-未来への旅立ち-

<ここはイルミーネ国。
山間にひっそりと存在している小国である。
文化レベルは17,8世紀。
いまだ王政がひかれている。
人々は平和を好み、穏やかに暮らしている。
現在の国王はトト・イルミーネ・・2×歳>

-以上、この時代の説明。

彼は手にした電子辞書を閉じた。

これから、彼はこの国の王宮に忍び込む。
もちろん過去とのつじつまは合わせてある。
服装も完璧だ。
彼は、そっと”塔の城”と呼ばれている建物に近づいていった。


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国王トトは落ち着かない様子で、部屋の中を行ったりきたりしている。

「国王陛下!」
「!」

トトはとっさに振り向いた。
待ち焦がれている伝令がきたのかと思ったのだ。

「なにか?」
「は・・ただいま修理の者が参りまして、陛下の寝台の脚を直したいとの事ですが」
「あ・・ああ、そうか」

そういえば、1週間ほど前、寝台の脚が折れたのだった。
もうだいぶ長い事使っていたので老朽化もあるだろうが、その他にも理由があった。


-ああ、ジュージュ会いたいよ・・-

あの晩、口付けられた首筋を指で辿る。
思わず熱い吐息が漏れた。
寝台の脚が折れるほど、激しく愛し合った。


今日!
今日帰ってくる!

弟に外交を命じたのは自身のはずなのに、こうして寂しく思う気持ちは抑えようがなかった。

早く、会いたい。


先ほどから係が伝えてくるものは、あまり待っていなかった事柄ばかり。
待ち焦がれている伝令はちっとも来ない。


だが、それは思っていたのと違う形でやってきた。

「国王陛下!兄上っ!」

係を通す事もなく、本人が突然現れたのだ。

「ジュール!」
「人も通さずに伺ってしまった事をお詫びいたします」

トトは一礼する外交官ジュール・アルキュード公を手招きし、人を下がらせた。


「ジュージュ・・ジュージュ・・」
弟の呼び名を唱えながら、その身体を引き寄せる。
「トト・・」
ジュールも人前では呼ばない兄国王の名を呼び、身体を両腕で包み込む。

「ああ、会いたかったよぉ。ジュージュの匂い・・」
胸に顔を埋めるトトの前髪を指先で上げながら、ジュールは言った。
「早く会いたくて、直接来てしまった。誰かに伝える時間が惜しくて・・」
言葉が終わるかどうかのうちに、トトの額や頬を柔らかい感触が辿った。
やがて、それが唇に降りてきた時、トトは少し震えた。

「1週間会わないだけで、何万光年も離れているみたい・・」

「何万光年も離れた所に行ったら、帰って来る頃にはミイラか白骨化です」
「・・・」

甘い雰囲気を理論で打ち砕く男、その名はジュール・アルキュード・・。

「仮に私が光の速さで年月かけて戻ってきたとしても、その時、あなたが冷凍睡眠でもしていない限り、ヨボヨボの老人でしょうね」
「そう!だからね、うらしま太郎は宇宙人に攫われたという説があるんだよ。”月刊オカルト雑誌モー”に載ってたもん!」
理論に負けじとトトも叫んだ。
自他共に認めるオカルティスト=トト。

「私が言っているのはあくまで理論です。実際に光を越えるスピードで飛んだら、燃え尽きますよ。それはおとぎ話です」
あくまで冷静な反オカルティスト=ジュール。

二人の兄弟はものすごく愛し合っていたが、こういう時には敵対するのだ。
先ほどまでの甘い時間はどこへやら、オカルト戦争は今まさに勃発しつつあった。


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なんという知識!
冷凍睡眠も、光を超えるスピードで飛ぶことも、実際には可能なのだ。
二千年ほど先の話だが。
しかし、今の時代でこんな聞けるとは思わなかった。
とてもじゃないが、17、8世紀レベルではない。
――僕の選択は間違っていなかった!
部屋の外で話を盗み聞きしていた研究者は、密かに拳を握り締めた。

彼の名はジェローム・ボイル。
過去情報管理部で実習生をやっている。
研究のため、過去に飛んでデータをとり、未来に戻ってそれを解析する。
それを繰り返して2年になるが、近いうちにレポートを書かなくてはならない。
レポートの出来がよければ、過去情報管理部の正式なメンバーとして認められる。
トピックは何にしようか、どこかにユニークなものはないかと探していたところ、イルミーネ国の名前が目にとまったのだ。聞いたことのない国だが、ここでなら面白い情報が手に入るかもしれない。
そういうわけで、ボイルは意気込んでここまでやってきたのだが…

