-バスルームにて-
ここだけの話…。
泣く子も黙るSSGの長官が風呂好きだと知っているものは少ない。
しかも、数種類のハーブを丁寧にもブレンドして「癒しの湯」を目指しているなど…。
SSG内の長官親衛隊本部、通称「黒猫倶楽部」では、本日、実に重要な会議が開かれていた。
もちろん公の仕事ではないが、出席している面々の表情は真剣そのもの。
「先日、第5部隊のセージ君から僕の元に連絡が入った」
重々しい口調で親衛隊長の凍牙は一通の書類を提示する。
「君が見たものを正確に説明したまえ」
「はっ!」
第5部隊のセージは、背筋を精一杯伸ばし起立したまま話し始めた。
「実は、先日、長官殿のお部屋のそばで控えていたところ…」
発言の途中で、その場の空気が凍りつく。
そこで、凍牙がストップをかけた。
「あらかじめ言っておくが、セージ君は僕の命令で長官殿の警護に当たっていた。
決して、誰かのようにいかがわしい目的でそこにいたわけではない」
一瞬、殺気を帯びていた空気が和らぐ。
「続けたまえ」
「ち、長官殿が大きな紙袋を持って帰っていらしたのです。そして、まわりをそっと伺うようなご様子で…その後に落ちていたのは…」
「これだ」
凍牙は、まわりに提示してみせる。
手に持った小さなドライフラワーのようなもの。
「これはハーブだ」
どこからともなく、おおっ…と歓声があがる。
「さて、問題はこのハーブを長官殿がどのように使われているか」
「ハーブティーですか?」
「その答えも考えた。だが、ハーブティーのためにそんなにも大量のハーブを必要とするだろうか?それに、ハーブティーなら、とぼけた顔の占い師のところでかなりの種類が飲めると思ったが…」
ビビイビ~~~!!
突然、電話のベルが鳴った。
「隊長!情報部からクレーム電話です!”兄上の悪口を言うな!”だそうです」
「うるさいから切れ!」
ふぅ…。
一息ついて凍牙は皆の顔を一瞥した。
「ほかの意見は?これでは、長官殿のお望みをいつでもベストな状態でかなえようという我が黒猫倶楽部の存在価値が下がってしまう!」
凍牙を含め、その場の意見としては”食い物、飲み物”説の域を出なかった。
だが。
散々考えた末に、黒猫倶楽部の結論は「ともかく長官殿にハーブを大量にプレゼントしよう」という事でまとまった。
実際、それを実行してみると…。
「今日は、私の誕生日でもないのに?」
大量のハーブを目の前にして、目を丸くしているリヒャルト長官。
「セージの実家から送られてきたんですよ。第5部隊でもこんなに大量のハーブティーを飲みきれませんから、せめて長官殿にと思いまして」
この手の嘘は、黒猫倶楽部の常套手段。
だが、これまで一度も疑われたり失敗したことはない。
満面の笑みで凍牙はリヒャルトにハーブを差し出した。
「ありがとう」
信じられない!というくらい嬉しそうな、それでいてどこかほっとした表情で、ハーブを受け取り、リヒャルトは「でも、本当にこんなにもらってもいいのだろうか?」とはにかんだような笑みを浮かべた。
次の日。
「萌えだったんだよ!萌えっ!!」
黒猫倶楽部では、まるで別人ように興奮している凍牙が、その時に隠し撮りしたリヒャルトの写真を現像していた。
「セキュリティーカード入れに入れたい人は、並んで!」
あっという間に親衛隊以外の人間まで入り込み、黒猫倶楽部の部屋は満員御礼となった。
「本当にありがたい」
もらったハーブを独自の感覚でブレンドし、束にして、湯船に浮かべる。
服を脱いで、そっと湯に足をつけてみる。
「いい湯加減だ」
リヒャルトは湯に全身を浸らせながら、今日初めて一息ついた。
SSGの長官には、休日というものがない。
もちろん、休もうとすれば休めるのだが、別の国の戦場で命を懸けている部下がいると思うと、一日中休むのは気が進まない。
しかし、一日の間に気を抜きたい瞬間が、まったくないと言ったら嘘になる。
まさに、この時間はリヒャルトに許された、ほんのわずかな癒しの時間なのだった。
ゆったりと時が流れる。
