-心の栄養-
「RQ、ちょっといいかい?」
屋外トレーニング(という名のランニング)を終えたRQを医者のコッペリウスが呼び止めた。
「今日は健康診断だったか?」
自慢のピンクの長髪を固く結びなおして、RQはコッペリウスに従い医務室へ向かう。
「私も、あまり大きな声では言いたくないんだけど」
「じゃあ、小さい声でかまわないぞ」
「…むぅ~」
コッペリウスは話が通じない相手に唸りながら、意を決したように言った。
「きみ、夜の生活が激しすぎやしない?」
「え?!」
これにはRQも不意を突かれたようで、瞬きをして、医者の顔を覗き込んだ。
「そりゃ、どういう意味だ?」
「きみのダ~リン…、この頃、何度も倒れているだろう」
「夏と…悪夢騒動の時…かなぁ。そういえば」
SSG長官のリヒャルトは、そうそう簡単に倒れるような人物ではない。
当人も他の者も皆そう感じていたはずだ。
だが、今年は何度となく医務室に運ばれることが多い。
もちろん、仕事が激務のせいもあるが、それ以上に考えられるのが…。
「オレのせいか?」
「今まで彼は同じ生活を続けてきて、倒れるなんてなかったのに、きみと愛を育むようになってから、朝でも顔色が優れないことが多い。愛し合うのはよろしいことだ。でも、たとえリヒャルトの精力が無尽蔵だとしても、体力はそうだとは限らないからさ」
RQは口をぽかんとあけたまま、医者を凝視し
「おまえ…なかなか大胆なこと言うんだな」
と感心したように顎を撫でた。
「私は愛には寛大なのさ!」
「そうじゃなくて、あ~…」
つまり、リヒャルトがどんなにあれが好きであったとしても、自粛しろと言いたいらしい。
「きみの努力しだい!」
「自信ねぇ」
うなだれるRQにコッペリウスの厳しい声が飛ぶ。
「このままだと、困るのはリヒャルトだよ。この組織の長官という立場は実力で勝ち取るものだ。何度も倒れるような人間はいらないだろう。厳しいことをいうようだけど、そうなったら責任はリヒャルト一人にかかってくる。きみはリヒャルトをそんな目に合わせたいのかい?」
「んなわけないだろ!」
「じゃあ、とりあえず3週間ほど禁欲頼むよ」
コッペリウスの言葉は、どんな凶悪宇宙人よりもRQを怯ませた。
立ちくらみを起こしかけ、骨格標本の肩を借りたほどだ。
「お触りも厳禁だ」
骨格標本からRQの手を払いのけながら、コッペリウスは言う。
「ん、ん」
RQは、しかたなさそうに何度となく頷いてみせた。
「きみがそこらへんを裸でねり歩くのも厳禁!リヒャルトがやる気になったら困るからね」
「一度でいいからそんなシチュエーションを経験してみたいぜ…」
ついつい台詞に思わせぶりのため息が混じる。
そんなRQをビシッと指差し、コッペリウスは最後通告を出した。
「いい?私だってこんなに厳しいことは言いたくないんだ。リヒャルトに直接言ったほうが早いと思うんだけど、彼にこんな事言ったら最後、一生きみを受け入れなくなるかもしれないだろ。
私だって、BLを応援するものとしてきみたちを心配しているんだよ。3週間は我慢だ!」
その日から…
「なんだ?」
「なんでもねぇよ」
RQはリヒャルトの部屋にいた。
ただ…居た。
「?」
何もせずに、夜になると顔を見に来る。
子猫のアポロとじゃれる姿を見ているだけの時もある。
「用がないなら出て行け」
「お・や・す・み」
意味ありげにポツリと言い残してRQは去っていく。
そんな毎日が続くと、さすがにリヒャルトも怪しんで
「おまえはなぜ毎日ここに来るんだ?」
と聞いてきた。
「なんでってよぉ…それは」
「?」
リヒャルトが訝しむと、とてつもなく不機嫌な相が現れる。
飛びかかる前の猫のように。
「あんたの顔が見たいからだ」
「毎日顔を合わせている」
「夜の…顔っていうか」
「…何が言いたいんだ。追い出されたいのか」
リヒャルトが一歩前に出て、RQの胸に人差し指を突き立てた。
警告の証だ。
「そう、追い出されたいんだ!」
RQは、そう言って部屋を飛び出した。
部屋の中では
「あいつ、何を考えているんだ?」
とリヒャルトが???マークを周囲に飛ばしまくっていた。
「やべぇ…やべぇ」
リヒャルトの指先が肌に当たった途端に、…いや、グレーの大きな瞳が疑問符を湛えてこちらを見た時か…勝手に動いてしまいそうになる身体。
理性で止められるのには限界がある。
リヒャルトの性格からして、こちらが迫らない限り、自分から行動を起こすことはないだろう。
もちろん、コッペリウスが心配するくらいリヒャルトが積極的なら、これどころで止まらない。
…どれだけ、我慢できたものか?
