コッペリウスが研究室に帰ると、コンネットは骨格標本コッペリアの前に佇んでいた。
「私の恋人に何か用かな?」
「きみはいい・・・」
コンネットは、こころなしか寂しそうに瞼を閉じた。
「永遠の恋人を手に入れた。ああ、コッペリアはあの頃からずっと美しいままだ」
「君のお眼鏡にかなう相手はいないのかい?」
「私とダンスを踊ってくれる相手は、まだ見つからない」
そう言って、懐から薬瓶を取り出した。
「受け取ってくれ」
「・・・君ほどの逸材が医学会にいないのが惜しい」
「私は、どこにも留まっていられないのさ。これからも・・・」
コンネットが言い終えたと同時に、SSG本部内にサイレンが鳴った。
「なに?!」
研究室の扉が開いて、兎兎が血相を変えて飛び込んできた。
「TV!TVをつけるんだよっ!!」
リモコンを奪い取ると、兎兎は食い入るように画面を見ている。
「何が起こったのさ?」
「得体の知れないモンスターが強襲しているんだよ!都市部は大騒ぎ!」
「それじゃ、今回は第6部隊が出るね」
「現在、6・4部隊が出ています」
冷徹な声に顔をあげると、ドアの前に潤一が立っていた。
「二部隊も投入するほどの事態ってことかい?」
「数が多いらしい」
TVには逃げ惑う人々が、空を指差している。
「ほら、あの蝙蝠みたいの!」
兎兎が叫ぶ。
「あれは、たしか第4惑星ベガの野生種では?」
「あの密輸品が大量に繁殖したっていうの?!」
「よくわからないけど、少なくともそれが知的生命体なら、操っている奴がいるだろうな」
黙ってTVの画面を見ていたコンネットが呟いた。
「この種はそれほど知性は高くありませんが、親と認識した者の言う事を聞くとわかっています。もし、人為的な現象だとしたら・・・考えられますね」
潤一が頷いて、電話を取り出す。
「それじゃ、私は出かけるよ」
「こんな時にふらついたら、それこそリヒャルト長官に半殺しにされるよ!」
部屋から出て行こうとするコンネットをコッペリウスは止めた。
「私が見るに、これは愉快犯の仕業だね。きっとあの映像から遠くないところで、犯人はこの光景を見ている。そして、楽しんでいる!」
「だからといって!」
「わーい、私もっ・・・むぐっ!!」
飛び出していこうとする兎兎を抱きとめて、潤一は二人に目を向ける。
「一般人がどこへ行こうと勝手ですが、我々は非戦闘員。あなたを守れる保障はありません。
さらに、現場の戦闘員はもっとそれ以上ではないはずです。自分の身は自分で守れますか?」
「君・・・私を誰だと思っているんだ。私はコンネット・コーネリアス。どこまでも楽しさを追求する男さ。私が自分の身を守れるかって?私が望んでいるものは、そんなつまらなくはないのだよ!」
勝手に扉を開けて出て行ってしまうコンネット。
「ご友人が出て行ってしまいましたよ。いいんですか、Dr?」
「私に追えっていうのかい?あ~~・・・しょうがないね。そのかわり、医局の皆には、すぐ戻るって伝えておいてくれないか」
潤一は兎兎を抱きかかえたまま、頷いた。
「第3班は左翼から狙え!」
現場で指揮に当たっているリヒャルトの元に、都市部で逃げ遅れた住民が集められていた。
「皆さん、落ち着いてください。今から、皆さんを安全な場所に移送します」
リヒャルトの傍らで声を上げているのは第6部隊の凍牙だ。
「凍牙頼んだぞ」
「はいっ!」
・・・・・・・・・
「ここに紫の目をした男が来なかった?」
「コッペリウスか。なぜここにいる?」
先に飛び出していったコンネットを見失ってしまった。
いつも気が付くと、どこかにいってしまっている。
迷子の達人と言ってもいいレベルだ。
「知り合いがこっちら辺に来たみたいでね」
「なに?」
リヒャルトのこめかみに青筋が浮かんだ。
予想通りだ。
「我々とて、ここで手一杯だ。その迷惑な知り合いを早く連れ戻せ!」
「あいあいさ~」
迷惑極まりないコンネットを、この混乱の中で見つけなければならない。
さすがに、ため息しか出てこなかった。
