ドアに吊るされたJ&Mの看板がカタカタと揺れている。
一見、開店休業中の探偵事務所のようだ。
ニューヨークの裏通り。
ボロいビルの3階に、「J&Mなんでも屋」はあった。
「はいはい、屋根から猫ちゃんが下りられなくなったんですね。すぐに伺いますよ」
そばでミラーが笑いを堪えながら、長すぎる前髪をいじっている。
「猫ちゃんだって、猫ちゃん…ぷぷ…」
「チッ、のんきに笑ってやがれ!それより、前髪そろそろ切れよ。顔がわかりゃしない」
J&Mは、ミラーが機械方面担当、ジャンはそれ以外…担当だ。
双子といっても2卵生なので、顔が似ていない。性格もまったく逆。
だが、蜂蜜色の髪だけが似ていた。
兄のジャンは、短気なところもあったが、少なくとも一般人としての常識は持ち合わせていた。
髪は清潔に見えるように短く刈り込んであるし、今朝アイロンをかけたばかりのシャツを来ている。弟のミラーは…機械に関しては天才的だったが、専門以外はおおよそ常識という言葉が通じない人間だった。髪は伸ばし放題で、常に顔の上半分は覆われていて、兄のジャンでさえも彼の瞳の色がなんだったか忘れてしまうほどだった。服は、いつ着替えたものとも知れない作業着。
「じゃあ、ちょっくら行って来る」
「ワンニャんレスキュー隊出動!」
ビシッと敬礼を決めているふざけた態度のミラーをドアの向こうに押しやって、ジャンは車のエンジンをかけた。
「あーあ、今週はついてないぜ」
車の中で、ジャンはため息をついた。
ここのところ、この手の仕事ばかりだ。
J&Mなんでも屋は表向きの姿。
本当の姿は…
「俺たちに潜り込めない場所はねぇ!最強のトレジャーハンターJ&Mとは俺たちのこと…」
のはずなのだが、本業の仕事がさっぱりない。
「このままワンニャんレスキュー隊で終わんのかなぁ??」
「案外、こっちが本業になったりしてね」
「あ?」
「僕だよ、ミラーだよ。兄さん」
通信機からのんびりしたようなミラーの声が聞こえてくる。
「なんだ、一眠りしているのかと思ってたぜ。今、現場の近くだから後で連絡しろよ」
「ところがね、そういうわけにもいかないんだよ。実は、お客さんが来てる。
だいぶ急いでる…追われてる?みたい??」
「ん?」
追われてるって?
どうやら本業の方の客だな。
「わかった。仕事片付けたらすぐ戻る。もしもの事があったら、金づる守れよ、ミラー!」
「あいあいさ~」
やる気のない返事とともにミラーは通信を切った。
猫を救出した後「J&M」に戻ると赤毛の男がソファに腰掛けているのが見えた。
「兄さん紹介するよ。こちらが、追われてる?お客様ケン・カスミさんです」
何者に追われているらしき物騒なお客様は、まことに端正な顔をした男だった。
最近流行っている軟弱な顔でもなければ、2昔以上前の逞しすぎる男でもない。
なんでも屋よりもハリウッドのほうが似合いそうな奴だ。
形ばかりの挨拶をした後、
「単刀直入に聞かせてもらうが、仕事の依頼は何だ?」
「…」
ケンは深刻そうに眉間に皺を寄せたまま、一瞬声を詰まらせたが、「実は…」と話し始めた。
「いきなりこんな事を言っても信じてもらえないかもしれないが、とてもやばいものを造っている化学者がいた。そいつ自身は死んだが、奴が残した負の遺産ともいうべきものが残ってしまった。きみたちにはそれを破壊してもらいたい。もちろん、礼は相応にさせてもらう」
「俺たちは、遺産を破壊するためじゃなくて、お宝奪うための仕事をしているんだがな」
「その道では知らない者がいないと言われたJ&Mの話はオレも聞いたよ。だから、頼んでいる。
なまじっかな奴らでは、破壊どころかそこにもたどり着けない…」
「僕たちなら、そこにたどり着ける!」
意味もなくガッツポーズをとるミラー。
「場所きいてないだろ!」
どうして双子なのに、こうも違うんだろう。
ミラーの考えは兄のオレですらわからない。
「ところで、兄さんが助けた猫の話だけど…」
「話を戻そう。ケン、場所だ」
「ああ、それはここに…」
ケンがカバンから地図を取り出した時だった。
「兄さん!兄さん!」
「なんだ、ミラー黙ってろ!」
「僕じゃないよ。僕は兄さんを呼んでない」
ドアの向こうから「兄さん!」と繰り返し呼ぶ声。
「誰だ?」
「まさか、もう!!」
ケンが急に立ち上がった。
「ここは危険だ!早く脱出…」
「?」
!!!!
