-RED-

旅立ち

誰もいない部屋。

ドアを開けるのに戸惑った。
また、あのうるさい凍牙が話しかけてくるだろうと思っていた。

部屋は人の気配がなく、ガランとして、不気味なほど静かだ。
凍牙の荷物もなかった。

そういえば、あの時だって、たまたま部屋が空いてなかったから、あいつが来たのだ。
もう違う部屋に移ったのだろう。


春人はベッドに横になった。
何をする気も起きなかった。
そのうち、任務を失敗したと、リヒャルトが叱りにくるかもしれない。



・・・・・・・・


2日ぐらい、横になっていた。
誰も来ない。

食事の合図。
トレーニングのベル。
講義のチャイムが何度か鳴っては、静寂が訪れた。



「春人を見ないな」
RQは呟いた。
「ダベンポート氏の件は不問だ。誰が責任を取るわけでもない。第一、依頼人がもう存在しないのだから」
書類に目を通しながら、リヒャルトは言った。

「我々が次にやるべきは、サムが取り逃がした奴を調査することだろう。捕獲するか、その場で殺害するかは、後ほど決める。ロランが残したという言葉にしても、我々がするべきことは…」
「そっちは、あんたに任せたぜ!」

RQがリヒャルトの肩をポンと叩いた。

「どこへ行く?」
「慰め役には、向き不向きがあるからな」

ふわりとピンク色の髪をなびかせて、ドアのほうへ向かうRQの背中に、リヒャルトの声がかかった。
「おい!」
「やりすぎ…はしねぇよ」
「…」

長官室には、ドアを閉める音だけが残った。




長い長い静寂を破ったのは、ドアを蹴破る音だった。

春人は、誰かが自分を殺しにきたのだろうとも考えたが、動かなかった。
むしろ、動く気がしなかった。
処刑されるというのなら、それでもいいだろう。

もともと、ここを出たら、命はないのだ。
死ぬのが多少早まったというだけだろう。

ところが、そんな気持ちを裏切る声が頭上で聞こえた。

「いつまでフテ寝してやがる。起きろ、望みどおり勝負してやる」

聞きなれた声、肩にかかるピンク色の髪。

ーああ、あいつかー

だが、口も身体も言うことをきいてくれない。

ー殺るんなら、殺ればいいさ。…もう、ほっといてくれー

RQの手が首元に近づいた。

「立てないってなら、立たせてやる」

ぐいっとシャツの襟をつかまれたまま、春人は宙吊りになった。
手も足も思うように動かない。力なくダラリと垂れている。

RQはそんな春人を引きずってトレーニング場へ歩いていった。


途中で、その光景を見た連中が物珍しそうな眼差しを向けた。
気にもしていない様子のRQを追って、トレーニング場へ大勢が集まってくる。


気の抜けた様子の春人は、トレーニング場の床に降ろされた。

「立てよ。せっかく、ここまでつれてきてやったんだぜ」
「…」

座り込んだまま動かない春人。

だが、次の瞬間。
重い衝撃を腹部に感じ、身体を二つに折り曲げ、咳き込んだ。

「ゴホゴホ!」

見物人たちは、RQが春人を足蹴にするのを、緊張感を持って見守っていた。
誰も止めに入らない。

「反撃してみろよ、勝負にもなりやしねぇ」
「ぐはっ…っ!!」
「おまえも堕ちたもんだな、殺人鬼。任務に失敗しただけで、こんなになってよ!」
「おまえに…わかるか…」

かすれた声だったが、春人はしっかりと答えた。

「自分が弱いから、失敗したんだろうが!その上、逃げるのかよ。なさけねぇ」
「ちがう」

力のない手がピクリと動いた。

「事実だ」
「違う!」

いつの間にか、手は拳を握っていた。

「ロランは、自分から死んだんだ!」
「ガードってのは、対象を何者からも守る任務を言うんだ。たとえ、そいつ自身からもな。そんなこともわからなかったのか、てめぇは!」
「!」
春人の瞳が揺れた。