「あはっ!!」
蝙蝠のような生き物の牙が剥き出しの腕に突き刺さる。
「無理やり抉ろうっていうんだ!」
血の匂いを感じた仲間がコンネットのまわりに集まってくる。
「さぁ楽しもう!享楽の痛みを!」
高々に声を上げながら、コンネットは素手で生き物を引き剥がし、その翼をへし折る。
血しぶきが飛び、白皙の顔面を真っ赤に染めた。
「どうした!私の求めるレベルの痛みに出会えないじゃないか!」
生き物の群れが一瞬怯んだように見えた。
しかし、一匹がコンネットの首筋を狙って鋭い牙を突き立てる。
「ああっ!それだよ。たまらない・・・」
身震いしながら、生き物の半身を握りつぶした。
だが、そいつは、痙攣しつつも首から牙を抜く気配がない。
「嬉しいねぇ・・・」
中途半端でいやらしい痛みはいらない。
腕や足に食いついている連中を片っ端から引きちぎりながら、コンネットは喘いでいた。
「どんどん痛みが麻痺してきてしまったよ。新たなる獲物はどこにいるんだろう?」
すると、目の前に人が現れた。
「コンネット!勝手に楽しまないでおくれよ!!探す私の身にもなってくれ!」
「そう言わないでおくれ、コッペリウス。私は・・・こんな機会めったにないんだから」
ボロボロの知り合いの姿を目にして、コッペリウスはあきれ果てた。
「昔から、手当てはしてやっていただろう。君は本当に手がかかるなぁ」
「私は、君に手をかけてもらう事を大切にして生きているんだ」
愚の根も出ない・・。
「さぁ、帰るよ。リヒャルト長官が怒るとめんどくさい」
「・・・この近くにいるはずさ、犯人」
唐突に、コンネットは言った。
「私が見つけたここが絶好の場所。騒ぎを起こす人の心理くらい読める」
すると、一般人らしい中年の男が歩道に転がり出てきた。
「た、助けてください!」
男はコッペリウスの身体にしがみつく。
「?!」
・・・無傷。
この血の匂いが充満している中で。
さすがにコッペリウスも異変に気づく。
「やぁ、君が愉快犯だ」
コンネットが血まみれの顔でニヤっと笑った。
「な、なにを?」
驚愕した様子の男の胸倉を引っつかんだコッペリウスが、
「正直に吐きたまえ」
と赤い瞳を鋭く光らせると、男はその腕を振りほどいて、腕を高々と振り上げた。
「チッ!おまえら、かかりやがれ!」
すると、一斉に蝙蝠の群れが二人に向かって襲い掛かってきたではないか。
「私は戦闘員じゃないんだよ!」
言いながら、コッペリウスは手にしたメスをダーツのように投げて、蝙蝠を的確に射抜いていく。接近してきた奴は得意の足技でなぎ払った。
コンネットは、というと・・・。
蝙蝠の群れに全身を覆い尽くされていた。
「ハーハハハハハハ!見ろよ!あんたのお友達は、全身を噛み千切られて事切れたぞ!」
男の渇いた笑い声だけが、通路に木霊した。
否、もっと底冷えするような声が微かに聞こえてきた。
「ククク・・足りないんだよ・・こんなもんでは・・・」
「!?」
「私が満足するやり方をしたまえ!!」
蝙蝠が一匹一匹と引き千切られて宙に舞う。
むせ返るほどの血の匂いが辺りに漂う。
男は思わず口元を覆った。
その身体に蝙蝠の臓物が叩きつけられた。
蝙蝠たちが怯んだようにコンネットの身体から離れていく。
「なんで・・・まだ生きているんだよ」
怯えたような声を聞きながら、血まみれのコンネットは興奮した様子で叫んだ。
「生温い!この蝙蝠共。私が望む通りにできないのかっ!!怯えてばかりで怒りが足りない。
なんて下品なんだ。おい、そこの豚野郎!」
そのままの姿で、つかつかと男の方へ歩いてくる。
「ひっ・・・ひぃ!!」
悲鳴を上げる男の腕を取り、
「おまえが、こいつらのかわりに私をいたぶってくれるのか?それもできないなら、おまえは、もはやこの世でいらない存在だ。さっさと消えるがいい」
そう言って、懐から薬瓶を取り出す。
「それって、まさか!!」
「これは、私用だ。例のブツの濃度を100倍に上げてある」
「ちょ・・」
コッペリウスが制止する間もなく、怯える男の口に1滴だけ薬品を垂らす。