「失礼しまーす。寝台の脚を直しに来ました!」

少しばかり、意気込みすぎた。
ノックをするのを忘れたばかりか、勢いよく開けてしまった。
国王の寝室のドアを。
「……」
激しい“オカルトVS反オカルト”口論に突入しようとしていたトトとジュールは
この侵入者の登場に、一時休戦せざるをえなかった。
どうやら、この国では兄弟は固く抱き合って挨拶するらしい。
――微笑ましいなあ。兄弟愛ってのはいいもんだ。
ボイルはそんなことを考えながら、そそくさと寝台に近寄ると
「おやおや、これは酷い。どうやったらこんなに粉々に砕けるんでしょうね。
ベッドの上で一人レスリングでもしてたんですか?」
ジョークのつもりだった。
ボイルは、あははは、と大らかに笑って見せたのだが、トトとジュールは思わず顔を見合わせてしまった。
冗談のポイントがずれていたとしても、ボイルは一応研究者である。
一目で二人の変化に気付き、すかさずフォローした。
「一人じゃなくて二人ですか!面白い習慣ですねー。あっはっは」
ボイルは自分のジョークに自分で笑いながら、前もって用意していたテープを、寝台の脚にぐるぐると巻いた。
職人にしては大雑把であるが、この際ベッドの脚がどうのこうの言っている場合ではない。
彼の目的はただ一つ。寝台の下に盗聴器を取り付けることである。
テープの上から特殊な粘着剤を塗って、一丁あがり。
目にも留まらぬ早業で、ボイルは作業を終わらせてしまった。

「はい完了!兄弟の親密なスキンシップも大切ですけどねー!
粘着剤が乾くのにしばらく時間がかかりますから、今晩は控えてくださいねー」
べらべらとしゃべりながらも早くも盗聴にとりかかりたいボイルは、一直線に出口へ向かう。
ボイルがうざいほどにニコニコと笑っているものだがら、トトとジュールもつられて笑顔を向けたが。
――どうでもいいから出て行ってくれ。一刻も早く。
二人の表情がどこか引きつっていたのは、おそらく見間違えではないだろう。



王宮の庭。
その片隅に隠れるようにして、ボイルは小型コンピューターを開いた。
『国王、トト・イルミーネ。弟とレスリング中に寝台の脚を壊す、オカルト派』
『外交官、ジュール・アルキュード。未来の科学を確実に予測する、反オカルト派』
ボイルはさくさくとデータを入力していく。もちろん、アナリシス法は自己流である。
自分の研究材料に満足しながら、ボイルは寝室での会話に耳を傾けた。
そこまではよかったのだが。

「盗聴モードに設定。室内の会話を録音、と…」
新しく手に入れたコンピューターである。
操作に少しばかり手こずった。
そうしている間にも、会話は進んでいく。
この素晴らしい口論をデータ化しなくては、と焦り始めたボイルは、がむしゃらにキーを叩いた。
「 “転送モードに設定しますか”?Yes…じゃない、No!ノー!」
Noと叫びながらも、ボイルは間違ったキーを押してしまった。
「どれどれ…“転送ファイル、ダウンロード完了。ターゲットを二体確認。
転送までカウントダウン、10、9、7…”」
スクリーンに映る文字を、呑気に読み上げている場合ではなかった。
今ならまだ止められる。しかし、そうするにはボイルはあまりにも経験不足だった。
「ターゲットってなんのことだ?」
なんてことを言っているうちに、カウントダウンが0まで進んだ。
転送先は過去情報管理部となっている。
「“転送完了”だって?一体何を転送したんだろう…」
ボイルは悩んだ。
いくら考えても答えが出ないので、答えが出るまでその場を動かずにひたすら考えた。
研究者らしい、悪い癖である。
しかし、彼の疑問はすぐに明かされる。

「国王陛下が見当たりません!数分前に部屋に入っていくアルキュード公の姿が目撃されたものの…今ではもぬけの殻です!」

王宮から響く、けたたましい叫び声。
そのときになってボイルはようやく、自分が取り返しのつかないことをしてしまったのだと気付いた。
どうやら、操作ミスをやらかしたおかげでトトとジュールを未来に転送してしまったらしい。
このことがばれたら、レポートどころか、過去情報管理部から永久に追放されてしまう。
――今すぐ帰らなくては!
過去から持ち帰れるものは限られている。
彼の上司であるケヴィン・ウィングはルールに厳しく、例外は認めない。
――唯一、僕を助けてくれそうな人といえば…
ボイルは頭をフル回転させた。
ケヴィンの友人である、アレク・クリプトン。
未来政府の調査員で、毎日のミッションが命がけだというのに、とことんケアフリーな性格。
誰とでも気軽につきあえる、ボイルからしてみれば珍しい存在だ。
アレクさんなら、なんとかしてくれるのではないか。
ボイルはそんな希望を抱きながら、二人の後を追った。





「?」
こういう時には、誰でも似たような反応をすると思う。
瞬き一つの間に部屋の様相がまったく変わってしまったのだ。


「・・・」
「・・・」

しばらく無言の時が過ぎた後…ようやくトトはジュールに声をかけた。

「ねぇ、ジュージュ。私の部屋はこんなに殺風景だったかい?」
「…ここは・・?」

ジュールも思わず目を見張る。
彼らがいる場所は壮麗な国王の寝室ではなく、四方を金属で囲まれた何もない部屋だった。

「う、宇宙人に攫われてしまったんだよっ!!」
トトが叫んだ。
「まさか?!」
「だって、突然こんなUFOの内部みたいな所に飛ばされるなんて。絶対に宇宙人だよっ!」
「UFOの内部を見た事があるんですか?…と、まぁそれはいいとしても。誰かに攫われたのは確かなようですね」