ものすごい轟音と共に、部屋の中にJ&Mの看板が飛んできた。
「兄さん、やっと追いついたよ!!」
ドアの向こうに立っているのは、華奢なシルエットの男だった。
猫耳をつけた…。
「まずい、早く逃げるんだ!」
ケンの慌てようは尋常じゃない。
相手の登場の仕方は、たしかに危険だが、見かけが…
謎の猫耳男は、白に近い長い髪をして、痩せすぎと思われる身体に白いコートをまとっていた。
そして、ご丁寧に尻尾までつけていたが丸腰だ。
銃などは持っていない。
その証拠に、彼は両手をこちらへ差し出した。
「兄さん…兄さん、やっと見つけた」
歓喜にむせび泣きながら、そいつはこちらへと一歩一歩と足を進めてくる。
「ちっ!」
ケンは窓際まで後ずさった。
「何を嫌がるんだ、兄さん!こんなに素晴らしいものはない」
「ケン、おまえの弟…」
言いかけたところで、そいつの爪がニュッと伸びた。
「?!」
爪はどんどん伸びていき、ナイフほどの長さと鋭さをもった凶器と化したではないか!
「さぁ、交わろうじゃないか!兄さん!」
言葉と同時に
、コートが宙に舞った。
「わぁーーー!!!」
ミラーが悲鳴をあげた。
「は、裸だ!裸の男だ!!」
「んなこと言ってる場合じゃねぇだろ!」
ミラーを抱えて後ろに飛ぶと、近くのテーブルがさっくりと切られているのが確認できた。
「気をつけろ、奴の爪はレーザーメスだ!」
ケンは、武術の構えを取りつつ、窓に手をかける。
「二人とも、飛べるな!」
「この状況じゃ、NOは言えないだろ!」
・・・・・・・
「着陸!僕は運転手ですよ。お客さんどこへいきますかねぇ?」
抱えて堕ちたはずのミラーが、なぜか運転席に納まっている。
「まさか、あの位置に車停めてあるとは」
窓から飛び降りたところに、ちょうどオープンカー(うちのセカンドカー)が停めてあり、
シートがクッション代わりになって、俺たちは無事ですんだのだ。
「場所は、アリゾナ州の古い坑道だ」
「よーし、ミラー、アリゾナ州だ!」
「あいあいさ~、ミラクルチェンジ!」
「まてーここでやるな!」
慌てて、ミラーの頭を殴りつける。
この車はミラーの発明品で、水陸空兼用カーなのだ。
だが、まさかニューヨークの真ん中でジェット機と化す車が飛んでいたら、ニュースの一面になってしまうだろう。
「どうして?コウモリ男は街中でも飛んでいるし、クモ男だってビルのあたりをウヨウヨしているのに?兄さんは、頭が固すぎるんだ」
「おまえは常識がなさすぎるんだ!まったく誰に似たのか?」
しかたなさそうに車を走らせるミラーをケンが黙って見ている。
「…そうか、きみたちは兄弟なんだっけな」
「一応2卵生の双子なんだ。だから、顔も性格も違うけどさ」
「ジャン兄さんは、元警察官…を目指していたんだぞ!」
「オレは、引退後の警察官かっての!そりゃ警官を目指したことはあるさ」
「ほう、で?」
「残念だが、あきらめた」
…ミラーがトレジャーハンターになっちまったからだ。
まさかとは思うが、自分の手で弟を逮捕…なんて事態は避けたかったし。
それにまぁ、スリルのある日々ってのが一番の望みだったからこれも悪くない。
「ところで、僕は生まれつきのトレジャーハンターだったのです」
ミラーが胸を張る。
「おまえは、ゲームでその気になっただけだろ…」
「ククク…きみたちは、面白い兄弟だなぁ!いや、実をいうとJ&Mがどんな奴らか興味があった。もっと、こう…小難しい奴らじゃないかと思ってたんだけどさ…。オレの兄弟は…」
そこで、ケンはふと沈んだ顔をした。
「なんだあれは」
獣の姿をした怪力人間というべきか、ただ恐ろしい敵というべきか。
「オレの弟だ。正真正銘の」
「裸の男…」
「今回の仕事の最大の障害は、もしかしてあれか?」
コクンとケンは頷いた。
「そして、オレを追っているというのもあいつだ」
「コートの下は真っ裸…」
「あいつの正体はなんだ?それを聞くまでは依頼は受けられないな。
俺たちだって命張ってるわけだから」
「…あいつは生物兵器だ」
「生物兵器?!」
SF映画でしか聞いたことのない単語だ。