とRQが考えていると、向こうからペタペタと音がして誰かが歩いてきた。
「なんだ、まだいたのか」
「お!」
リヒャルトが歩いてきたのだ。
部下にもらった獣スリッパを履いて、猫耳フードがついた大変可愛らしいパジャマ姿で。
「また、リヒャルトだ!」
RQは叫んだ。
「なんだと…」
思ったままに叫んだだけだったのだが、リヒャルトの額には青筋がくっきりと浮かんだ。
「そんなに私の顔が見たくないなら、早く消えろ!」
「そうじゃな…」
「問答無用!」
散々、愛用の鞭で痛めつけられて…。
「それでも、触られてる気がする…」
傷だらけの身体をシャワーで洗い流しながら、RQはため息をついた。
「やっぱり、あんたが好きだ…」
「あいつの行動がつかめない」
次の日、リヒャルトは占い館にいた。
占い師の兎兎は、う~んと唸る。
実は、事の次第をコッペリウスから聞かされている。
だが、兎兎もそれをリヒャルトに聞かせる気はなかった。
「EDになったんじゃないんですか」
ケロリとした顔で現れたのは、機械部長で兎兎の弟でもある潤一。
「ジュ、ジュージュ!めったなことを言うもんじゃないよ!」
「だって、あの性欲が服を着たような男が、夜な夜な遠慮した様子で部屋から出て行くなんて、それしか考えられませんよ」
「可能性はあるのか…」
リヒャルトまでがことの他、真剣な表情で迫ってくる。
「すべてをタロットに尋ねてみようね!」
わざとらしくそう言って、兎兎はタロットを切り始めた。
「う~ん。特に心配はいらないと思うよ。RQに問題はないみたいだけど…」
「そうか」
「でも、リヒャルトのほうに問題があるみたい。最近体調を崩したりは?」
「今、少し風邪気味だ。実は数週間前まで腸の具合が悪かったし、医者には鉄分不足だと言われた」
「それだよ、それ!RQはもしかして、リヒャルトの顔色が優れないのを見て心配しているんじゃないかしら?」
兎兎の視線が怪しい。
無理やりこじつけているようだ…と潤一は思った。
「だが、あいつの行動がおかしいのは数日前からだ。もしかして、潤一の言うようにあいつ自身が言いにくい病を抱えている可能性が…」
兎兎は心の中で舌打ちをした。
時々、鋭いのか鈍いのかわかんないんだよ、この人…困ったねぇ。
「もし、そうだとしたら、話せるのはリヒャルトにだけ…とRQは思っているのかもしれない。ただし、これはあくまで占いとは別の私の判断だよ」
もー、RQでもジュージュでもどうにかしてよぉ!
