかけてある。カルシウムも同時に摂取できるこのすばらしさ!」

リヒャルトが自画自賛することは珍しい。それだけ、この料理は自信があるのだろう。

「その前に、ひとこと言わせてください」
と、潤一。
彼が黙って引き下がっていることなど皆無なのだ。

「このポテトの料理は…言うならば、水難ポテトですが」
「私とコッペリウスがこっそりと味見をして銘銘したんだよ!」
兎兎がこっそりと顔を出す。
「そう、水難ポテトについてです。海を表現するために、海水につけるというのは斬新ですね。いや、しかし斬新すぎます!さらに、マーマイトの塩味が加わって、まるで溺れたような疑似体験をしました。
フナムシに関しては・・・・まぁ兄上が美味しいというので美味しいのでしょう」

兎兎がこの料理を気に入っているらしいと知った潤一は、あえて100分の1ほどの意見に留めたらしい。
少なくとも、審査員の中でこの料理を「美味い!」と言っていたのはRQだけだった。

さて、次はウミウシの刺身だが、これも生きていて、皿の上でうねうねと動いていた。
色だけ見れば綺麗だ。盛りつけもいい。
しかし、これを実際口に入れるとなると・・・

「俺、生の魚はダメなんだ・・・」

まだマーマイトから立ち直っていないアレクが、ウミウシの皿を遠ざけようとする。
それを見たリヒャルトが、好き嫌いはいけません、と注意する母親のような仕草で、やんわりと押し戻した。

「ローフードは体にいい。栄養を効率よくとるためには、火を通さずに食するのが一番だ」

なにしろお前はアイスのパートナーなのだ、常に健康でいてもらわなくては。
そのような考慮があったのだろうが、実際のところ逆効果だった。
メスを研ぐ音がして見上げると同時に、アレクは椅子に縛りつけられた。
解剖の準備を終えたアイスが獲物を狙うような目でこちらを見ている。

「口から食えないのなら腹に穴を開けて捻りこむ。もちろん麻酔はなしだ」
「おっ、いいね!私も参加させておくれ!」

コッペリウスがマイクを放り投げて、メス片手に突進してきた。
このままいくと、アイスたちの第六の料理としてアレクが食卓に乗るのも時間の問題だろう。
命が惜しいのか、誰一人助けようとするものはいない。
潤一は知らぬ顔だし、智恵は「麻酔なしって、注射より痛いのかな・・・」と震え上がっている。
RQに関しては、「猫耳天使の愛情表現は激しいな!」などとちゃかしている。
アレクのピンチを救えるものは自分しかいない!
真祐は箸を掴んで立ち上がった。

「俺も寿司は得意じゃないけど、これは魚っていうよりカタツムリみたいなもんだよな?」

うねうねしているウミウシにぶすりと箸をつき刺すと、青い体液があふれだした。
吐きたくなるような光景だが、そちらにアイスたちの注意が向かった隙に、アレクは無事束縛から逃れることができたようだ。

「ま、真祐はカタツムリも食べたことが・・・?」

こいつも生きてるよ、と泣きそうになりながら智恵が訊く。
真祐だって泣きたい。しかし、ここまで来てしまってはもう後戻りができないのだ。

「アイオンの料理に慣れてるから、死にはしない・・・たぶん」

覚悟を決めると、ウミウシを口に放り込み、噛まずに飲み込んだ。
つるっとした喉越し。ウミウシ自体の味は分からなかった。
しかし、サザエの粉が気管にへばりついて苦しい。
派手にむせ返った真祐は、大量の水で流し込んで息を整えた。

「なんて男前なのでしょう、真祐。僕はキュン死しそうです・・・!」

胸の前で両手を組んだアイオンが、瞳を潤ませている。
なかなか根性がある、とリヒャルトも認めた。

RQはあっという間に目の前の皿を空にして、「腹ん中で動いてるぜ!」などと言って喜んでいる。
一方潤一は、ウミウシを一口サイズに切り、隅々まで解析しながら口に運んだ。

「あっさりした塩味が生き作りの旨みを引き立てて、これ自体は悪くない味ですが、サザエの粉の酸味が強すぎる上に、パサパサして、ウミウシの滑らかさと相殺してしまっている。この料理も、あと一歩というところでしょうか」

優雅に口元を拭きながら、潤一はもっともらしい意見を述べた。
その隣では、アイスの監視下、アレクが涙を流しながらもぐもぐと口を動かしていた。
智恵だけは、悲しそうな目で皿の上で動き回るウミウシを見ている。

「やっぱりかわいそうだよ・・・お、俺には無理かも」
「食うな智恵!そんなもん食わなくていい!というか、もう辞退しろ!」

春人が叫んでいる。
智恵は力強く首をふった。

「でも、春人がこれだけがんばったんだ。俺だって春人の力になりたい・・・!」
「むしろ辞退してくれたほうが助かる!とにかく、そこから降りるんだ!」

突然、あたりに盛大な音楽が流れた。
これから起きるであろう悲劇を思わせる、タイタニックのテーマソングだ。
もちろんステージ裏で待機しているマックスたちの仕業である。

「つれないこと言うんじゃねえ、ジャック!」

RQのコメントに春人はガンガゼの棘を投げた。
その間も、智恵はウミウシをじっと見ていたが、そのうちの一匹をそっと掴んだ。

「ごめん。君の命は無駄にしないよ・・・」

ウミウシを口に入れようとした、そのとき。
突然智恵の体が青い光に包まれた。

「な、何が起こってるんだ!?」

スキュラ族を狙う連中か!
春人が目に見えないスピードで智恵のそばに移動する。
頼む、間に合ってくれ!
しかし次の瞬間、何事もなかったように普通の智恵に戻っていた。
手に持っているのは、切られる前のウミウシと原型を取り戻したサザエ。

「え?どういうこと??」

発光した本人でさえぽかんとしている。
そんな中、リヒャルトだけが冷静にコメントをしていた。

「おそらく、智恵の海洋生物を救いたいという思いが、治癒能力が発動させたのだろう」

そういえばスキュラ族には蘇生術を使えるものがいると聞いた。
智恵はそれで春人の命を救ったことがあるが、それは土壇場の馬鹿力というやつである。
あのあと何度試しても出なかった力が、まさかウミウシ相手に発動されようとは、誰も予想していなかった。
俺はウミウシと同じレベルなのか・・・!
春人はやるせない気持ちで持ち場に戻った。
ちなみに、智恵の助けたウミウシとサザエはその後、無事江ノ島の海にかえされた。

 

「お次はピータンとドリアンの和え物!この一品は匂いで勝負です」

あんなことがあった後なのに、動じることもなくアイオンが次の料理を出した。
リヒャルトも冷静なまま説明をつけている。

「上にかかっているのはザーサイとネギとコリアンダー。味付けにはラー油とごま油、醤油とレモン汁を使った」

一見するとサラダのような出来になっている。

「このピータンは僕が過去に来てすぐに裏庭に埋めたものです。ようやく日の目を見ることができて、ピータンも喜んでいるでしょう」
「ドリアンは食べごろを見極めるのが非常に重要だ。私が見たところ、今が最適と判断した」
「そういうわけですから、真祐」