ジュールは冷静な面持ちであたりを見回した。
やはり、何一つ物が見当たらない。

「火星人は戦闘的で残酷と聞くから、彼らに攫われたとしたなら、私達は人体実験に使われてしまう。ジュージュなんて体液を全部搾り取られてしまうかもしれないよ!」
トトの悲痛な叫びを無視して、ジュールは金属の壁に手を当てて考えこんでいる。
「ふーむ、これは・・・」

「金星人なら人間に近い容貌で友好的だって本に書いてあったよ。金星人でありますように!」
「兄上、金星の表面温度を知っていますか?400度以上ですよ。まさか生物が存在しているわけがない」

ちゃっかりこんな所までも、兄弟オカルト戦争は続いているようだ。
ジュールは壁に触れつつ冷徹に続けた。

「私達二人を攫ったという事は、犯人の目的はイルミーネ国にある。
営利目的の強請りか、もしくはもっと広い範囲での犯罪か…。どちらにせよ、計画的な犯行のようですね。犯人は、私達のいる部屋にガス発生装置か何かを前もって取り付け、私達が意識を失ったのを見計らい、ここに運んだ。推理小説などでよくある手ですよ。
…ただ、それ以外に非現実的な可能性が一つだけ…」

ジュールは意味ありげに人差し指を顔の前に立てた。
その様子は、まるで名探偵だ。

「宇宙犯罪者とかM××星雲がらみじゃないだろうね?宇宙警備隊への人質は嫌だよ…」
トトは真剣な眼差しをジュールに投げかけて震えている。

「いえ、宇宙人がらみではなく、あくまでこの星の人間がらみです。もっとも、私達の時代の人間ではないかもしれない…未来の」

そう言って、ジュールはふたたび壁に手をあて、呟いた。

「私の知識の中に、このような金属は存在しない。つまり、我々の文化では決してありえない物質なのです」

トトが「オーパーツかい?!」と言う前に扉が開き、男が一人駆け込んできた。
「人型だよ!やっぱり金星人だ!!」
トトの言葉を無視して、男は叫んだ。

「あなたの言うとおり、ここは未来の世界です!大した事はありません。ノープロブレム!!」

…気が動転しているボイルにはそう言うのが精一杯だった。


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「悪りい。俺、これから仕事なんだよ」
ボイルの話を聞いて、アレクは申し訳なさそうに言った。
「そんなこと言わないでくださいよー!イルミーネ国に二人を転送すれば、レコードに残ってしまいます。ばれたら僕、ケヴィンさんに殺されちゃいますっ」
とボイル。
「安心しろ。ケヴィンはそんな自分の手を汚すようなことはしねえから。
それよりも、あいつのことだから、このことをアイスに包み隠さず話すだろうな。
つまり、お前が殺されるとしたら、それは…」
「い、嫌ですよそんなの!あんなメスを持った快楽殺人者みたいな人!
怖いからできるだけ傍に寄らないようにしていたのに!」
「ほお…快楽殺人者か」
アレクの声のトーンが変わる。
アイスというのは、アレクの仕事のパートナーである。
ミッションの成功率は100%、そしてパートナーの死亡率も同じくらいに高い。
大半の人達からエクセルさんと呼ばれる、悪名高い人物だ。
わけあって本名を嫌っているため、親しい人からはイニシャルを取ってアイスと呼ばれている。
仲が悪そうに見えてあの二人、仕事仲間としてはこのうえなく息が合うらしい。
ボイルは自分がアレクのパートナーを侮辱したことに気付き、口が滑らてしまった…と後悔した。
ところが。
「面白いこと言うな!お前、気に入ったぜ」
どうしたわけか、アレクはゲラゲラと笑い出した。
「分かった、こうしよう。アイオンは知ってるか?」
「アイオンって…アイオン・クレイ・ファラディのほうですよね。
100年ほど前に、政府をひっくり返してしまった、あの有名人の」
「そう、アイスの“オリジナル”って呼ばれてる奴だ。俺の親友でもある」

未来政府に敵対していた地下組織。
その一員だったアレクは、政府に捕まってフリーズされてしまい、半年ほど前に解凍されたというわけだ。
100年後の世界で、アイオンのDNAをもとにして造られたクローンであるアイスに出会う。
わけあって、今ではアイオンの居場所は一部の人たちを除いては極秘である。
「そういうわけで、アイオンがらみの転送はレコードに残らないんだ」
「しかし…」
まだ何か言いたそうなボイルに向って、アレクはウィンクを投げてよこした。
「なんとかしてくれるさ。あいつになら、俺は命だって預けられるぜ」
そう言われては仕方がない。
というよりは、それ以外に道がなかった。