-New Year-

街は、NewYearムード一色だった。


都会の中にありながら、このレストランだけは静寂を保っている。
それでも店内では、客達が会話を楽しんでいる分、少々騒がしい。
RQはリヒャルトが人酔いする前に、レストランのバルコニーに連れ出した。

「せっかく店を予約したのに、そんないつでも飛び出していけそうな格好してくるなよ」
「付き合ってやっているだけましだと思え」

RQは、リヒャルトの姿を頭から爪先までじろりと見回した。

黒のスーツに黒いタイ。

TPOに反した服装でもないし、別段、浮いた服装でもない。
しかし、RQは不満そうだ。

「それじゃいつも見ている姿と変わりない」
「軍服ではないだろう」
「タキシードくらい着てくれたら面白かったのに」

そういう当人はきっちりとタキシードを着こなしている。
もともと上背があり、顔も端正な作りのため、一見俳優かモデルのように見える。
そして、がっかりしたように付け加えた。

「あんたがうるさく言うから、オレはトレードマークまで変更したんだぞ!」

今夜のRQは金髪だ。
もっとも、元はこの色なのだが。

「キサマが、もしあのふざけた頭でここに来たなら、丸刈りにしてやっているところだ」

…容赦ない。
RQは溜息をつきながら呟いた。

「オレにとって、丸刈りは全身を切り刻まれるより恐ろしい事なんだが…」

“そう言いながらも、明日には元のピンク髪に戻っているのだろう。”
リヒャルトは発言を避けた。


「大体、恋人のすべてを受け入れろって言葉を知らないのか?」
そう言いながら、グラスを差し出すRQ。
「誰が恋人だ。あんなにイカレた姿をしたおまえを許せるほど寛大ならば、私はとうの昔に
牧師にでもなっているさ」

「とことん容赦ねぇな」



グラスを受け取り、ルビー色のワインを揺らしながら、リヒャルトはグラスを上げて見せた。

「Zum Wohl!」

RQもグラスを上げた。

「Cin Cin!」

「おまえ、イタリア人だったのか!」
「秘密v」

可愛らしくウインクして、RQはグラスに口をつけた。
「なんか甘いな、これ。あんたとの夜には相応しいけど!」

「…」

いつもなら、ここで何か言ってもよさそうなものなのに、リヒャルトは黙っていた。
RQはそんなリヒャルトを見ている。
しばらくして、リヒャルトが口を開いた。

「…故郷のワインに似ていると思ったんだ」

ふと、この街ではないどこかを見つめるグレーの瞳。

「この季節、親類とか近所の人、皆が集まって夜通し飲み明かすんだ。
その夜だけは子供も起きていていいから、ずっと街中がお祭りみたいになって。
綺麗な灯をどこの家も灯してね…どこにいても逃げられないくらいほっておいてくれなくて…」

そう言って、リヒャルトは苦笑した。

「一緒に住んでいた子とワインに口をつけたり…」

遠くを見つめている彼は、いつになく優しい表情をしていた。
近くで見つめてきたRQが、今まで一度も見た事のないほど。



だが、すぐに元の口調に戻って

「もう昔の話だ」

と言い、ワインを口にふくんだ。



「今日は、そんな顔を見られただけでも価値があるか…な」
RQもグラスに口をつけた。

「わからないな。おまえの言葉はいつも」
「そうか」

ワインの香りが移動した。
リヒャルトのすぐ隣に。

手に持つグラスが金色に染まった。


「人を好きになった事、ある?」


アクアマリンにも似た水色の澄んだ瞳が、グレーの瞳を捕らえる。


「ない…と言ったら」
「フ・・」

リヒャルトが漏らした言葉に、RQは身体を一歩引いた。
近づいた体温が急に離れたので、二人の間に冷たい空気が流れ込んだ。

おもむろに目を閉じ、浮かんだ表情は

“失望”?
“寂しさ”?

「まっ…」

リヒャルトが腕を伸ばす。

「なんだよ」
「勝手にどこかに行くな」
「どこにも行かないさ」

RQは、いつも通りの笑みを浮かべていた。


「そんな顔見せないでくれ」

リヒャルトは伸ばしかけた腕を引く。

「…頼むから」

声は小さかった。



視線を上げると、一度離れた温度がすぐそばにある事を知った。
手の平が頬にかかる。

「や、やめろ!」

リヒャルトは、とっさに身を引こうとするが、力強い腕に引き止められた。

「なんにもしねーよ」

RQが近づけた額をコツンとリヒャルトの額に当てる。

「期待してたんだ?」
「ばかっ!」

すぐそばで聞こえる笑い声。


「でも、今の瞬間ドキドキしただろう」
「…」

睨みつけてくる視線を受け止めて、RQは言った。


「それが“恋”ってやつだよ」


したり顔が憎らしい。
リヒャルトは視線を避けた。



「そういえば、この上取ってあるんだ」
RQがレストランの上にあるホテルを指差す。
「外泊許可を出した覚えはないが」
「まぁいいじゃん。今日あたり外泊している奴多いだろ」
「しかし、届けがないものを許可する事はできないな」
「堅い事言うなよ。あんたはいつもみたいな格好しているし。オレはいざとなれば、これを脱ぎ捨てていくから」

タキシードを指差す。

「一体、どういう姿になろうとしているんだ?」

リヒャルトは頭を抱えた。
いつものタンクトップにスパッツ、ビーチサンダルという服装でさえ、許しがたいのに
この上…。

「一応、下半身は死守したいからな。下はこのままだが、上は脱ぐ!」
「脱がんでもいいだろう!!」

「そういう事で決まりだな」
「勝手に決めるな」

思いっきり不機嫌を滲ませているリヒャルトの手を取り、RQはレストランへのガラスドアを開けた。

「さぁ、いこ!」
「…」

振りほどこうとすればできるのに、それをしないのは、さっきのワインで酔っているせいだと、
リヒャルトは思い込む事にした。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「ん?」

SSG事務総官のカロムは、机の上に置かれた“珍しいもの”に気がついた。

今の時期、隊員たちは故郷に帰省するものも少なくない。
だから外泊許可は特別珍しいものでもないのだが、問題は誰の外泊許可かと
いう事だった。

理由の欄にはこう書かれていた。

-もしかしたら、今夜帰れないかもしれない。
-事態が変わらなかったら、確実に帰る。
-そうならない事を願うばかりだが、最悪の事態に備えこれを出しておく。
-非常時には下記に連絡を。

-×××-××××-××

-なお、明日まで他には伏せておいて欲しい。
-この件に関しては私が一人で責を追うつもりだ。
-明日には、必ず戻ると誓おう。

・・・まるで、一人死地に赴く男の手紙だ。


しかし、カロムは頭をかきかき呟いた。
「思春期の子供を持った気分だよ、こりゃ…」