アイオンがスプーンで一口すくって、真祐の口元に持っていく。

「たまには他のやつにやってくれ!」

真祐はアレクのうしろに隠れた。

「俺かよっ!」
「RQでもいい」
「悪いが、俺に“あ~ん”できるのはこの世でたった一人、心のスイート・ハニー、リヒャルトだけだ!」

そのくだらないことばかり言う口をふさごうと、フォークを投げようとしたリヒャルトだが、先に反応したのは部下たちだった。

「長官にそんなことをさせていたとは!」「なんて羨ましい!!」「きさま、許せん!!」

観衆から飛んでくる空き缶やトマト(中には手榴弾や銃弾などといった不気味なものもあったが)を、RQはひょいひょいと避けた。
・・・かと思いきや、隣から発射されたミサイルが命中し、小爆発を起こした。
小型のロケットラウンチャーを抱えているのは、言うまでもなく潤一である。

「必要以上に彼らを煽らないように。あなたはどうなってもいいが、周りの迷惑も考えてください。そもそも兄上に流れ弾が当たったらどうするんです!」

周りの迷惑といえば、今の小爆発でRQの近くに座っていたアレクの髪が焦げていたが、潤一にとって兄上以外はどうでもいいようだった。
そんな中、アイオンの差し出すスプーンを、ぱくりと口にしたものがいた。

「うん、これはいけるね」

いつの間にか智恵と入れ替わっている祐介である。

「何してんだ、兄貴!」
「智恵くんの代わりとしてピンチヒッターを頼まれたんだ」

誰に!?という真祐の叫びに、祐介が不敵な笑いを浮かべた。

「私は中華にはうるさいから、期待してくれていいよ」

問題の智恵は、ステージの下で春人に看護されていた。
先ほどの蘇生術で力を使いすぎたらしい。

「ウミウシ一匹のためにここまでするなんて・・・お前は正真正銘の馬鹿だ!馬鹿智恵!」
「そんなに馬鹿馬鹿言うなよお、春人・・・」

すっかり弱りきった智恵に、「これを飲め」とリヒャルトがそっと薬膳スープを渡す。
昆虫のようなものが覗いている以外には、まともなスープに見えた。
料理も服装もいまいちなリヒャルトだが、こればかりは信用できると判断した春人は、それをスプーンですくうと、「あ、熱い、熱いよっ!」とわめく智恵の口に押しこんだ。

「この舌に触れただけで溶けるような食感。濃厚な味わい。ドリアンのしつこすぎない甘みとピータンの苦味、そしてハーブ独特の香りが互いに中和しあってバランスをとっている。どれをとっても申し分がないよ」

そうとう気に入ったのか、祐介は二人の料理を褒めちぎった。
リヒャルトとアイオンは嬉しそうな表情で、子供のようにぐっと互いに拳をぶつけあう。
しかし、実際のところはどうなのか・・・
真祐は、この中で一番まともそうに見える潤一に訊いてみた。

「君のお兄さんのいうとおり、この一品はバランスが非常に重要です。私が観察したところ、リヒャルト長官は化学者のごとく、ピペットを使って、マイクロリットル単位で調味料を計っていました」
「そんなに?!」
「一見するとゲテモノ料理ですが、ときにはあっと言わせる美味しさを生み出す。それが創作料理の醍醐味でもあるのです」
「ようするに、アイオンのゲテモノ料理でも、リヒャルトのおかげで食える味になったってわけだな」

潤一がそう言うのだから安全なのだろう。真祐とアレクは目の前の料理に手をつけた。
美味しいのかは分からないが、とりあえず食べたことのない味だった。
「こいつはうまい!」と言いながらマーマイトをふりかけているRQは、この際見ないことにした。
しかしリヒャルトだけは、「せっかく作った料理になんてことをする!」とRQを頭から皿に叩きつけたあと、ふと思い出したように祐介を見た。

「ステージに上がる気配をまったく感じなかった。暗殺者並みの腕前だ」

相談役にしておくのがもったいない・・・とリヒャルトが唸っていると、アイオンが自分のことのように自慢した。

「なんたって、お義兄さんは忍者ですから!」
「なるほど」

リヒャルトはそれ以上追及することなく、あっさりと納得した。
こんな拍子抜けした説明が通用するのはSSGだけではないか、と真祐は思うのだった。

隣に座る祐介から視線をそらしながら、真祐は次に運ばれてきたスープの蓋を開けた。
少し苦そうな香りがする。
見た目は普通の漢方スープのようだ。

だが、ところどころに虫のようなものが浮いていた。
そういえば、先ほど、春人が智恵にこれを飲ませてたっけ?
春人が智恵に与えるなら、きっとまともなものに違いない。

そう思って、真祐はこの日初めて安心して食べ物を口にした。

「ああ、真祐忘れてました!長官さんの作ったスープですが、さらに山の幸を加えるとスパイシーな味わいに変わって美味しくなります!」

何か言おうとしたときには、アイオンがスプーンにすくった緑色のものをスープに溶かし込んだ後だった。

「何をした!!」
「せっかく、この中じゃまともそうなスープを飲んでいたんだぞ!!」
声の方向に顔を向けると、音もなく動いたアイオンがアレクのスープに同じく危険物質を投入しているところだった。

「それはなんだ?」
リヒャルトが聞いた。
「はい、神奈川県の名産品、わさび漬けです。わさびを酒粕につけこんであって、とてもスパイシー!それに酒粕は今、日本では健康食品としてちょっとしたブームなんですよ」
「なるほど、奥が深い!」
リヒャルトは素直に感動している様子だ。

騒いでいるのは、審査員ばかりである。

「うわっ!!鼻…これは鼻にツーンとくる!!」
珍しくRQが苦痛の声を漏らしている。
「もともとは元気になれるスープだったのになぁ~」
同じく、涙ぐみながらアレクがスープを飲み干した。
この場で食事を残すということが、命の危険につながるのを身をもって体験したばかりだ。
それにこれくらいなら食べるのに辛いだけで、危険な感じはしない。
むしろ、ホカホカと身体が温かくなってきた。

「私もこれを飲むことがあるんだ。気が付くといつも飲み終わっているんだけどね」

意味深な発言をしながら、祐介は自分の発言に笑っている。
ちょっと不気味であった。

「冬虫夏草を使ったスープですね。これは、中華の薬膳料理として有名です。滋養強壮、健肺など効果が多数報告されています。味は、なかなか落ち着いていてよろしい。わさび漬けは遠慮します…粕を混ぜるなら、最初から混ぜたほうがいい。私のように辛いものが苦手な人間には、不向きかと」

またも潤一が適切なコメントを残した。

「滋養強壮!」
強壮の部分だけを強調して、RQが叫ぶ。
「リヒャルト!さらに激しいプレイを望んでいるのか!!」

リヒャルトは鞭を持っていないはずなのに、どこからか鞭が飛んできて、RQをステージの外へ跳ね飛ばした。

「控え室に置いてあった。あのピンク男を始末するにはこれがなければ」
アイスが、リヒャルトに鞭を渡す。
「礼を言う。手間をかけたな」

どこかに飛んでいったRQをアレクが連れ戻した後、料理対決再開となった。

「さて、今度はアイスと春人のチームです~!」
カスタネットを鳴らしながら、兎兎がお品書きを披露する。

「まずは、青いソースのかかった深海魚の刺身とワカメで縛ったセミのから揚げからだよ!なぜか私の食べたい順番なんだ!」
そう言いながら、兎兎は青いソースに指をつけてつまみ食いをした。