「じゃあ、これから向かう場所って…」
「生物兵器研究所さ」
・・・・・・・・・・
人里離れた場所まで車の形態で進んでいたが、今はジェット機の形態に変形し、窓の外は雲海が広がっている。
「あーあ、なんか映画みたいな話になってきたなぁ」
後部座席でケンが横になっている。
たぶん、空の上ならばあいつは襲ってこないとわかって安心したのだろう。
「大丈夫、まだ猿の娘は出てきていないから、映画じゃないよ」
ミラーがコーヒーカップをこちらに差し出した。
「何の映画だよ?それより生物研究所か。なんか普段と違うし、気が進まないと思わないか」
「そりゃ、僕だって…どうしてこう世の中は裸の男ばかりなんだろう?」
「あんなの見たの、オレは初めてだぜ!」
「でも、1人いれば、1000人はいるというし…」
ミラーの言葉はある意味、大変不気味だった。
露出狂が大挙…ではなく、あんな生物兵器が1000体もいたらたまったもんじゃない。
「おい!おい!あんた」
大急ぎでケンを起こす。
「生物兵器ってのはどのくらい存在するんだ?」
「オレの弟一人。その他は破棄された」
ほっとしつつも、あの弟の攻撃力には目を見張るものがある。
「…勝算はあるのか?」
いつの間にか、ケンの胸倉をつかんでいた。
「あの弟を振り切ればいいというものでもない。研究所内に仕掛けられたトラップも問題だ。
その点では君たちは専門家だろ」
「たしかに、トラップを抜けるのは専門だけど…たどり着いたところで何を破壊すればいい?」
「ああ。そこで破壊してほしいものは最強の生物だ」
「?!」
「聞いてない!」
ミラーが叫んだ。
「そんな美味しそうなものが存在するなんて!」
「おまえは黙ってろ!」
「なぁに、まだ目覚めていない。たぶん遺伝子レベル」
とケンは言う。
「…ケン、おまえはその事情をどこまで知ってるんだ?」
「化学者ってケンのお父さんだよね?」
唐突にミラーが口を開けた。
「おまえは黙って…」
「そのとおりだ」
辛そうに頷くケン。
「オレの親父は生物化学者だった。母親はずっと前に家を飛びだして、それきり…。
親父はいろいろな生物を改造して、最後には自分の子供を実験台に使った。弟は親父を信用していたから何でもいう事を聞いていたが…。オレは、途中で研究所を抜け出したんだ。親父の秘密書類を持って。 そこには、最強生物のことが書かれていた。親父はそれを培養し世の中を混乱に陥らせる計画を持っていたらしい。その後、親父の研究所で培養されつつあるそれを破壊するために、オレは単身研究所に乗り込んだ。
すると…」
「コートを着た裸が追いかけてきた…と」
ケンはコクンと頷きつつ、両手で頭を抱えた。
「弟は遺伝子をいじられ姿まで変えられて、精神状態がまともじゃなくなっていた。どういうわけか意味のわからない事ばかり繰り返し、オレを追ってくる。まわりにあるものはすべて破壊してしまう…その時にオレは弟の口から親父が死んだと聞かされた。
そして、今は奴が最強生物を守る番人であると…」
「…あんま繰り返したくないけど…その…ケン…あの弟、あんたと交わりたいとか…言ってたな」
「…あいつの言う意味はわからない。わかっているのは、あいつが最強生物を守る番人であることと、今、俺たちの前に立ちはだかる危険極まりない人物というだけ」
そう言って、ケンは俯いた。
誰だって、そんな過酷な経験をしたら前向きにはなれないだろう。しかも、敵は実の弟だ。
「最強生物を守る番人?それだけかなぁ?」
ミラーがあらぬ方向を見てつぶやく。
「え?」
「だって、最強生物を守る番人なら、最強生物のそばにいるのが一番いい。
それに、ケン。きみを追いかける必要もないし、裸になる必要もないよ」
「…では、ジャンはどうして…?」
ケンがふと口に出した名前は、なぜかオレのものだった。
「なんだ?」
「いや、君じゃない」
「は?」
「言い忘れていた。あいつの名前もジャンなんだ」
「うへ?!」
猫耳をつけて、全裸で走ってくるイカレ野郎と同じ名前だなんて、残念すぎる。
がっくりを肩を落とす俺の後ろで、ミラーが叫んでいた。