そういえば、凍牙はこのハーブをくれた後、こう言っていた。
「長官殿がこのハーブを楽しんでおられる間は、誰にも邪魔はさせません。長官のお部屋の警護を怠らないように命じておきます」
「…頼りになる部下を持ったな」
「ああ、そのとおりだ。おかげで不愉快な心配をしなくても…」
「おかげで手間どっちまったぜ」
いつの間にか聞こえてきた声に振り返ってみると、裸の足が見えた。
視線を上に上げると…
「やぁ!」
だいぶ上のほうにある顔が当たり前のような顔で、こちらを見下ろしている。
「あ?」
「このままじゃ寒いから入れてくれ」
「…」
リヒャルトがもう一度視線を下げると…
「あ、…が…」
普通の人は隠すべきところが、圧倒的な存在感とともに視界に入ってきた。
「どっか普段と違うか?」
「ぎゃーーーー!!!」
「おいおい。そんなに驚かなくても」
「ばかっ!きさま服を着ろ!」
「風呂場で?」
素直に首をかしげるRQ。
「その前に、ここから出て行け!」
「このままで?」
その頬にはからかうような笑み。
「服を着るまで待ってやるから…」
「そんなことしてたら、あんたがのぼせちまうだろ」
「お、おまえの服は、タンクトップとスパッツだけ…」
リヒャルトがそう言っている間に、RQはバスタブに片足を突っ込んでいた。
「ば、ばかっ!私はおまえと入るなどとは言ってない」
「実は、服燃えちゃってさ、ここにしばらくいさせてくれないか」
「は?」
「あんたの頼りになる部下のおかげで、オレはここに忍び込むのに火炎放射器の上を通らざるを得なくなったというわけだ。できれば、あんたの仕掛けたセキュリティはうまく避けたいんだが、第5部隊のセージ君の警戒網が厳しくてな」
「ほぉ。おまえにそこまで言わせるとは、面白い」
「セージ君は戦闘部隊じゃなくて、ガードのほうがいいんじゃないか。あの集中力をもってすれば、そのほうが生かせるとは思う」
「ふ~む…ん?なんで、いつの間にか風呂に入っているんだ?!」
「細かいことは気にするな!」
RQの手は、湯船の中にあるリヒャルトの背骨の終着点を探り当て、指先で擦った。
「こ、こんなところでっ…やめろ!」
RQの手がさらにゆったりと広い部分を撫で始めたので、リヒャルトは身じろぎながら逃れようとする。
「抓ったりしたら…!」
そして、うっすらと潤んだ大きな瞳で、後ろにいるRQを睨み付けながら
「ただじゃおかない!」
「可愛いなぁ、あいかわらず。今日は抓らないよ」
「う…」
「せっかく風呂に入ってるんだから、身体洗いっこしよう」
RQの手にはタオルが。
「だれがっ!」
やわらかい感触がリヒャルトの背中を包み込んだ。
「綺麗だ」
「ここは私の風呂だ。私の…」
段々と声が小さくなっていく。
他人に背中を洗ってもらったのはずいぶん昔の記憶だ。
信じられないほど、優しい。くすぐったいような感じ。なぜか拒絶できない。
「もっと強くしてもいいから」
「いつも、そんなに乱暴に扱っているのか」
声が近い。囁くように耳元に聞こえるのも同じ。
そして…前にもたしか聞いた台詞。
「も・大丈夫だから…」
リヒャルトが気恥ずかしさに顔を伏せると、RQはタオルを手渡し
「じゃあ、今度はリヒャルトの番」
くるりと背を向けた。
「え…」
広い背中が目の前にある。
リヒャルトは、そっとタオルでRQの肩を拭った。
「なんだかくすぐったい!」
「しょうがないだろう///おまえだってこうやって…」
もっと強い力で動かしてもいいとは思う。
でも。
「どうした?」
かけられた声に思わず身体を震わせる。
「なんでもない」
こうして生の背中を見るのは初めてだった。
鋼のような力強い壁。
いつもの…知っている男の背中。
この背中は私に拳を放つ時どのように動くのだろう、私を…抱くとき…どうやって…
「リヒャルト?」
手を止めたまま、動かないリヒャルトにRQは振り返り、
「もうのぼせたのか?」
「…大丈夫だ」
そうしてゆっくりと手を動かし始めた。
だが、すぐに止めてしまう。
「気分悪い?」
「そうじゃない…そうじゃない、でも少しだけ…」