「あ、兄上!つまみ食いなんてしちゃダメですよ!」
潤一に注意されて、てへッ!と舌を出した兎兎だったが、次の瞬間、ブルブルと打ち震えて白目になり、倒れた。

「兄上!!」
あわてて駆け寄る潤一。
すると、兎兎はむくりと起き上がり、「いやぁ、痺れたね!」と頭をかいた。

逃げ出すなら今のうちだ。
真祐が椅子から立ち上がろうとしたとき、祐介の声がかかった。

「食事の途中にどこかに行ってはいけないと、母さんに言われていただろう。真祐」
「今は、命の危険がかかってるんだ!」

マナーとかそういう問題ではない。
あの人間離れした兎兎でさえ、あんなふうになったのだ。
普通の人間はどうなるかしれたもんじゃない。

ところが、
「こりゃ、痺れるぜ!猫耳天使の愛が詰まってるんだもんな!」
RQは、血まみれの状態からいつの間にか復活して、深海魚の刺身に舌鼓を打っている。
兎兎とは違い、痙攣を起こすことはなかった様子だ。

アレクも恐る恐る刺身に手を出す。
本当は食べたくないのだが、そんな態度を見せたら、今度こそオーブンに放り込まれるだろう。

これは、アイスの愛なんだ!
これは、アイスが作った料理で…
オレには食べる義務があるんだ!

青いどろりとしたソースを刺身ですくうように口に入れた。
ものすごい衝撃が、身体中の神経に響いた。
しいて言うならば、全身に間違った針治療を受けた感じだ。
どうにか痙攣を抑えながら、アレクはアイスを見つめた。

「おまえは、どうしてこんな料理を作るんだよ!」
「瞳孔が開いている」

アイスが顔を覗き込んでくる。
思わず、ドキリとしてしまったが、その後ろではリヒャルトが

「恐るべき料理だ。あまりの美味さに瞳孔まで開かせるとは…」
と絶句していた。
絶句するところが違うだろう!と突っ込みたいのは山々だったが、その前にコッペリウスが

「そろそろ君も実験体になる頃合だねぇ~」
とメスを片手に近寄ってくる。

「興味深い症状だ」
「この人を解剖するなら今しかないよ!」

誰のせいでこうなったと思ってる!…アレクは叫ぼうとしたが、舌が縺れ始めてうまく話すことができなかった。

ところで、真祐は青いソースをなるべくよけながら、刺身を口に入れた。
無味無臭とはこの味をいうのだ。
ソースさえつけなければ、なかなかましな料理だった。
隣では祐介がいつもの発作を起こしていたが、食べ物のせいではないとそこはスルーした。

「この青いソースには神経毒が含まれているようです。うかつに食べてはいけません。しかし、深海魚を刺身にするというアイデアは面白い。我々に内臓の危険性を教えるためにも、この料理はありだったと思います。しかし、兄上のようにつまみ食いなどをする人がいないとも限らないので、今後は封印するように!」

添えられているセミのから揚げは、これが意外なことに大評判で美味しかった。
そして、わかめの風味ともあいまって、スナックとして普通に食べられる品物だったのである。

…もはや、それが美味しいと思えるほどに全員の感覚が麻痺していることなど、この際かまわないでいただきたい。

「さぁて、お次はこれだ!スパイスを塗りたくったウツボ!」
春人が意気揚々とやってきて、料理の説明をし始める。

「これは見ての通りウツボに、スパイスを塗りたくってオーブンで焼いたものだ。チリパウダーとハバネロ、ジョロキアパウダーを使っている。食べてみやがれ!!」

う!とRQが珍しく嫌そうな顔をした。

「春人。おまえ、ツンデレだからって、オレの苦手のものばっか詰め込みやがって…」
「は!オレがツンデレるのはおまえじゃねぇんだよ!」
弱気なRQを見て意気揚々といった春人だったが、変な台詞に気づいてはいない様子だ。

「さりげなくオレを口実に告白してんじゃねぇよ、綿菓子坊主!」
「わわ!!んなわけないだろ!!そうだよな智恵!」

あわてて智恵に話題を振るところからして、春人の慌てぶりがわかる。

「ん!これ美味しいよ!」
懲りずにつまみ食いをした兎兎が言った。

「どれ私もいただいてみよう」
祐介も箸を使ってウツボを頬張る。
「あ、なるほど。これは四川料理だね。アレンジかな?」

「四川料理!!私も好物だよ!」
コッペリウスが横から箸を伸ばした。
3人で激辛談義が盛り上がっている中、祐介以外の審査員の面々は渋い顔をしていた。

「おまえにも苦手なものがあるんだな、なんか安心した」
意外なRQの弱点を知ったアレクは、RQに同情した。
「辛いものがダメなんだ。おまえは?」
「辛いもの…すこしくらいならいけるかもしれないが、これは無理だろう」

真っ赤にそまったウツボの身を見つめながら、なるべく白い身の部分を探す。

そんな二人の後ろに、拷問師のようなアイスが睨みをきかせてきた。

アレクは泣きながらそれを頬張り、RQは丸呑みにした。

「味としては悪くありませんが、これは辛すぎます」
潤一のコメントも控えめだ。
彼もまた辛いものが苦手な一員だった。
しかし、彼の皿が空なのは、兄およびその友人のおかげかと思われる。
今のところまだ死人が出ていないようだし・・・と、この時点で味より安全に重点をおいた真祐は、一口試してみた。

「びっくりするほど普通に食える・・・」

辛いことは辛いのだが、アイオンに朝から激辛カレーなどを食べさせられているうちに、舌が鍛えられて・・・いや、麻痺していたのだろう。
それにしてもさっきのアームストロング・春人はすごかったなあ、なんて遠くに思考を飛ばしながらも、真祐はウツボを問題なくクリアした。
肉は思ったより柔らかい。辛味でなけば、甘酸っぱくして食べてもおいしいかもしれない。
最初のあれは凄まじかったが、これは悪くない。こんな調子ならこの先もいけるかもしれない。
このチームの料理はあんがい普通なんだなと真祐は考えるが、それは彼が気づかぬうちに間違った道を進んでいる証拠でもあった。

「よし、全員食ったな!」

空になった皿を満足そうに見て、春人は次の料理を出してきた。
蓋を開けると、ぷ~んと鼻が曲がりそうな発酵臭が広がる。

「江ノ島で取れた魚をくさや液につけて干物にしたものを、卵と牛乳に混ぜて蒸した、くさやのプリンだ。てめら、残すんじゃねーぞ!」

食えるもんなら食ってみやがれ、わははは!と春人が悪役のように笑う。

「お待ちかねの“オレは、ジャングルで行方不明~中略~プリン”!発酵系と甘いもんはまかせてくれ!」

RQはプリンを二口で平らげて、ビシッと親指をつきたてた。

「なかなかうまかったぜ、綿菓子坊主。もっとくさやを入れてもいいくらいだ!」
「くそっ、くそお!」

春人が地団駄をふんで悔しがっている。
RQはああ言うが、残念ながらアレクにはどこが美味しいのかわからなかった。
くさやのにおいが強烈すぎてプリンどころではない。
このままでは海鮮嫌いになりそうだ・・・生理的な涙を抑えながら、息を止めて飲み込む。
料理対決というよりは我慢大会だ。