ああ、遠くで声が聞こえる。
実際には耳元でなんだけど。聞きたくない。聞こえたくない、ああ~。
「いくら愉快な人だからって、兄さんと同じ名前だなんて、ずうずうしすぎる!」
「…すまねぇ、少し寝かせてくれないか。目的地までは自動運転だし、空の上なら安全だろ」
実際、この弟に愉快な人呼ばわりされたくはない…。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
淡い土色の荒野が見えてきた。
アリゾナの風景だ。
「古い坑道って言ったな。場所は地図があるからわかるとして、入り口からの案内はあんたに任せるぜ、ケン」
「ああ。ここからは気を抜くな」
「よーし、着陸準備」
「あいあいさ~」
乗り物は少し離れたところに置いて、徒歩で現場まで向かった。
一見、それとはわからないように巧妙に隠されている坑道の入り口。
先頭にケン、次にミラー、一番後ろはオレということで。
「最初のトラップは、天井部が落ちてくる」
「OK」
坑道の中にするりと潜り込むと同時に、地面すれすれまで何トンとある岩が落ちてきた。
だが、しばらくするとスルスルと上に上がっていった。
「リサイクルしてる…」
「そりゃ、2度と入れなくなったら困るからだろう」
「あ、そっか」
ミラーがポンと手を叩いた。
「ところでケン、トラップはあといくつくらいあるんだ?」
「13個。途中までしか行き着けなかったから、その後はわからない」
「そこまでわかってんなら、大丈夫だ。その先はどうにかしてやる。
トレジャーハンターJ&Mの名にかけて!」
「それは心強い」
狭苦しい坑道の中は暗闇だが、少なくとも古い遺跡にありがちなかび臭さはなかった。
少し前まで人がいた気配が残っている。
「ところで、裸は来ないね」
ミラーが後ろを振り返りつつ言った。
「まさか、ここまで乗り物に乗ってくるなんてことはないだろ?意外とあっさり片付くかもしれないぞ」
あの姿で飛行機に乗ってやってくるとは考えにくい。おそらく車で来るだろう。
時間的に見て、俺たちが最強生物の部屋にたどり着くまでには現れない確立が高い。
「ジャン。あいつはどうあってもここへやってくる。」
ケンが苦しそうな声で言った。
「…最悪の場合、誰か一人でもあの部屋にたどり着き、ブツを破壊して欲しい」
「大丈夫だ、ケン。俺たちはプロだぜ。信用してもらわないと困る」
「すまない…、君たちを信じることにしよう」
坑道の先に鉄の扉があった。
「ここもトラップ。人が触った途端に高圧の電流が流れる仕組みになっている」
そう言いながら、ケンはドアの横にある壁を探った。そして、壁の一部をはがす。
「このレバーを引く」
壁の中から現れたレバーを引くと鉄の扉が開いた。
中には…
「やぁ!待っていたよ、兄さん!」
「どうして?!」
中には、例の裸男…じゃなくて、ケンの弟のジャンが立っていた。
もちろん裸で。
「兄さん、いい加減に追いかけっこはやめよう。僕と一つになるんだ」
じわじわと迫ってくる生物兵器ジャン。
「二人とも、ここを抜けるしか道はない。あいつと戦うより他はなさそうだ」
ケンが懐から銃を取り出す。
「そんなもの無駄だよ、兄さん。知っているだろう。僕のスピードは…」
影だけを残し、ジャンが消えた。
「ッ!」
ケンの手から銃が落ち、真っ二つにされた銃の半分をジャンは拾い上げ、満足そうにほくそ笑んだ。
「通常の人間の数倍。銃なんて役に立たないって、兄さんだって知っていたでしょう」
「くぅ!」
「ふ、フフフフ…愚かな、これを見よ!」
ミラーが笑いながらリュックの中を探って取り出したものは。
生物兵器ジャンの爪を5本ほど集めた厚さの巨大レーザーメス×2!
「おまえ、いつの間にそんなの作ってたんだよ!」
「空の上でこっそりと。これはあれと同じものじゃあないよ」
それを両手に持ち、じわりじわりと生物兵器ジャンに迫っていくミラー。
「アニメの敵役が、主人公とまったく同じ性能を持つメカを作るのには意味がある…。
よく、コメント欄には、”性能が上のもの作ればいいじゃん”とか書かれているけどね!
