「オレの名は藤井日向だ」
目の前で胡坐をかいて座っている少年はそう答えた。
彗に背中を叩かれ、気がついた彼は当初暴れて逃げようともがいた。
「ほら、縛っておいて正解だっただろ」
どこからか持ってきた縄で、見知らぬ人の身体を縛った張本人は極めてクールな口調で話す。
「ちっくしょー!!殺せ!一思いに殺せ!」
そりゃ…こんな目にあったら僕だってそう叫ぶと思う。
少年は複雑に編まれた縄を解こうと必死に身体を回した。
「そんなものではオレの応用亀甲縛りは解けないぞ」
「これが亀甲縛りかぁ~」
生で見たのは初めてだ。SMの世界のものだと思っていたが…。
「矢崎、ひょっとしてM字開脚縛りとかもできるのか?」
ダメージを食らった鼻を押さえつつ、総一郎が興味深そうに近づいてきた。
「オレは一時期縄師に指導を受けた事があるんだ。そのくらいできるさ、おまえで試してやろう」
「いや、遠慮しておきます!」
赤い鼻を押さえたまま、総一郎はすすっと後ろに引いた。
「ところで、おまえ」
彗が縛られた少年に声をかける。
「はじめまして。オレは矢崎 彗。おまえは?」
「…普通、あの状況で自己紹介するか?」
こそりと総一郎が言う。
「あら、この人が最後の一人?」
弥生が近づいてきた。
「弥生さん、こんな残酷なものを見てはいけない!」
総一郎が弥生に駆け寄る。
「芸術的な縛り方ね」
「ああ、すごいだろう」
「へ?」
愕然とする総一郎のそばで、彗と弥生が縛りの美学について語り始めた。
「まさしく、日本の芸術の一つ…」
「日本人は刑罰の中からも芸術性を高めていった…」
等と会話している。
「…きみ大丈夫?」
「誰だ?おまえ?」
僕は、もがいている少年に声をかけた。
すると物凄い目で睨みつけられた。
まぁ…この状況ならしかたない。
「僕達は皆で暮らしているんだよ。突然こんな世界に飛ばされちゃって…」
「?!」
少年の表情が変わった。
「じゃあ、おまえ達は宇宙人じゃないのか?!」
「あ・・」
その表情があまりにも真剣なので、どう答えたらよいかマゴマゴしていると、後ろから彗が
「だから人間だと言っただろう」
とコメントした。
「YA!きみ。たしかに僕達は人間だ。この人は宇宙人かもしれないが」
総一郎が彗を指差して言う。
「話をややこしくするな!おまえなんかインゲン豆で十分だ」
彗がこめかみに青筋を立てている。
「しゅん…」
「と、ともかく。皆ここの世界に飛ばされたんだよ。きみもそうなんだろう?」
「ああ、そうか。生存者なんだな。おまえたちは」
少年の態度が変わった。
「もう暴れないから、縄を解いてくれ」
彗が縄を解いてやると、彼は自己紹介をはじめた。
彼の名前は藤井日向。
僕と同じ歳で、朝錬をしている最中にここに飛ばされたと言う。
「なんの朝錬?」
「ムエタイの」
「…」
ムエタイってなんだっけ…?
僕がそういう顔をしていたら、隣から総一郎が「タイのキックボクシングだろ」と教えてくれた。
「だが、おまえの構えも型も空手のものだったぞ」
と、彗が格闘家マニアックな質問で突っ込む。
「昔から空手はやっていたからな。でも今はムエタイだ」
「ほぉ?」
「そういうおまえは何だ?あれは中国拳法か?」
「そうだな…力+スピードにはスピード+柔軟さで対抗したい」
もはや…二人の会話についていけない。
「ねぇ、僕達は日本一武闘会のサバイバル会場に迷い込んだんじゃないよね?」
総一郎が僕の心を読むようなセリフを吐いた。
「僕はただのバンドマンなのに、どうしてここにいるんだろう?」
「それを言ったら、僕だって歌のお兄さんになりたいだけの一般人で、忍者でもムエタイの選手でもないよっ!」
「日本一って言うより、天下一を決めたいところだね…」
「日向くん。はじめまして、白爪弥生です」
弥生がすっと日向の前に立つ。
「…?この子も生存者なのか?」
日向がびっくりして弥生を指差す。
「そうね…これで最後の一人が揃った」
「弥生、本当にこれで最後なのか?」
彗の質問に、弥生は頷いた。
「さぁ、私達をここに集めた誰かは次に何をするつもりかしら」
話がよくわからないという顔をしている日向。
意味もなくキョロキョロと周りを見回す総一郎。
僕は、空を眺めている彗を見ていた。