「和食素材をあえてプリンに使うというアイディアはいい・・・のですが」

あまりの強烈な匂いに、潤一は話すのを止めて鼻を抑えた。
その間に、「日本酒がほしいね!」と言いながら兎兎がさっそく潤一のプリンに手をつけている。
コッペリウスがこっそり、人肌で暖めた酒を取り出した。

「今回のサブテーマは“愛のこもった手料理“です。先ほどの激辛ウツボといい、あなたがこめたのはそれとは間逆のものとしか思えません」

潤一は痛いところをついてきた。
しかし、それを希望したSSG隊員はあくまでもリヒャルトの愛がほしいのであって、ほかの人たちはないはず・・・

「砂糖のつもりが間違えて塩を大量に入れて、それとは気づかずに知人たちに振舞ってしまった。そういうときの衝撃と似ているね」

褒めているのかけなしているのか、微妙なことを言いながら、祐介はプリンをパンにぬっている。

「日本酒に浸したバゲットを薄く切ってトーストしたものだよ。これにプリンを塗るとおいしいかもしれない」
「酔っ払ったら味とかどうでもよくなるだろ。むしろそれが目的か?」

そう突っ込んでおきながら、真祐も同じものを食べた。
ギブアップ寸前のアレクを見てしまって、くさやプリンを直接食べる勇気が出なかったし、アルコールでも入らなければやっていけないと自棄になっていたのだ。
しかし数口かじったところで匂いに我慢できなくなり、残りのプリンを兄の皿にこっそり移した。
その結果、祐介は笑いすぎで呼吸困難を起こし、救急チームに運ばれていった。
とうとう審査員で最初の犠牲者がでたか!と会場がざわめいたが、これはある意味自業自得である。

「あとは任せてくれ、真祐のお兄さん!」

入れ替わって智恵が戻ってきた。
リヒャルトのスープで回復したようだ。

「もういいのか?」

あのまま休んでいるほうが安全だったのでは、と真祐は智恵の身を案じたが、当の本人は

「春人の料理を食べたいあまりに、地獄のそこから這い上がってきたよ!」

などと大げさなことを言って笑っている。
どこか抜けているとは思っていたけど、こいつは正真正銘の馬鹿だ・・・
懲りない智恵に呆れる反面、守ってやらないと、と思う真祐であった。
さすが、「守りたい男ナンバーワン」に輝くほどの頼りなさだ。

「次は子供も食える料理だぞ!」

それを待っていたように春人が次の料理を出す。

「サザエのつぼ焼きと、サザエのサラダ。智恵のために作ったんだ」

これは普通の料理に見えた。
しかも匂いまでおいしそうで、今までに出された料理とは別次元である。
これなら、誰もが安心して食べられる・・・
みんな、純粋にサザエ料理を楽しんだ。

「やっぱり、春人は料理がうまいんだなあ」
「俺が本気になったら、これくらい朝飯前だ!」

智恵に褒められて、春人はまんざらでもないような表情をした。
それでは、さっきのウツボとプリンは一体なんだったんだ・・・
あれのおかげで何度か殺されかけたアレクは、「そうか、こいつもツンデレだったのか」と悟った。

「このサザエ壷焼きの焼き加減は素晴らしい。焼きすぎると身が固くなるのですが、ちょうどいい火加減です。普通は醤油をたらしたりするのですが、これは蕎麦出汁ですね。おかげで、サザエの自然な塩加減が生きている。こうして食べると、鮑よりも味がしっかりとしているように感じます。
このサラダも海草の量がちょうどいい。たまに海草だらけのサラダがありますが、あれはいけません。
なにごともバランスが大切です。青じそのドレッシングもこのサラダに合っている」
潤一がここまで褒めるのは珍しい。
よほど、よい味なのだろう。

ところで、コッペリウスと兎兎は日本酒を飲み食わしながら騒いでいる。

「うぃ~、もっと飲みなよコッペリウス!」
「いひ、私は飲みすぎると自分の意思とは関係なく笑ってしまうんだ。ひひひ!」

兄貴寄りの人間がここにもいたらしい・・・真祐はそちらを見ないようにした。
「それでは~、とっておきの隠し芸を披露しま~す」と勢いあまって上着を脱ごうとする兎兎を、潤一が電光石火の早業で止める。

「春人、先ほどは私が間違っていました。少なくともこの一品だけは愛がこもっている」
「・・・ふん!」

春人はそっぽを向いた。

 

「さあ~、最後の料理は~、ひっく、ガンガゼ入りの~、赤い綿菓子なんだよ!」
「棘の先には毒がついているから、ひひ~・・・医学へ体を貢献するためにも、みんなそこから食べるように!いひ!」

べろんべろんに酔っ払った二人が司会を続ける。
アイスは審査員たちの前に、赤い塊を投下した。

「ガンガゼと砂糖をサンザシの酒で煮込み、綿菓子に作り上げた。それだけでは殺傷力が足りないので、ガンガゼの棘に巻いた」

なぜそこで殺傷力が出てくるんだ・・・と誰もが訊きたかったが、ガンガゼの棘を指の間に挟んで、X-menの登場人物のようになっているアイスに意見するものはいなかった。

「毒にあたって死ぬようなやつは、リヒャルトのそばにいる資格がない」

そう言ってのけるアイスはなぜか偉そうだ。
料理対決というよりはリヒャルトの部下を試すようなことになっている。
そんな中、空気を読まない智恵が興奮気味に言った。

「今気づいたけど、この綿菓子、春人の髪と同じ色なんだな!」
「馬鹿っ、それを食うな!」

慌てる春人に向かって、アイスが「・・・毒は抜いてある」と言った。
真祐と、一般人と見受けられる智恵のぶんだけ、前もって毒を抜いてあるらしい。
(アイスにとっては、蘇生術を使うのは一般人に入るらしかった)