実際はそのメカが耐えられる限界まで極めているから、それ以上のものは造れないんだ。
だが、僕は違う!」
ニヤリと口元を歪め、ジャンを追い詰めるミラー。
だが、へっぴり腰だ!
「ミラー、それの性能がいいってことはわかったけど、おまえ自身の性能はどうなんだ?
使いこなせるのか?!」
「へ?」
敵前でピタリと止まり、間抜けな表情で…ミラーはカクカクとこちらを向いた。
そして…。
「僕には無理だ!頼む兄さーん!!」
同時に、ミラーは後ろに向かって巨大なレーザーメスを投げ飛ばした。
サクリ…
軽い音がして、それがコンクリートの壁に突き刺さる。
なるほど、性能はいい。…が。
「オレを殺す気かー!!」
首元まであと3センチというところにあるレーザーメスを引っこ抜いて、オレは叫んだ。
「僕は肉体労働向きにはできてなかったんだ。無念だがしょうがない…。
さよなら兄さん。さよぉ~なら~~!!!」
そう言いながら、ミラーはするりするりと物陰に隠れた。
「しょうがねぇな!」
武器を手に取り、間合いを縮める。
「姿はどうあれ、あんたは依頼人の弟だ。できれば殺りたくはない」
「邪魔するな!これは兄さんと僕との問題だ!」
生物兵器ジャンが飛んだ。
「上!」
細長い爪を受け止める。
ガキンと音がして、爪が2本折れた。
「!」
驚愕の表情を浮かべるジャン。
「フーフフフ、見ましたか!この威力。それに、いくらおまえが裸で競い合おうとしても、兄さんの裸のほうがすごいんだからな!」
柱の影でミラーが拳を振り上げて叫んでいる。
生物兵器ジャンの瞳がしっとりともう一人のジャンを映しだした。
「なるほど、おまえたちも愛し合う兄弟というわけか」
「?!何かが間違ってるぞ、おまえ!…ら」
思いっきりレーザーメスを振りかざして、引きおろす。
「グッ!」
生物兵器ジャンの胸元が裂け、赤い血が飛び散る。
「ジャン!」
ケンの声がした。
「え?」
「…」
もう一度、振り返るとジャンは消えていた。
「ケン…あんた」
「…すまない。それでも…弟が」
がっくりと膝をつくケン。
実の弟が、血まみれになるところが見たくなかったのだろう。
「もう一度あいつが襲ってきた時に、オレは間違いなくあいつを殺す…耐えられるか?」
「…わかっている。わかっているはずなのに」
何度も首を振るケンを立たせて、地図を指差した。
「もう中間地点までは来てる。次のトラップを教えてくれ」
「あ、ああ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ようやく12個目のトラップを超えた。
残る一つは、問題の部屋の前にあるらしい。
これまで、あの弟は襲撃をしてこなかった。
あれだけの深手を負っていたのだ。
動けないのかもしれない。
「最強生物は、金庫に入った試験管の中だ。まだ細胞の塊のようなものだから、火器で焼却してくれ。だが、もしそいつが肉を持ち、成長したら…1万度以上の熱でないと消滅させられない」
「1万度以上の熱なんてそうはないもんなぁ、わかった。試験管の中身を燃やせばいいんだな」
そう言った途端、ヒュッと一陣の風が吹いた。
「?」
何かを感じ頬に手をやると、サックリと割れている。
振り返ると同時にドンと誰かに飛ばされた。
「ジャン!」
ケンだ。
ケンが、オレをかばって奴の目の前に出たのだ。
「兄さん、やっと会えたね」
ジャンの胸の傷は塞ぎかかっていた。
「ケン危ない!」
ミラーがケンを救出しようと駆け寄る。
しかし、ジャンはケンをその腕に抱えたまま大きくジャンプして消えた。
