-ピンク色の恋物語1-
ーたまに少年のような眼差しになる人がいるー
「今回の任務はCランクか、新しく入ったジョン・マッケーシーを当たらせよう」
SSG長官のリヒャルトは、事務総官のカロムにそう伝えた。
カロムは耳から聞こえてくる指示のまま、PCにジョン・マッケーシーの名を入力しかけた。
…だが。
「それ、面白そうじゃないか!」
電話の向こうにもう一つの声を聞いて、キーボードを打つ手を止める。
「キサマは黙っていろ!」
「どうするんだよ、オレはいつでも飛び出しちまうぞ!!」
「拘束する!」
カロムは、その後の不快な雑音を聴く前に電話を切った。
ジョン・マッケーシーが長官室に呼ばれたのは、その3時間後だ。
初めての任務。
初めて受ける長官からの直接命令。
某国の諜報機関で身に着けたはずの冷静さをもってしても、背筋がピンと張るような心地が拭えない。
「落ち着け、オレ…」
だが、目の前の惨事を瞬間的に避けられたのは、やはり経験か。
「うごっ!!」
いきなり長官室からピンク色の髪の大男が、飛んできた。
もちろん、ドアは破壊されている。
身体を捻ってかわしたが、一体中で何が起こっているのだろう。
男の身体には鞭のようなものが巻きついており、男は再び
「うががああ!!」
と断末魔をあげながら長官室に吸い込まれていった。
まさか、この中にエイリアンがいて、あの男を弄んでいるのか。
なにしろ、ここはエイリアンを相手にしている秘密機関なのだから、何があっても不思議ではない。
ジョンは、壁に身を寄せて様子を伺うことにした。
場合によっては、緊急サイレンを出して隊員を集めなければならない。
すると、廊下の向こうから明らかに非戦闘員と見える人物が歩いてきた。
小柄な身体、パジャマのようなダボダボとした服。
黒髪のおかっぱ頭だ。
一瞬、子供かと思ったが顔は大人だった。
「ここは危険だ、近づくな!」
慌てて静止するものの、その人物はトコトコと歩いてくる。
力づくで避難させようと、一歩踏み出した時だった。
目の前にまたピンク男が飛んできた。
ギリギリで避けるが、男は叫び声をあげながら長官室に吸い込まれていった。
まるで人間ヨーヨーだ。
あの男を救出すべきか、それとも誰かに知らせるほうが先か?
「何しているの?」
いつの間に近づいたのか、おかっぱが眼下に見えた。
「近づくなと言ったのが聞こえなかったのか!」
「きみはジョン・マッケーシーだね。私は、きみがここに来ることを知っていたんだよ」
「あ?」
「だから、私がやってきたんだ。えっと、それで長官室に入らないの?」
この人物の言葉は確信的に聞こえるが、どこかつじつまを合わせているような…。
まるでインチキ占い師のようである。
「きみ、今、私をインチキ占い師だと思ったでしょ!そうだよ。インチキじゃないけど占い師だよ」
「うごぁー!」
またピンク男がジョンの目の前を掠めていった。
「この事態をどうすべきか!」
「どうにもできないよ。ほっておけば」
「なんてことだ!おまえは同胞を見捨てるのか!」
「あの人に関しては、とっくに見捨てているも同然さ。まったく!またカロムが怒るよ。何度ドアを壊したら気が済むんだろう。環境に優しくないよね!」
非戦闘員とはいえ、人の命よりドアのほうが大切だと思っているらしいインチキ占い師を、ジョンは睨み付けた。
しかし、占い師は「えっと、5・4・3・2・・・」と数を数えている。
カウントが0になると、また男が飛んできた。そして、また消えていった。
「さぁ!今のうちに!!」
「何をする!」
意外にも力のある占い師に背中を押されて、ジョンはモンスターの巣?に突入させられた。
「ああ、ジョン・マッケーシーだな」
静かな低い声の持ち主は、SSG長官のリヒャルトだ。
手には鞭。
そして、足元にピンク色の男が転がっている。
「あ、あの…それは…その?」
「どうした、何かあったのか?」
「は?」
何か・・・
あっただろう!
この倒れている男はなんだ?
そして、長官が持っている鞭は?