「まずい!もう一本!」

調子に乗っているRQに向かって、アイスと春人が棘を投げた。
そうとう力が入っていたのか、RQの体が椅子ごと後ろに吹き飛ぶ。
相変わらず華麗な連係プレーだった。

「海の味がするけど、潮臭くない」
「屋台で買うやつより美味しいよ」

真祐と智恵がほのぼのと会話している。

「それにしても、綿菓子食うのってガキのとき以来だ」
「綿菓子は春人の大好物なんだ。毎日欠かさず食べてるよ!」
「へえ、見た目とかなりギャップがあるんだな」

何も聞こえない、聞こえない、と春人は唇をとがらせて反対方面を睨んでいる。
すると、アイスが珍しくこんなことを言った。

「あんなに糖分の多いものを毎日食べているのか」
「チョコミント呼ばわりされてるお前に言われたくねー!」
「なに・・・?」

一瞬で戦闘態勢に入った二人。
今度こそぶつかる・・・かと思いきや、あたりに恐ろしい悲鳴が響いた。

「ひっく、よいではないか、よいではないか~」

いつの時代の悪代官のようなことを言いながら、誰かの上着をぐるぐると回す兎兎。
その先には、上半身裸にひん剥かれて涙目になっている潤一がいた。

「そ、それだけはやめてください、兄上っ!」
「はぁはぁ・・・このもっさり感が堪らないんだあ!」

おかしな目つきになっている兎兎は、嫌がる潤一の胸元に綿菓子をくっつけた。
念願の胸毛によだれを垂らさんばかりになっている。

「・・・赤はどうかと思うけどね」

コッペリウスがつぶやくが、兎兎はもうすでに別の世界にいってしまっているようだ。

「この際何色だっていいんだよおーーー!」
「ぎゃーーー!!!」

小柄なおかっぱが金髪のデカブツに飛び掛っていく図というのは、そうそう見られるものではない。
騒がしいステージの上で、アレクだけがテーブルに突っ伏したまま動かなかった。

 

「これから、他の隊員たちの試食も交えながら、投票に入ります!」

料理がSSGの隊員たちにも配られた後、潤一が宣言した。
医者がオペの際に着用するような服に着替えたようだ。
たしかにこれならば、兎兎に襲われる心配はない。
その兎兎といえば、潤一の華麗な綿菓子胸毛に興奮しすぎて泡を吹いて倒れ、救護室に運ばれたのだった。
兎兎は胸毛を見るまでは倒れることはなかったが、恐怖の創作料理を食べた隊員たちが救護室に運ばれていったせいで、会場はだいぶ人数が減っている。

「ここに残ったものたちは見込みがあると考えていい」

人を死の淵に追いやる恐怖の料理人アイスが、リヒャルトの肩に手を置く。

「たしかに。我々には常時危機管理が必要だな」

どうして、料理対決に危機管理が必要なのかなどと誰も突っ込まない。
長官による料理対決は、食べ物によるサバイバルゲームに変わっていた。

「長官殿!大変美味しくいただきました。」
凍牙は立ち上がった。
足元はふらついているが、それでも顔つきはしっかりとしている。
彼は彼で、長官愛が本物であることを証明して見せているようだった。

「思ったよりたいした奴だ」
真面目な顔で、RQが凍牙の身体を支える。
「おまえに手を貸してほしくはない」
「ああ、そうか」
それでも、RQが支えてなければ凍牙は倒れてしまうだろう。
何も言わずに、そのままの姿勢を保ち続けるRQだった。

「うがっ!!ここは天国か地獄か!」
「SSGだ」
アレクが目覚めたとき、アイスが隣に座っていた。
「私の料理を目の前にして、睡眠をとるとはいい度胸だ」
「寝てたわけじゃねぇ!毒にあたって、気絶して…」
必死に説明をするものの、アイスは憮然とした表情を崩さない。
リヒャルトの部下だって、気絶せずにああやって立ち上がっているのだ。

「チッ」
心底悔しそうな顔で、アイスはアレクに背を向けた。
「おい、アイス」
「貴様の愛はそんなものだったのか!!」
「アイス!」

突然、愛などいう言葉を発したアイスに、アレクは動揺を隠し切れない。
そもそも…少し前に
「ほら、心臓がハートで表現されるのは、人の内臓は愛を内蔵しているからなのさ!ヒヒ…」
というコッペリウスのくだらない洒落を聞いていたとは、アレクは知らなかった。

アイスの中では“愛の強さ”は内臓の強靭さとイコールだったのだが、もちろん、まわりもそれを知らない。
いきなり始まったメロドラマのような展開に、誰も首を突っ込もうとしなかったのに、いきなり空気を読まない人物が現れた。

「丈夫な胃袋をお望みのあなたのために、ミラー君、華麗に登場!!」

「ミラーさん!」

アイオンが嬉しそうに駆け寄ってきた。

どういうわけかとレジャーハンターのJ&Mの双子の片割れ、ミラーが現れた。
ステージのカーテンにしがみついたまま「あ~ああ~」とターザンのように舞い降りたミラーは、絶句したままのアレクに笑い袋のようなものを渡す。

「これを一気に飲み込めば、どんな料理にも対応できる胃袋になれるんだ。ただし1時間しか効かないけどね。もちろん、僕は使用したことはないんだけどね!」

今まで一度も使用されたことのない発明品だが、この際ごちゃごちゃ言っていられない。
アレクは決意を固めて、それを一気に飲み込んだ。

「アイス、もう一度おまえの作ったものを食ってやる!」
そういうなり、アレクは、そこらへんの料理をがばっと取り、口に放りいれた。
今度ばかりは、痙攣も麻痺も痛みも感じなかった。
しかし、この発明品のすごいところはそれだけではなかった。
味はちゃんと感じられた。
当然、春人の作った激辛ウツボなどはとんでもない辛さのままだったが、命の危険はないはずだ。

「男だぜ!アレク!」
RQがぐっと親指を立てている。

「…」
「おまえのパートナーの愛は…本物だと思う。さきほどはおまえの作ったものだということで、リラックスをしすぎていたのだろう」
相変わらず気難しい顔をしているアイスに、リヒャルトがそっと囁くと、アイスは何も言わずに頷いた。

「あ、お兄さん!」
ミラーがガッツポーズを取るアレクに近づいてきた。
「それはさっき言った通り、1時間しかもたないんですよ。だから、早めに消化することをお勧めします~」
「・・・!」
消化って、自分でコントロールできるのか?!
青ざめているアレクを真祐は心底同情した。
もう次に会う時は、コッペリウスとアイスに改造された“ニューアレク”かもしれないと思うと、どうにもやるせない。

「どうにかできないのか」
アイオンのわき腹をつついて、合図を送ると
「アレクの内臓の動きを無理やり早めることはできます。しかし、あとは本人の耐久力にまかせるしかありません」

どうにもたよりないが、この際そんなことも言っていられない。
すると、アレクが腹を抱えて猛烈に苦しみだした。

「腸の動きを通常の3倍、胃酸を2倍にしてみました」

まさしく地獄の苦しみようだが、毒物で死ぬよりはましだろう。
真祐は、目をつぶることにした。

 

やがて、救護室にいた祐介なども帰ってきて、投票箱に次々と票が入れられていった。

「参加者たちの点数は一人1点。審査員の点数は一人10点とさせていただきます」
潤一の説明が入る。

「では、まずは審査員の点数から。春人&アイスチームの点数40点」

発表と同時に、「よっしゃ!」と春人がガッツポーズを取る。
アイスは静かな瞳でリヒャルトを見つめた。
審査員は5人(+臨時で一人)なので、勝ったも同然だ。

「リヒャルト&アイオンチームは20点」

「ありがとうございます!真祐。僕は誰よりきみの点数がほしかった」
「別に…そういうわけじゃない」

実際、アイオンチームに点数を入れたが、料理が素晴らしかったからではない。
ただ、なんとなく…手が動いたんだ。
真祐はそう納得することにした。

「では、これから参加者たちの点数に入ります」

潤一が続けた。

「春人&アイスチームに29点。リヒャルト&アイオンチームに71点」

審査員たちの採点は春人とアイスに偏っていたが、参加者たちの点数ではリヒャルトとアイオンがが圧倒的に勝っている。
しかし・・・と潤一が首をひねった。

「おかしいですね。参加者はたしかに100人いましたが、大半が救護室に運び込まれている。彼らは一体どうやって投票したのか・・・」
「僕たちが一人一人、病室をまわって票を集めたんだ」