「あいつはどこだ?!」
上を見ると、坑道の天井に穴が開いている。
そこへ消えたに違いない。
「行くぞ!ミラー!」
「う、うわぁぁー!!目が目がっ!!」
「大丈夫か!」
顔を抑えて喚き散らすミラー。
「目をやられたんじゃないだろうな」
「う、ううっ…」
ゆっくりと顔から手を離したミラーの顔は…
「まぶしい…」
前髪がすっきりと切りそろえられていた。
先ほどのジャンの攻撃だろう。だが、顔には傷一つない。
「こ、これが、前髪のない世界!!」
オレは久しぶりに弟の青い瞳に遭遇した。
「バカなことしてんじゃねぇ!ケンを追うぞ!」
「いいや、待ってくれ兄さん。最強生物を消すほうが先だ」
「だが、依頼主がクレイジーな野郎に攫われたんだぞ。ほおっておけるか!殺されちまうぞ」
「ううん。あいつはケンを殺しはしない」
久しぶりに見る青い目は、真実を語っているように見えた。
「今まで襲い掛かってきてたじゃないか」
「ケンを殺そうとはしていなかった。邪魔をするものを切り刻んでいただけ。
あいつにはケンを殺せない。なぜなら愛しているから!」
「よくわかんねぇけど、おまえの言うとおりにしてみよう。そもそも最強生物を葬るのがケンの第一目的だったわけだから、そっちを先にするか」
慎重にドアを調べて、俺たちは扉の向こうへ入った。
「なんじゃこりゃ?」
だが、部屋には開けられた金庫と空の試験管だけが残されていた。
「まさか、もう成長しているんじゃないだろうな!」
「…あ~」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ようやく戻ってきてくれたんだね、ケン兄さん」
「ジャン、こんなことは無駄だ。今頃、あいつらがブツを葬っているだろう」
「ブツ?ああ、あれね。あれはもう父さんの研究室にはないよ」
「なんだと!」
ケンは身体を起こそうとしたが、ベッドに手足を拘束されていて身動きが取れない。
「どうして、僕が最強生物の番人とされたかわかる?」
「?」
ゆっくりと空を見上げた後、ジャンは視線をケンに落とした。
「最強生物がどうして細胞のままで完成しなかったと思う?」
「ジャン…」
ジャンは、ゆっくりとケンのシャツのボタンを長い爪で弾き飛ばしていく。
「あれには、僕の細胞と兄さんの細胞が必要だったからさ」
「なんだって」
「父さんが残した遺産は文字通り、僕たちへの遺産だったんだよ。最強生物の一番安全な場所は…僕の体の中だった。死ぬ間際、父さんはあれを僕の中に隠した。
いつの日か兄さんが再びここへ戻ってきて、僕と交わるまでね…」
「おまえは狂っている!」
「兄さん、ずっと愛してたんだよ。僕はずっと…兄さんとこうなることだけを望んできた」
カサリとした唇が重ねられた…。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「狭い穴だなぁ」
「あ、でもあいつの尻尾の毛がここについてる。こっちで間違いないみたいだね」
俺たちは、ジャンが抜けていったと思われる穴を進んでいた。
這いつくばって進まないといけないような狭い通路だ。
よくここをケンを抱えた状態で進めたと驚く。
「しかし、あの人が裸でさらには猫人だったから、毛が目印になる。うんうん」
指先で楽しそうに猫毛をつまみながら、ミラーはニヤリと笑った。
「おまえもそうやって前髪切っとけよ。少しはましな人間に見えるからな」
「僕はもともとまし以上の人間だよ、あ、ケンだ!」
眼下にケンが寝かされていた。
「あいつは?」
生物兵器のあいつはどこだ?!