タオルをはずして、リヒャルトはRQに気づかれないくらい、そっと両手を背中に当てた。
数秒間、目を閉じてみる。
ー何をしているんだ、私は…ー
震えがおきそうなほど、苛立つ気持ち。
ーどうか…気づかれないようにー
…このままこいつが動かなければいい。もう二度と振り返らなければいい。
「リヒャ…ルト?」
振り返ろうとするRQに
「おまえの顔なんか見たくない」
とリヒャルト。
そのうち、RQは振り返り、リヒャルトをその腕の中に収めた。
すべてが流れるような動きのまま。
「抱きつかれるのは後ろからでもいいが、抱きしめるのは前からのほうが好きなんだ」
RQの言葉に、リヒャルトは何も答えなかった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「おまえのせいで、せっかくの癒しの時間が台無しになった」
「癒しの時間が熱愛の時間になって、よかったじゃないか!」
「だまれ!ばかっ!」
温まりすぎた身体にシルクのシーツは冷たく心地よい。
「さっきみたいにキスして」
「!」
あの後、誘われるように唇を重ねてしまった。
滑る様な舌先が口内から体中を内側から犯し…
「あのバスタブ幅が広くてよかった。あんな格好見られたし」
「う、うるさい!!」
身体を半分湯の中に漬けられたまま、両足を広げられて…
「湯が少なくなっていたせいで、余計にエッチで」
「おまえが入ってこなかったら、湯はあんなに減ってはいなかった!」
刺激を受けたものが露わにされて…
「そこだけ湯からちょこんと出てるのが、すごく可愛かった」
「その口を閉じろ!」
「ハーブ風呂、違う風呂になっちまったけど、気持ちよさは倍だっただろ?」
次の瞬間。
RQの頭は枕の下に沈められた。
「おまえのせいで、私の癒しの時間は台無しになり、睡眠時間は減った。少しは静かにしていろ!」
「リヒャルト、明日からしばらくオレが白いシャツでGパン履いてても好きでいてくれるよな?」
「むしろ、ずっとそのままでいてくれ…」
「うん…どうしようかな」
お互いに眠そうな顔をしているのを見て、どちらともなく毛布を身体にかけ、身体を寄せ合った。
「おはようございます!長官殿」
凍牙が長官室を訪れた時、リヒャルトは昨日使ったハーブを処分している最中だった。
「その…、ひとつお聞きしてもいいですか?」
「なんだ?」
「リヒャルト長官は、そのハーブをどのようにお使いになっているのですか?」
「風呂に入れている」
「なるほど!ハーブ風呂ですね!」
ー意外だった!だが、それはそれで、萌えだ!ー
凍牙は自分でも気づかないくらい爛々と瞳を光らせながら、
「使用済みのハーブは僕に処理をさせてください!ぜひとも!」
「ああ。それは助かる」
ーそうして、使用済みハーブは僕が使用するのさ!長官殿のエキスが染み出ている風呂!
最高じゃないかぁぁぁぁあ!!!ー
「凍牙!鼻血が出ている。大丈夫なのか!?」
「体質なんです!はい!」
「そうか…」
「ところで、リヒャルト長官。昨日よりもお顔がすっきりとしていらっしゃるように見えますが、やはりハーブ風呂は効きますか?」
「え!…あ、ああ。まぁな」
心なしか、頬を紅潮させたリヒャルトを見て、凍牙は効果は絶大と踏んだ。
そして、ハーブを送った自分を褒めてあげたいような気持ちにもなった。
「よかったですね!」
「ああ、感謝している。第5部隊のセージにも礼を言っておいてくれ」
「はいっ!」
昨日の使用済みハーブを大事そうに持っていく凍牙の姿を見送りながら、リヒャルトは「本当にいい部下を持った」と一人心地つぶやいた。
あのハーブには、あいつの匂いが残っていそうで、どうにも精神的によろしくなかった。
朝一番に処理しようと考えていた時に、ちょうど片付けてもらえた。
「私は、本当に頼りになる部下を持った…」
リヒャルトは、使用済みハーブが数時間後には焼却炉で燃やされていると信じていたが、まさか、その晩、凍牙がハーブ風呂を楽しんでいたなど知る由もなかった。