凍牙が青い顔のまま言った。
黒猫クラブのメンバーたちの活躍だと思われる。
中には息も絶え絶えな人もいたが、「リヒャルト長官・・・」と気絶する前につぶやいていたのでそちらに票を入れておいた。

「お前、また小細工しやがったな!」

くじ引きのことを思い出して、春人が凍牙につかみかかる。

「長官殿の真剣勝負の最中に、そんなこと無粋なことするわけがないだろ。彼らに聞いてみればいい!」

そうだそうだ!と周りから抗議の声が起こる。
見てみると、残った人たちのほぼ全員が倒れる直前のような顔をした。
リヒャルトの手料理だったら命を落としてもいいという連中が山ほどいる証拠である。
・・・あのブリーフ野郎のどこがいいんだ?
それは、春人が以前から謎に思っていたことだった。

「合計すると、春人&アイスチームの合計点数は89点。リヒャルト&アイオンチームが91点。2点差で、この勝負、リヒャルト&アイオンチームの勝ち!」

潤一がアナウンスすると、あたりが水を打ったように静かになった。
長く苦しい戦いであった(苦しんでいたのはもっぱら、料理を食べられさせた側ではあるが)
隊員の半分以上が運び込まれるという、かつてにないほどに過酷なイベント。
最後まで残ったメンツは互いに顔を見合わせて、「よくぞ生き残った・・・」と無言のままうなずきあう。
確実にSSGの歴史の1ページに刻まれるであろう、精神力と忍耐力と消化力を駆使する出来事であった。

「おめでとうございます、長官さん!おかげで勝てました!」
「お前がいなければ勝つことはできなかった。こちらこそ礼をいう」

いや、やつがいなければこれほどの被害も出ずに、楽々と勝てたはず・・・と真祐は思う。
アイオンが両手を広げて、「勝利のハグです!」などと人畜無害な笑顔で言うので、リヒャルトはつられるままに、ふらふらと飛び込んでいった。
驚いたのはRQである。

「ちょっと待て!俺の子猫に何をした!マタタビでも仕込んでるのか?!」

あまり人に触れようとしないリヒャルトが、そこまで懐くとは。
RQが人前でそんなことをしようなら、鞭打ちどころではない。
それなのに、大衆が見ているステージの上で、自分以外の男と抱き合うとは・・・

「そんな態度を見せるのは俺だけだと思っていたが・・・お前こそ誰にでも抱きつくんじゃないか、リヒャルト!俺の粉々になったガラス・ハートをどうしてくれる!!」
「あ、RQさんも混ざりますか?」

何を勘違いしたのか、アイオンがRQのほうに手を伸ばす。
そういうわけで、なぜかこの三人で抱擁することになった。
RQが大きいので、二人を持ち上げられているようにも見える。
その中にミラーが「あ~ああ~」と雄たけびを上げながら突っ込んでいったので、さらにすごいことになっていた。

「真祐はハグしなくていいのか?」
「うん。むしろこのままあいつを置いていきたいくらいだ」

おめでとう、くらいは言ってやってもいいと思っていたが、あれだけ騒いでいるのだからいらないだろう。
それよりも真祐はアイスが気になった。
アイオンに負けたとなれば、いっそう料理の腕を(間違った方向に)磨くだろう。
アレクの身の安全のためにも、ここで勝って、料理はこれきりにしてほしかったのだが。

「ま、こうなることは目に見えてたぜ」

そう言うが、春人も悔しそうだった。

「お前は中途半端な気持ちで勝負をしていたのか」
「別に手は抜いてねーよ」

アイスはあれで本気だったが、春人ならその気になれば普通においしいものを作れたはずである。
復讐心抜きで純粋に料理していれば勝てただろう。
智恵が珍しく気を利かせてこんなことを言った。

「いい勝負だったよ、春人。惜しくも負けたけど、俺の中ではいつだってお前が一番だ!」

智恵の言葉に春人は赤くなった。

「お前なあ・・・俺がどれだけ心配したか分かってんのか?」
「うん、ウツボとか食べ損ねたから、また作ってくれ!」
「懲りないやつだな。これでも食っとけ!」

春人は、あとでこっそり作り直した綿菓子を、智恵の口につっこんだ。
腹いせか、自分もむしゃむしゃと食べている。

「これ、ガンガゼじゃなくていちご味だ!」
「どうだ、俺の料理の腕前は!」
「すごくうまい。春人はなんでもできるんだなあ」

いちごのシロップを入れただけなのだが、あの地獄の料理のオンパレードのあとでは、感動するほどにおいしかった。
あいつ、やっぱり綿菓子が好きなんじゃないか・・・しかもかなりのツンデレだ・・・
真祐は二人のやりとりに笑いながら、アイスに話しかけた。

「惜しかったな、アイス。どっちが勝ってもおかしくなかった」
「問題ない。再戦に備えてさらに腕を磨く」

アイスは前を見たまま、潔いことを言った。
うん、だからさあ、俺はそれが心配なんだよな・・・
真祐は引きつった笑いを浮かべた。

「ところで、アレクは大丈夫なのか?」
「やつはこれくらいでは死なない」

そう言うなり、アイスは床でのびているアレクを肩に担ぎ上げた。
人間というよりは肉のような扱いである。
近い将来調理されてしまいそうで、真祐は心配が絶えない。
アレクを担いだまま、アイスはステージの反対側へと歩いていくと

「いい勝負だった」

と言って、リヒャルトに手を差し出した。
リヒャルトは弟を見るような優しい目つきで、その手を力強く握り返す。

「また二人で料理をしよう」

二人の間にそう言葉はいらなかった。
RQがしつこくハグしようとして二人からステージから蹴り落とされたが、それはこの際、見なかったことにしよう。

「最後に長官からのスピーチをお願いします」

潤一がリヒャルトにマイクを渡す。
サバイバル・ゲームと化してしまったが、もともとは長官の出し物なのだ。

「エーエー・・・。あーあー。今回の長官の出し物は“料理対決”ということで、まずはリクエストを出してくれた皆に礼を言いたい。おかげで、私も全力を出し切ることができた。SSGのイベントに協力してくれた方々にもお礼と盛大な拍手を」

リヒャルトがそういうと、アイオンと真祐、ちょうど帰ろうとしているアイス&意識不明のアレクに、盛大な拍手が贈られた。

たいしたこともしていない、いやむしろ命を危険にさらさせて拍手をもらうなんて想像もしなかったが、申し訳なさそうにしているのは、そう思っている真祐だけで、アイオンは王族のように優雅に手を振っている。なぜかミラーも両手をあげて「これは!これは!」と賞賛にあずかっていた。