兎兎は叫びたかった。
そこで、自分だけこっそりとココアにマシュマロを入れて、それが溶けるのを待つふりをした。
しばらく考え込んだ後、リヒャルトが席を立った。
続けて、潤一が「寝室のエアコンを入れてきますね」と言って出て行った。
ようやく兎兎はほっとして、ココアに口をつけたものの、すっかり冷え切っていた…。
リヒャルトが自分の部屋に戻ると、またRQがいた。
「いいかげん、勝手に侵入するのはやめろ」
「だって、顔が見たいんだ」
「…おまえ、まさか病気なのか?」
RQは、そうとう怪しげな表情で、リヒャルトのほうを見るなり
「オレがあんたが好きすぎても、それで病気ってのは言いすぎだろ。恋の病とは言うかもしれないが…」
幾分かむっとした様子で、アポロに手を伸ばした。
いつもどおり、アポロは「ふん!」とRQを無視する。
「あーあ、人間万事塞翁が馬…なんてオレは信じねぇぞ!」
猫にまで無視されて、いよいよRQはイラついた。
「故事か。おまえらしくない。やはり、どこかおかしいのでは?頭は確かか?」
リヒャルトがおもむろに近づいてきて、RQの顔を両手で掴む。
「あ!」
声を発したのはリヒャルトだった。
「熱があるじゃないか!こんな状態でよくものうのうと侵入したものだ」
その台詞は、敵地に忍び込んだスパイに対する最後通告のようだ。
「ね、熱なんかない!その…あんたが…近いから…」
1週間触れていないだけで、こんなに胸が高鳴るとは知らなかった。
リヒャルトの指先は冷たくて、陶器に触れられているかのようだったが、薄く開いた唇から吐息が漏れて、それが肌にかかるたびにどうにかなってしまいそうだ。
「冬なのに、タンクトップ一枚でいるからだろう。上着を着て来い」
「ん、ああ」
返事をしたものの、RQは動けず、リヒャルトを見つめていた。
すると、
「わからない奴だな、ほら、こんなに」
と言って、リヒャルトはRQの髪を掴み、顔を下に向けさせる。
そして、額をこつんと当てた。
「熱がある」
0mmの距離。
「リヒャルト…」
「まずは上着を着て、それから医務室で風邪薬をもらって…」
「せめて、キスしてもいい?」
「…人の話を聞け…むぐっ!!」
RQは両手でリヒャルトの頬を包み込んで、唇を合わせた。
「ほんとは、もっと、あんたに触りたい…」
「…」
リヒャルトは、RQから顔を離すと、もう一度まじまじと顔を見た。
「目が…潤んでいるし、口内も熱い…早く医務室に行った方がいい」
リヒャルトは、なぜかRQから目をそらしたくなった。
無理やりなのもいきなりなのも変わらないのに、これ以上手を出そうともせず、泣き出しそうな悲しい瞳で、こちらを見ている。
…きっと、潤一の言った言葉が正しいのだ。
すなわち、RQは発熱以外にも言い出しにくい問題…おそらくは重大な性的問題に直面しているに違いない。
リヒャルトは、その考えが確信に変わりつつなるほど、どうしたらいいかわからなくなってしまった。
「おまえは、カウンセラーに行った方がいい。私の事など関係ない!あくまで、おまえの将来のためだ」
「は?」
「私は別に待ってなどいないからな!ただ…おまえの回復は…望んでいる…たぶん」
私は何を言っているのだ?!リヒャルトは混乱しそうになった。
「??」
不思議そうな様子のRQ。
リヒャルトの言っている意味が皆目検討つかない。
ともかく、
「今日は、これだけで…終わらせる。うん。よく寝ろよ…」
「ん、…ああ」
寝ろ…か。
そうだろう。
RQの抱えている問題が確かならば、そう言う以外しかたない。
リヒャルトは小さなため息をついた。
「おい…その…めったなことは考えるな。そのうち問題は解決する…はずだから」
「ああ、頼んだぜ」
寂しそうに去っていくRQの背中を見つめながら、リヒャルトは胸が詰まったような感じを覚えた。
…これは…心細さ?
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