目の前の証拠が起こった出来事を語っているが、頭が混乱してうまく言葉に出せない。
リヒャルトは腕時計を見て、
「あと5秒遅れていたら、遅刻だ。ジョン・マッケーシー、今後は時間に余裕をもって望むように。いいな」
「いあ、いいえ!あ、はい!」
「細かいことは気にしないで。ジョンは初心者だから、少し驚いていたんだよ。ね!」
占い師がいたずらっぽくウインクしてくる。
「驚く?驚くべきことは特に起こってはいないが・・」
リヒャルトは怪訝そうに眉をひそめる。
やれやれと首を振る占い師。
「う、ううっ・・・」
ピンク色の男が身体を動かした。
驚くべきことといえば、それが一番驚くことだった。
彼は、生きていたようだ。
普通の人間なら、もうとっくに事切れているだろう。
「あ、あんた大丈夫なのか」
「あ~、いや面白かったぜ、なかなか♪」
歌うように言って、ピンク色は起き上がった。
あちこち切り傷やら擦り傷だらけで痛々しいが、表情は嘘のように嬉しそうだ。
「んなわけで、よろしく!ジョン」
「え、ええ?」
ピンク男に手を差し出されて仰け反る。
「おおっ!悪いな。血が付いてた!」
「早く洗え」
リヒャルトにピシャっと言われて男は姿を消した。
「今回の任務は、ジョン・マッケーシー…それと、補佐のRQで行ってもらう」
苦虫をつぶしたような顔でリヒャルトは、書類を出した。
「HEY!オレの名はRQだ。それ以外は秘密だぜ。改めてよろしくぅ~」
「あ、はぁ・・よろしく」
手を差し出されて気づいた。
血で汚れていたのに、綺麗になっている。
いや、洗ったからというわけではなさそうだ。
身体中についていた傷も・・・いつの間にか消えている?
こいつ、何者だ?
「今回の任務は、B国の軍事工場への潜入だ。中で何を製造しているのかを偵察してもらう。詳しい内容は情報部からの資料で確認できる」
そう言って、リヒャルトは書類をジョンに手渡した。
「・・・・第5惑星のステルス物質の疑いありか」
「さすが、元諜報員。勘がいい」
RQが横から資料を覗き込んでくる。
ピンク色の髪が一房流れ落ちた。
ふわふわとした柔らかい猫毛だ。
「ハクション!」
その毛が鼻先を掠めた。
「おお、悪い悪い!」
RQは髪を一つに結ぶ。
なんで、この男が補佐につくのだろう。
新人だからと能力を疑われているのか。
それとも、まだ信用されていないのだろうか。
ともかく気に食わない。
しかし、ジョンは勤めてそれを表情の中に隠した。
「今回の任務に関しては、重要な掟がある。決して問題を大きくするな、出来る限り感づかれずに行動をすること。殺しも駄目だ。万が一相手が攻撃をしてきても逃げ延びろ。
あの国は国際的に微妙な立場にある。もし、今回の件が露見すれば、我々の行動範囲もどうなるかわからない。そこをよく考えて動け」
「はっ!」
「ジョン、この任務に新入りのおまえを選んだのは、おまえの経験をかったからだ。私はおまえの実力を信じている」
「光栄です」
リヒャルトの一つしか見えない瞳は、隙がなく恐ろしいが、人の視線を真っ直ぐに受け止めて話す態度には真実味が感じられた。
この人が、どうしてSSG長官なのかわかる気がする・・・。
信頼に値する人物だ…ジョンは思った。
しかし。
「向こうが攻撃してきたら、殴りつけるくらいは許可してもらえる?」
このRQという男。
長官に対する口調も軽く、ピンク色の髪もふざけているとしか思えない。
ついでに、両耳には10個もピアスをつけている。
どうしてこいつがSSG隊員なんだ?
理解できない。
が、もしかしたら見かけ以上の実力があるのか?
2mを超す体格と、服の上からでも鍛え上げられた筋肉がわかる。
それに…驚くべき治癒力を持っている。
「おまえは話を聞いていなかったのか、問題を大きくするなと言ったはずだが」
リヒャルトは、RQの発言が気に食わない様子で睨みつけた。
「オレはともかく、ジョン君がね」
いつの間にか、RQの水色の瞳がからかうようにこちらを見ている。
「失敬な!オレは!」
バカにするのもいい加減にしろ、と思った。
これでも諜報機関ではそれなりに腕をならしてきた経験がある。
こんな奴と組むだって!
これが、リヒャルト長官からの命令でなかったら、断っていただろう。
そこへ、長官の一喝。
「静かにしろ。例外的な問題をここで話してもしょうがない。指示されたとおりに任務をこなせ。わかったら事務室で手続きをして出発しろ。飛行機は今夜の便だ。急げ」
「はっ!」
「じゃあな!ハニー&愛しの子猫ちゃん」
そんなRQの足元に噛み付く1匹の子猫。
リヒャルトの飼い猫で名前はアポロ。
「さっさと行け」
リヒャルトがアポロを抱き上げると、RQはひらひらと手を振り、去っていった。
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