「一年を締めくくる上で、相応しいイベントだったと思う。私も楽しませてもらったし、皆も楽しんでくれたと思う。最後に、来年も皆健康で過ごせるように…と私の願いを言わせてもらう。今回は、本当にありがとう。素晴らしい年忘れ祭を…」

最後の最後でリヒャルトは声を詰まらせた。

「長官!」
「リヒャルト長官!」
「がんばれ!」

隊員たちが次々と声を上げる。
まるで、アイドルの引退ステージのような雰囲気になってきていた。

「ありがとう…」

言うなり、リヒャルトはがばっと顔を覆って、ステージの脇に走りこんでいった。

「長官!長官!!」
観客席から長官コールが始まる。

しばらくして、幕間から顔を覗かせたリヒャルトの手には、巨大な鍋があった。
隣には、なぜか祐介が立っていて、白いハンカチでリヒャルトの頬を拭っている。

「このイベント最後の締めとして、先ほど作った冬虫夏草のスープにすっぽんを入れたものを用意した。これを皆で飲み干して終わりたい!」

部下を思うリヒャルトの心情に、涙を流さないものなどなく…会場は、咽び泣く男の集団であふれかえった。

もちろん、真祐もそれを飲んだ。
今度は、安全な味がした。いや、むしろ美味しかった。
どうしてこんなにまともな料理が作れるのに、あんなふうになってしまったのか…。
原因を見つめながら、とろけるようなすっぽんの身を口に入れる。

「リヒャルト長官の人気の理由がわかりました!」

すっぽんの頭を飲み込みながら、アイオンがパンと手を叩く。

「天性のアイドル気質…それが彼の人気の理由です」
「本人はあくまで大真面目だけどな」

真祐もそれは否定しなかった。
「リヒャルト長官命!」とか書いてある腕章をした男たちが、泣きながらすっぽんのスープを口にしている様子を見れば、納得できる。

「でも、僕は人気はいりません。僕は真祐だけのアイドルでいたいです」
「…アイドル」

本気で売り出したら、どんなことになるんだろう?
予想したくないが、意外と人気が出るかもしれない。
アイスもあれでラボでは知らないものがないと聞いているし・・・。

考えている真祐の耳に衝撃的な音が飛び込んできた。

会場全体が揺れている。
地震か、敵の攻撃か!
と思っていると、ステージの上でマイクを握って歌っているリヒャルトが見えた。

マックス&演奏隊の奏でている曲は「蛍の光」だったが、どう聞いても、熱唱しているリヒャルトは音程があっていない。

「そういえば、リヒャルトさんの歌は一個小隊を壊滅させるほどの攻撃力を持っていると、アレクに聞きました」
「う!」
頭がぐらぐらする。
通路を見ると、ねずみが列をなして逃げていくのが見えた。
「子猫の声に逃げるねずみたち・・・なーんてな!」
嬉しそうに拍手を送っているRQにはこの異常な音波が効かないらしい。

「それじゃ、私は失礼するよ」
にこりとしながら、祐介が手を振って会場を出て行った。
「俺たちも帰るぞ!!」
このままでは、料理対決の時と同じくらいに危険だ。

「でも、まだミラーさんや長官さんに挨拶をしていません」
というアイオンを引きずるように、真祐は会場を出た。
SSGの建物を出た途端、びしっと壁の一部が割れた。

どうやら間に合ったようだ。

「そういえば、智恵は!?」
あの中でまともといえる人物を置いてきてしまった。
すると、
「オレはここだよ!」
と向こうから智恵が手を振って走ってくる。
春人が一足早く外へ脱出させていたようだ。

「じゃあ、日本に帰るか」
「真祐、今度は日本で会おう!」
春人に連れられて、智恵は行ってしまった。

いつまでもここにいるとよくない気がする。
日本へ帰ろう。

「おまえはここに残ってもいいんだぞ、SSGが合っているみたいだし」
アイオンはきょとんとした顔をしたが、
「僕もSSGの皆さんは好きですが、真祐とは離れられません。僕はもう一人の身体じゃないんです」
「おや、これはおめでたいね!私にはもうじき甥か、姪ができるのか」

祐介が気配もなく、首を突っ込んできた。

「そんなわけないだろ!!」

このまま、本気で二人をSSGに置いて帰ろうかと思った真祐だった。

 

 

数日後、SSGの食堂で、潤一に怒られている兎兎の姿が見られた。

「もうあんなにお酒を飲まないように!」
「わかったよぉ」

兎兎は頭をポリポリかきながら頷いて見せるものの、あまり反省している様子は見られない。

「それにしても、私はあの日のことを途中までしか思い出せないんだよね。すっごく素敵な何かがあったような気がするんだけど」

なんだったかなぁ??と首をかしげる兎兎に潤一は

「思い出さなくてよい思い出ばかりですよ」

と畳みかける。

そこへ、おぼつかない足取りで、コッペリウスがやってきた。
あのあと、救護室は満員御礼となり、一番最後の患者が退院したのが今日の午前中だったのだ。
それまで、あまり寝ていない。

「おかげでコッペリアとすごす時間が減ってしまってね」

愚痴を零しながら、Drはお茶をお酒のようにぐいっと一気飲みした。

「家庭問題に発展しそうだよ。どうしてくれる!もし、離婚を言い渡されたら…」

おおっ!!と大げさに突っ伏してしまうコッペリウスを潤一が冷静な瞳で見つめていた。

 

「離婚を言い渡されたらどうしよう・・・」

この数日間、アイオンは真剣に悩んでいた。
あの日をさかいに真祐は料理をはじめた。
「もうお前の料理なんか見たくもない」と言われて、アイオンが受けたショックは計り知れないものだった。
キッチンでがしがしとパンケーキミックスを混ぜる真祐を、アイオンは地縛霊のごとく、キッチンの隅っこで見つめている。

「真祐・・・僕たちはもう、やり直せない段階まで来ているのでしょうか」
「何が?」

やり直すも何も、自分の食べるものは自分で作ると言っているだけだ。
なぜ泣き出しそうな顔をしているのか分からない。
しかしアイオンは分からないことだらけなので、真祐もあまり気に留めなかった。

「料理を作るなということは、離婚宣言と同じことですよね」
「いや、そもそも結婚とかしてないし」

真祐は冷静な突込みをかえしながら、フライパンに生地を流し込む。
あの壮烈な試食会を乗り越えて、スルースキルはさらに磨きがかかっていた。

「そういう大げさなことじゃなくて、たまには俺が作るって言ってるんだ」

こちらの身の安全のためにも、アイオンの創作料理熱が落ち着くまでは何も作らせまいと真祐は決めていた。

「真祐に捨てられたら、絶望のあまり世界を巻き込んで自害してしまいそうです!」

なぜ料理一つでこれほど大げさなことになるのだろう。
やるなら世界を巻き込まずに一人でやれ、と真祐は考えたが、とりあえず世界平和のためにもアイオンを説得しなくてはいけない。