「あれじゃない??」
ケンの寝かされているベッドのそばで、あいつが血にまみれて倒れているのが見えた。
「?どうなってるんだ?」
とりあえず、下の部屋に飛び降りてみる。
「おい!おい!ケン、生きてるか?」
「うっ…」
ケンは薄目を開けた。外傷はないようだ。
拘束具を外して、上半身を抱えるように起こした。
「何があった。あんたがあいつをやったのか?」
「に、兄さん…」
震える声で、ミラーがキョロキョロとあたりを見回している。
「なんだ?それより、ケンを起こすの手伝ってくれ」
ミラーはあらぬ方向を向いて、レーザーメスを取り出して構えた。
「何やってんだよ?おまえ」
すると、ベッドの下から声がした。
「兄さん、ケン兄さん。誕生日おめでとう…」
「ジャン…」
ケンが自ら身体を起こし、ジャンのそばへ歩いていく。
「おまえは…どうしてあんなことをっ!!」
ケンの喉から叫ぶような嘆きが発せられた。
「兄さん、チョコレートケーキが好きだから、僕作ったんだよ。父さんと3人で食べようね」
「ジャン?…おまえ」
「あれ?変だな?兄さんの声が聞こえるのに、目が見えない…兄さん、どこにいるの?」
「…まさか」
ケンはジャンの手を握った。
「ああ、一緒に食べよう」
「よかった。兄さんは見かけによらず甘党だから…作ってよかった」
そこでジャンの声は途切れた。
「なんなんだ?」
生物兵器ジャンは物言わぬ躯と化した。最後は兄に看取られて。
「ジャンは、オレがここからいなくなった日に…最後の改造を施されたんだ。
おそらく、そのときの記憶のまま…正気を失って」
「…ケン」
「オレが一人だけ抜け出したから…一緒に連れて逃げればよかった。
家族想いのあいつが留まることを望んだとしても!」
「兄さん、これだ!」
ミラーの声がその場の空気を変えた。
ピンク色のピンポン玉みたいなものに向かって、武器を振りかざしているミラーの姿は滑稽そのものだった。
「これが最強生物。そうだね、ケン!」
ミラーが叫ぶ。
「…、そいつがジャンの腹を突き破ったのを見た」
「ケン、何があったんだ?最強生物はあの部屋にあるんじゃなかったのか?」
「…最強生物は、オレとジャンの細胞が合わさって初めて肉を持つ…と」
「な、それじゃ…」
想像したくないが、ジャンが執拗にケンと「交わる」のを望んでいたのは…。
「結果がこれかよ!」
ミラーは、レーザーメスでサクリとピンポン玉を真っ二つにした。
「終わってしまいました」
照れ隠しのように頭をかくミラーだったが、ふと首をかしげた。
「ややっ?いつの間にか増殖している」
「これは!」
「最強生物は、死なない生物なのか?」
「映画でこういうの見たことあるよ。下手な攻撃をするごとに際限なく増殖していくっての」
「ケン、ここには1万度以上の熱を放射する機械かなんかはあるのか?」
「…親父の研究室に行けば、もしかしたら!」
そういうわけで、オレはそのヌメヌメぴくぴくしたピンポン玉を慎重に二つ抱えて、もと来た通路を進んでいった。
「駄目だ!故障している。今すぐには…」
それらしき機械を前にケンが悔しそうに唇をかみ締める。
「おい、おい!これどんどんでっかくなってないか?ピンポン玉の表面に血管が見え始めてるぞ!」
ピンポン玉はいつの間にか野球ボールくらいの大きさになっていた。
「ミラー、なんとかしろ!」
「せ、せめて掃除機があれば…」
ミラーが機械をいじりながら呟く。
「ケン、ここには掃除機は?」
「ない。親父は衛生面には無頓着だった」
マッドサイエンティストにそういうものを求めてはいけない。
自分の弟を見て知っておくべきだった。
「打つ手はないのか?!」
そうこうしている間にも、両手に抱えるものにピクリピクリと脈打つ感覚が増えていく。
「気持ち悪りぃ~~!!」
豚の心臓か何かを生きたまま取り出したみたいな…。
「たしかに気持ち悪い…」
そう言ったミラーは、オレの手から最強生物を受け取って、リュックから出した蓋付きのバケツみたいなものに入れた。
蓋をして、バケツに着火した。
ぱちぱちと音をたてて、ゴォーと炎を発したバケツは猛烈な勢いで飛び立ち、天井を抜けていった。
「…」
「…」
「おまえ!なにやってんだよ!!」
「なにって?」
「どっか行っちまったじゃねぇか!」
「どっかじゃないよ、あれは太陽に向かっているんだ」
「太陽?」
「そうか!太陽ならば、その周囲は200万度以上。あれも消滅させられる」
ケンが言った。
「なるほど!でかしたぞミラー!」
「めんどくさいから飛ばしてみました…くりまんじゅうの恐怖から計算した結果さ!」
「何言ってんだかよくわからないけど、ひとまずは終わったな…」
ケンは、一息ついた。
そして、瞼を拭った。
「ジャン…」
「ケン。あんたも、もう終わりにしろよ」
「…そうだな」
顔を上げたケンに、まったく似ていなかったジャンの面影を見つつ、兄弟って不思議だな。
と、思った。
「あーあ、行っちゃった」
ケンの後姿が夕陽の中へと消えていった。
・・・・・・・・・・・・・・・・
近くの町まで車で行って、そこでケンは降ろしてくれと言った。
「ここでいい」
「でも」
「これ以上手間はかけさせられないさ」
ケンはそう言って、小切手を出した。
そこには、おそらくケンの全財産と思われるような数字が書き込まれていたので、
「こりゃ、少し高すぎる」
と断ったが、
「何もかも捨ててやり直したいんだ」
と言うケンに押し切られた。
「やぁ!これは帰りにドーナツのセットが買える」
小切手を手に取り喜ぶミラーを見て、ケンは嬉しそうに笑った。
「きみたちは、本当にいい兄弟…いや、いいコンビだ」
オレは苦笑いしながら、
「まぁな」
と答えた。
窓の外には満天の星空が広がっている。雲の隙間からは町のネオンがキラキラと輝いて見えた。
雲の上からだと世の中はこんなにも美しい。
車は再び空中にあった。
「そういえば、最強生物ってあのまま成長したら、どうなってたんだろう?」
あの肉の塊は、おおよそ霊長類の胎児とは姿が違っていた。あれは何だったのだろう?