「残念だ。愉快犯なら、少しは楽しめるかと思ったのに・・・」
背後に男の劈くような悲鳴を聞きながら、コンネットはコッペリウスを抱きしめた。
「私は、また望むものに出会えなかった」
「それはいいとして、手当てが先だ・・・」
倒れそうになっている身体を支えながら、コッペリウスは足を進めた。
「結果として・・・ヘッドを失ったあの蝙蝠たちは、SSGの戦闘員によって駆逐された。
さらに、住民たちの記憶を書き換えて、テロに対する避難訓練だと思ってもらった。
TV局には政府から圧力をかけてもらって、テープを押収。最後に放送を通じて記憶を書き換える電波を流してもらい、ネットの対応策は情報部にまかせてある。
今回の戦闘での負傷者は15名、そのほとんどが軽症で済んだ。…たった一人を除いて」
リヒャルトから報告を聞きながら、コッペリウスは肩を竦めて見せた。
「わかってるよ。私の知り合いでしょう」
「コンネット・コーネリアス。彼が独自に犯人を探し出し、身体を張って逮捕に繋げた…というのは認めるが、一般人にそこまでやらせたのは、おまえだ。組織としては、決して許されることではない」
「ふぅ~勝手に出て行ってしまったんで、救出しに行ったんだがね」
「報告書にはそう書いておくとしよう・・・これ以上、手間をかけるな」
「すまないね。・・・彼の記憶は私に任せてくれ」
コッペリウスが研究室に戻ると、不服そうな顔で横になっているコンネットと目があった。
「つまらん」
「医務室よりは楽しいと思うよ」
「ふーん」
手にした臓物の標本を覗き込んでいるコンネット。
「あの時、君が持っていた薬だけど、効き過ぎたらしくて犯人は発狂寸前だったらしい」
「なるほど、興味深い・・・。もう一度、彼に会ったら謝っておいて」
「よく言うよ・・・」
「今日で、君ともさようならだね」
「傷が治るまで居ていいって、長官が許可を出した」
「いや、今日で帰る。どうせ記憶を消されるんだろ。その前にお願いがあるんだ」
コンネットは、スルリと立ち上がった。
「君のコッペリアと一度踊りたい」
「どうかね?コッペリア」
コッペリウスは頷くと、骨格標本の手を取り、コンネットに引き合わせた。
「私の恋人はダンスがうまいんだ。くれぐれも足を踏まないよう気をつけて」
「ああ、わかっている」
クラシックが流れ始めた。
-永遠のダンスを踊りましょう-
「私と永遠に踊ってくれたまえ・・・誰か」
-肉体が朽ちても、変わらないもののために-
「コッペリア、君の手は暖かいね」
-心が渇く時は、ここへいらっしゃい-
「切ないほど美しかった。彼女は」
「コッペリアが語りかけてくれるのは、私と君くらいのものだ」
音楽が終わると、一瞬辺りが明るくなった・・・。
記憶を書き換えるライトがコッペリウスの手の中で光っていた。
「ところで、あの人はもう帰ってしまったの?」
「ああ、うん」
数日後。
医務室に兎兎と潤一が来ていた。
「私、友達になろうと思ったんだよ。残念・・・」
「一体、あの人は何者なんですか?」
しょげかえる兎兎とは裏腹に、潤一は訝しげだ。
「私の昔からの知り合いとしか言いようがない。今、何をしているかなんてわからないし、どこにいっても留まれない人だし」
「それでも、Drに薬を渡していったのでしょう。医学会の関係者ですか」
「別に、そういうわけじゃない。あれは彼の趣味だ」
「どういう薬なの?」
兎兎が首を突っ込んだ。
「人の神経を鋭敏にする薬さ。それと同時に傷口の感覚は麻痺する。言い方は難しいけど、麻酔が使えない人に使えたり、意識がなくちゃ困る手術なんかにも使える。だから、自分で自分の治療をしたり、解剖をしたりする時にも便利なんだよ。局所麻酔ではできないような箇所でも、意識をしっかり保って、作業が行えるのさ」
潤一は「・・・うげ」と言いかけて、「私がこんな下品な物言いをしてはいけません!」と言いなおした。
「ずいぶんと便利で、えげつない薬ですね」