「わかってたまるか、オレの気持ちなんて!」

一陣の風が走った。
RQの額が割れて、血が噴出す。
春人は、拳を突き出した姿で留まっていた。

ドクドク噴出す血にまみれながら、RQは口元に笑みを浮かべた。

「鼻水拭けよ。かっこわりぃ」
「てめぇこそ、血拭けよ」






ートレーニング場を血の海にした二人は、その後、長官に掃除を命じられたそうだ…ー

ヨーロッパ支部に出向していた凍牙は、同僚にそう聞いた。
「なんだ、そんな面白いものがあったなら、僕も見たかったなぁ」
1週間後に本部に帰ることを思い浮かべながら、凍牙は呟いた。





トレーニング場血まみれ事件から、数週間後。
春人はリヒャルトに呼び出された。

「何のようだ?」
「新たな任務だ。今度は日本に行ってもらう」
「オレは部隊所属を希望した」

春人の言葉を意に介さない様子で、リヒャルトは言葉を進めた。

「今度の任務はガードだ。日本にいる15歳の少年を守ること。まだ、覚醒していないスキュラ族だ。スキュラ族は覚醒するまで外敵に発見されにくい。だが、万一に備えて、おまえに任せることとした」
「なんでだよ!」

春人は叫んだ。

「なんで、またガードなんだ!オレはロランを守れなかった。あいつの信頼を裏切ったオレにどうして!」

リヒャルトの視線が春人を捕らえる。
「おまえだから、だ」
そして、続けた。
「これは、命令だ」

バシッ!

空気が震えた。
春人は机に叩きつけた拳でリヒャルトの胸倉を掴んだ。

「てめぇ、なめてんじゃねぇぞ!」

殺気立った気配にもリヒャルトは動じることはなかった。

「あいつに血を流されたのは、過去二人だけだ。おまえを含めてな。その実力を買った。やりとげてみせろ」
「んだよ…それ」

妙な気持ちになった。
この男はなにを言っているのだろう。今更…。

スッとリヒャルトの目が細められた。
その視線の意味は、あの時と同じだ。



ーおまえも、私も、この中でしか生きられないー


・・・・・・・・・・・・


「なんだ、この制限の多さは!」

渡された資料に目を通していた春人は叫んだ。
今までストリートで過ごしていたせいか、日本の学生の堅苦しさは慣れない。
今回の任務内容を変更すればよかったと後悔し始めている。
(加えて、日本行きのためにリヒャルトが普段着を用意してくれたが、これがまた嫌がらせかと疑うほどの趣味の悪さだった…)
なにも、そいつの同級生にならなくても、近所の人間でもよかったのではないか。

日本行きの専用機は快適だが、さらに資料を読み進めると、ますますうんざりしてきた。

「対象のスキュラ族は、超頭脳の持ち主と思われる…」

そういえば、ロランのシリウス族は、スキュラ族に使役されるために生み出されたとか…。
ということは、今回の相手はロラン以上の頭脳の持ち主…。

「はぁ…」

ため息が出た。

-オレ、相手にされないんじゃないか。そんな大天才様にはよ-

資料には、こうも付け加えてあった。
「その少年は、まだ自らの正体を知らない。母親が伏せていると思われる」

自分が宇宙人1/2だとは知らない、大天才の少年。
いったいどんな奴なのか?

いつか、そいつに正体を話す時がくるのか。
大天才ならば、笑い飛ばすか、受け入れるのか…。




そんなことを考えていると、「Ya!」と声をかけられた。
振り返ると、若い女性が立っている。

「誰だ?!」
「やあね~あなたの母親よ!」
「はぁ~??」

こんなに若い母親を持った覚えはない。
見たところ、アジア系の顔立ちだが、いかにも洗練されたキャリアといった美人だ。

「リヒャルトに頼まれたの。私の名前は、小島美雪。あなたの母親役。一応、あなたも学生役らしいし、何かのときに登場してほしいって。普段は、別の任務についているから、用があったら連絡をしてね」
「それより、あんた。うち(SSG)で見たことないぞ」
「当然よ。SSGは男社会だもん。遅れているわよねー!私はC●Aから出向したの」
「へ、へぇ~ところで、あんたはあいつの何?」