「ただの肉の塊だったりして?」
ミラーがニヤリとする。
「よく考えたら、ケンとジャンの親父があれを使って、どうやって世界を混乱に陥らせるかなんて、わからないよな。あれがたくさん増えたところでどうなったんだろう?」
「兄さん、ずいぶん最強生物が気になるんだね?」
「そりゃ気になるさ」
うーん、と考えてみる。
たしかに、あれがどこまでも膨らんだら邪魔だ。ましてや、増殖したらもっとやっかいだ。
・・・・
「今回の冒険のタイトルは”裸の兄弟愛”かな?兄さん、それよりジャンは本当におかしかったのだろうか?」
「あきらかにおかしかっただろうが」
「案外あれがジャンの本当の姿だったんじゃないかなって、僕は思うんだ」
「だとしても、ジャンは…」
「ジャンは、僕を攻撃しなかった。前髪以外はね。兄さんにも本気で戦おうとはしてなかったみたいに見えたけど」
ミラーの寝ぼけたような瞼が少し細められたような気がした。
「”愛し合う兄弟”…とか言ってたな。あいつにはあいつの事情があったのかもしれない。
ケンには通じてなかったみたいだったけど」
「最初から最強生物にこだわってたのは、ケンだけだったのかもね。13個目のトラップも」
ミラーの言葉に、オレははっとした。
13個目のトラップがなかったのだ。
「13個目はジャン自身だったんだろうか?それとも…」
でも、ジャンが最強生物の母体だとしたら…。
「最後のトラップは…ケンだったんじゃないかな。あのままケンが研究所を抜け出さなかったら、ケンも改造されていたわけだし、ジャンを守る最後の砦としては相応しい」
「なるほど…それにしても、ミラー急に冴えてきたんじゃないか」
「前髪のない僕は、一日に5分ほどシリアスキャラに変わるのです!」
そう言って、ミラーはハンドルを握った。
「ところで、兄さんこのままベガスの空を飛び回ってみない?拍手喝采をあびてきっと楽しいよ!」
オレは、大急ぎでミラーの頭をぶん殴った。こいつは本当にやりかねない。
「常識で考えろ、バカ!まっすぐ帰るぞ…手前で降りてからな!」
「はいはい、ワンちゃんが排水溝にはまって…すぐに伺います!」
「ワンニャんレスキュー隊出動!!」
おかしなポーズを決めるミラーを部屋に押し込んで、オレは車に乗り込んだ。
「はぁ、またこれか…」
あいかわらず、「J&Mなんでも屋」には表向きの仕事しか来ない。
もう、ちょっと冒険じみた仕事がしたい…。
「どっからか仕事振ってこないかなぁ…」
「兄さん、ジャン兄さん」
通信機からミラーの声がする。
「あ、ミラーか。後にしろ、現場にもうじき着くから」
「お客さんだよ。ちょっと物騒な人たち二人組!このノリだと僕、記憶消されちゃいそう!」
「なぬ??」
物騒な二人組だと。やっと本業の客か!
記憶云々の意味はわからないが。
続いて、珍しく興奮したようなミラーの声が通信機から聞こえてきた。
「僕の友達から紹介された仕事なんだけど、ミクロネシアの遺跡から宇宙人製作のお宝を探して欲しいんだって。わくわくする!」
「は?宇宙人?友達は選べって、兄さん昔から言ってるだろう!」
「ともかく早く帰っておいでよ、兄さん!」
「わかった。…すぐに戻るから待ってろ!」
どんな怪しい客でも客は客だ。
やっと本業の仕事ができる。
オレは車のエンジンを吹かして、排水溝にはまった犬を救出しに向かった。
ーENDー
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