「すばらしい薬だよ?しかし、例の犯人に使った奴は、コンネット専用でね。この薬より100倍の効果がある。風が肌に当たっただけでも相当の苦痛をもたらす。だが、外傷には効かないわけだから、面白いよね。・・・そういう意味では、覚醒した意識の中で、鋭敏になりすぎた神経を逆撫でされながら苦痛に喘ぎたい人向けだね」
「・・・・っ。まさに変態だとしか思えない」
苦々しく吐き捨てた潤一の横で、兎兎がう~んと考え込んでいた。
「でも、その感覚はわからないでもないよ」
「兄上っ!!いくら心が広いあなたでも、変態にまで理解を示す必要はないですよ」
「そうじゃなくてね・・・実は、私は髪を乱暴に梳かされるのが大好きなんだよ。
私、どうされてしまうのかしら?なんて考えながら、その人の手の中に私の髪の命運が握られてる・・・それを意識するとゾクゾクしてしまうんだ」
「兎兎、君はマゾなのかい?」
問いかけたコッペリウスは、潤一の鋭い視線を食らった。
兎兎は首を振り、
「私が理解できたのは、コンネットさんがさらに上位から相手を支配しようとしてたことだよ。”私の髪を乱暴に梳かす人”は、私と言う媒体がなければ存在できないんだから!」
だからといって、たぶんサドじゃないんだ・・・と続けた。
「なるほど・・・今度、ぜひとも君を正式に紹介してみたいよ!」
よろしく頼むね!と手を握り合うコッペリウスと兎兎。
「あ、でも彼の記憶は・・・」
クリクリと上を見ながら、言いにくそうにしている兎兎に、コッペリウスは斜めの笑みを投げかけながら言った。
「さぁどうかね・・・私は、規定どおりの方法をとったつもりだけど」
後日談:
「そんな面白いことがあったのか!」
SSG内の食堂で、マーマイト片手に騒いでいるのはRQだ。
ピーナッツバターと揚げバナナを乗せたトーストに、たっぷりとマーマイトをつけてご機嫌である。
「食事中は静かにしろ!」
リヒャルトから飛んできたナイフを片手で受け止めながら、
「あーあ、こんなんだったらイースター島の出張に行かなければよかった~~」
そう言って、大げさに嘆く。
「そういえば、Drの知り合いが犯人を捕まえたんだよ」
兎兎がカレーパンを片手にやってきた。
「ほう!イカした奴がいたもんだ。強いのか?」
「うーん、強いというより、君と同等レベルの自虐的な人で・・・」
「おいおい、オレは自虐趣味なんてないぜ!オレを虐げられるのはリヒャルトだけだ」
今度は、フォークが飛んできた。
それを頭でキャッチして
「48通りくらい攻撃パターンを想像できるんだ。いや、それ以上かな?」
と言いながら、嬉しそうにフォークを抜く。
「貴様には付き合ってられん!」
食堂から出て行くリヒャルトを追って、RQも出て行った。
「ところで、あの犯人が第4惑星ベガの野生種と接触できた理由ですが、背後にはかなり大きな組織があるようです」
彼らとは入れ違いに食堂に入ってきた潤一が、兎兎に言う。
「なるほど、それじゃ私たちはますます忙しくなるね!」
確認されている限り、この中で一番暇そうな兎兎は腕まくりをして、ガッツポーズを決めたのだった。
-この間はどうも。楽しい思いをさせてもらったよ。私の飼い犬たちはなかなか言う事を聞いてくれない。新たに誰か私の犬になりたい人がいたら、連れてきて欲しいものだ。あの豚野郎だけは遠慮したいがね-
「・・・だったら宛先くらい書いてくれたまえよ・・・あいかわらずだね」
届いた手紙を読みながら、コッペリウスはため息をついた。
思ったとおり・・・記憶は・・
一般的な世間の中には生きていない人物だ。
心配は要らないだろうが、あの才能を野放しにしておくには惜しい気がした。
だから、黙っておこう。
いつの日か、再び彼が自らここにやってくる日まで。
「そうだよね、コッペリア」
ぽっかりと空いた眼下が微笑んだ気がした。
コンネット・コーネリアス氏~イメージ画~

| END |
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