まさか、リヒャルトの恋人?ってことはないだろう。

「え、もしかして疑われてる?まさかぁー!リヒャルトとは昔なじみってだけよ」
美雪はケラケラと笑った。
その様子は、とても高校生の息子を持つ母親には見えない。



ー何考えてんだ、あのおっさん…ー

「わかったぁー春人ったら、私に妬いているのね。リヒャルトは昔から男にモテたから!本人は鈍くてわかってないみたいだけど」
「ま、まてよ!たしかにあいつが人を使うのがうまいってのは認める。けどなぁ…オレはおっさんには興味ねぇよ!」

すると、美雪は顔をのぞきこんできた。
「じゃあ、今度のお相手は?高校生なんて可愛いじゃないの」
ローズ色の唇がいたずらっぽく笑っている。
「興味ねぇ!」

そのはずだと思った。
ふと、ロランの姿が脳裏に浮かんだ。

オレが入り込みすぎたから、あいつはあんなことになったのだろうか。
ならば、今度の奴には一線を引いて付き合おう。

ただの仕事だ。
友人として近づくにしても…。
友人という名の任務。

今度は、きっとやりとげてみせる。



「失った痛みを知るものだけが、命がけで守ることもできる。だから、私はおまえを再び選んだ」


あの部屋から出るときに耳に残った言葉。




着陸準備のアナウンスが流れた。




SSGの長官室。

「あいつの任務。またガードだってな。あんたが決めたんだろう?」
「そうだが。文句でもあるのか」

リヒャルトは書類から顔を上げない。
RQは横目でちらりと様子を伺いながら言った。

「ずいぶんとお気に入りじゃないか」
「ひさびさに信頼という言葉を聞いた」

「ふーん。今度は高校生になるのか~あいつ。可愛いいじゃねぇか、ますます襲いたくなるぜ」
「…」

書類から目を放さぬまま、リヒャルトは眉を顰めた。
その様子を見たRQの手がリヒャルトの軍帽を取り上げる。

「何をするか!」
「妬いてる」
「誰がっ!」

ハラリと書類が舞う。

「いてっ!」

リヒャルトの鞭の軸がRQの首元に食い込んでいた。

「これ以上、ふざけた口をきけないようにしてやろうか」
「だから、そんなに怒るなよ。でも、そんなところも好きだぜ」
「…!」


・・・・・・・・・・・・・


SSGで二人が死闘を繰り広げている頃。

春人は新しく住まうマンションで、ため息をついていた。

「明日試験。一ヵ月後、合格発表~~?!ふざけんのも大概にしろ!」

半日で、しかも時差ボケが残っているこの脳みそで、高校受験を突破しなければならないらしい。日本は入学試験一本で人生が左右されると言われる受験大国だ。

「今まで、受験勉強なんてしたことないぞ」
SSGでの講義は、主に生物学と宇宙工学が中心だった。
「やるっきゃないか…」

なにしろ、相手は大天才と聞く。
出会ってすぐになめられてたまるか!

春人は、リヒャルトに渡された日本のテキストを開いた。

「Good Luck!」

下手な字でメモが添えられていた。


「あんの~~くそじじい!!」

逆にメラメラと闘志が沸いてきた。

「合格してやろうじゃないか!しかも1位でな!」

流れる汗をぬぐいながら、春人は机に向かった。






1ヶ月後。

合格発表の日。


あいつは、なぜか補欠表の前にいる。

なぜか、ガッツポーズをとっている。

頭の悪い振りをしているのか…それとも…

ふと、あいつの背後に回った。


「あんた、頭いいんだねぇ~」


からかうつもりだった。

そして、相手もそれを見通していると思っていた…。

だが。


あいつの本当にうれしそうな笑顔に、オレは…



~END~


~あとがき~
「RED」完結しました!
ここまで読んでいただくと、宇宙人1/2での春人の態度とか、「セーラー服のあいつ」での発言の意味とかがよくわかるかと思います…。
春人の台詞「(リヒャルトの)私服のセンスは最悪だ」っていうのは、リヒャルト自身が着ているものというより、この時着せられた「ちくわTシャツ」がトラウマなんだろうなぁ…。

  END