「そういうんじゃなくて、労ってやってるんだよ。人の行為は素直に受けとれ」
「労い、ですか?」
「ほら、できたぞ。食うのか食わないのか」
「あ、いただきます」

真祐は焼きあがったパンケーキを皿にのせた。
フナムシのオリーブオイル焼きとか、凝ったゲテモノ料理ではなくて、こんなシンプルなものが食べたかったのだ。
ダイニングルームに入ると、兄が当たり前のように席について、フォークとナイフを持って二人を待っていた。
真祐は思わず転びそうになり、宙に飛んだ皿とパンケーキをアイオンが器用にキャッチした。

「だから、なんで兄貴がいるんだよ?!」
「日本で一仕事終えたから、真祐たちの顔を見ていこうかと思って、二階から忍び込んだんだよ」
「・・・頼むから玄関から入ってくれ」

祐介の神出鬼没ぶりには度肝をぬかれてばかりだ。
何の連絡もよこさず、毎回のように二階から真祐の部屋から入り込んでくる。
これだからアイオンが「やっぱりお義兄さんは忍者なのですね!」などと盛り上がる。
そのうち転落して首の骨でも折ったらどうするんだ、と真祐は心配してばかりだ。

「では今から、僕がお義兄さんのぶんのパンケーキを焼きます」
「お前はいいからそこで食ってろ!キッチンに入るんじゃないぞ!」

いいえ僕が!とエプロンを装着しようとするアイオンを押しのけて、キッチンに入りバリケードを作った。
なんで俺のまわりには変人しかいないのか。
真祐はパンケーキをひっくり返しながら考える。
アイオンに出会うまでは、料理がこんなに恐ろしいものだとは知らなかった。

 

「料理がこんなに恐ろしいと思ったのは初めてだ!」

アレクはスクリーンに向かって訴えた。
反対側に写っているのはRQである。
先日、とうとう過去とライブでチャットができるようになったのだ。
メールを打つよりもこちらのほうが早い、と二人はさっそくチャットを始めた。
ちなみにリヒャルトとアイスは、面と向かって話すのとなぜか照れてしまうらしく、せっせと互いにメールを送り続けている。

「甘いぜ、友よ・・・」

RQはちっちっちと指をふった。

「あいつらにとってはあれが愛情表現なんだ。命をかけてでも受け止めてやるのが男ってもんだろ!」
「そういや、アイスも愛がなんとかって言ってたな・・・」

まさかあんなところで愛を語りだすとは思わなかった。
動転したアレクはミラーの発明品を試して、それこそ死にかけたのだが・・・
アレクがあの地獄の味を思い出していると、RQがこんなことを訊いてきた。

「ところで、なんでささやき声で話してんだ?うしろも暗い」
「・・・勝負に負けて以来、アイスは寝る時間も惜しんで料理してるんだ」

アレクはふっと暗い表情になった。
味見させられるのが誰なのか、言わなくてもわかる。

「そういうわけで、俺は今、倉庫に隠れてる」

今日はアイスが生きたサソリを大量にキッチンに持ち込むのを見て、一目散に逃げてきた。
自分の命もこれまでかもしれない。
アレクは、スクリーンの向こうで能天気に笑うRQをうらやましく思った。

「リヒャルトはいいよな、まともな料理が作れて」
「フナムシ入りの水難ポテトがまともか?」
「そりゃあ・・・」

当然、組んでいたのがアイオンだからである。
唯一まともそうだった薬膳スープも、アイオンがわさび漬けを投入しなければおいしく食べられただろう。
親友の料理の腕があれほど間違った方向に向かっているとは思わなかった。
自分の方向音痴並みだ、とアレクが唸っていると、RQはこんなことを話してくれた。

「昨日、『アイスと再び勝負するために腕を磨く』とかいって、リヒャルトがゆで卵を作ったんだ。
まぁ、ゆで卵といったら、卵をゆでるだけの料理だが…試食を求められたんで、殻ごとガリッとかぶりついたら、なんと!口内爆発!」
「だ、大丈夫なのか」

モニターに写るRQの様子はいつもと変わらない様子だ。

「ああ、歯が30本くらい吹き飛んだが、すぐに回復した。オレは衝撃のあまり、笑ってしまったが、リヒャルトが『どうしてこんなことが??』と首をひねっていたぞ。
まだかじっていないゆで卵の残りを潤一に見てもらったら、卵の中にブラックホールの入り口が開いていたってわけだ。何をどうやったら、そんなミラクルなゆで卵を作れるのか?
興味わかねぇ?」

ウインクしてくるRQだが、アレクは「興味というより、食べたくないのはたしかかも…」と返した。

「本当は、ナンプラー入りのゆで卵で人工ピータンを作る予定だったらしい。ところが、俺の口の中に広がったのはナンプラーじゃなくて、宇宙の神秘だったってわけさ!」

おかしそうに笑い出すRQを見て、アレクは自分以上に心配になった。

「リヒャルトの作る料理はまともだとばかり思っていた。今はお前の身が心配だ」
「なーに、そんなことが起こるのは10回に1回くらいなものだ。普段は、比較的まともな料理を作っている」
「そ、そうか…」

そんな時、アレクの後ろで倉庫の壁を蹴破る音が聞こえて、悲鳴と共に通信が途切れた。

「がんばれアレク!今こそ、愛情を示す時だぜ!」

というRQの励ましが届いたかどうかは、誰も知らない。

 

 

アレクに手料理を食べさせること(拘束し、無理やり口を開かせて揚げたサソリをねじ込んだ)に成功したアイスは、思うところがあってリヒャルトにメールを打っていた。

『リヒャルトへ

先日は世話になった。
ともに食材をさばけなかったのは残念だが、いい勝負をさせてもらった。
私は料理の腕を磨くべく、毎日鍛錬に励んでいる。味見はもちろんアレクの役目だ。
仮にも料理対決の審査員に選ばれたやつだ。それなりの味覚を持っているということだろう。
しかしやつには愛が足りない。
相手の料理を食べてどれだけの間倒れずにいられるかで計るものだと聞いたが、今のところ私の愛が勝っている。
RQはどうだ。あいつは愛だけは強そうだが、リヒャルトはそれで満足しているのか。
お前たちのようになれたら、と思うことがあるが、私のパートナーはアレクと決まっている。
全力で鍛え直すほか道はないようだ。

アイス

PS.今日は虫料理にリベンジするべくサソリのから揚げを作った。
いずれ、ともに包丁を握りたいと考えている。』

『アイスへ

この前は充実した時間を過ごさせてもらった。
私もあれ以来、料理の腕を磨いている。SSGの隊員たちにはつねに厳しく接しているつもりだが、やはり皆に喜んでもらうというのは嬉しいことだ。
ところで、私はアレクを羨ましく感じる。
RQは、私がどんなに衝撃的な料理を作っても、驚くことがない。
アレクのように全身で愛を示すこともない。
あいつはいつも「美味い」といって食べてしまう。もし、あいつが驚いた顔を見せてくれたら…「おまえもそんな顔を見せるのだな」と笑って返すこともできるのに。
大げさに反応をあらわしてくれるのも愛だと私は思う。

今、コッペリウスが部屋に入ってきた。

アイス!今書いたことは忘れてほしい。
私が愛だと書いているものは…パートナーへの信頼であって、愛ではない!

PS.今度アレクを連れて、またSSGへ来てくれ。特製のゆで卵を一緒に食べよう』