-超番外編 小田原-
「トト・・・どこかへお出かけしようか?」
ジュールが言った。
「・・・・」
トトは、まだベッドの中でモジョモジョ・・している。
寒さの厳しいイルミーネの冬が終わりかけ、春が始まる頃。
イルミーネの人々は一種の倦怠感に襲われる。
ふんばっていたものが途端に解けてなくなってしまう…そのような状態になるのだ。
一種の集団鬱状態である。
特にトトは落ち込んでいた。
このところ、仲のよい人々がなぜか遠くに行ってしまうという不運に見舞われているのだ。
トトが今年の占いを見たところ、やはりそのように出た。
「占いが当たっているんだよ・・」
悲しそうな口調でトトは言う。
「再来年はとてもよいと出ているではありませんか」
反オカルティストジュールは占いをあまり信じてはいない。
占いをすることすら本来なら断りたいところなのだが、王室の儀式なのでしかたなくみてもらっているだけである。彼は、1年前から大絶頂の時期に入っているらしい。
「ジュージュはいいんだよ、今年がいいから・・・」
恨めしそうにトトは言う。
「関係ないと思うけどなぁ・・」
ジュールはあいかわらずクールである。
「運がよくなる再来年まで私がこの状態を耐えられたとしたら、私は運に頼らずとも生きていけるくらい無敵になっているよ・・きっと・・・・」
「あいわからずポジティブじゃないですか」
ジュールはそう言ったものの、トトは以来寝床が第二のリビング状態となっている。
ここのところ、一緒に横になっていると、じっと露を溜めた瞳で考え込み、涙を零している事などもあるので、さすがに心配になったジュールは、トトを外へ連れ出すことにした。
「海を見に行く」
と、トトは行った。
で!
ここは某国。
以前、江ノ島に行ったこともあるので、いろいろこの国の様式には慣れている。
国を抜け出して遠出の理由は、またも隣国の友人につけてもらった。
「サンには苦労をかけるよ・・」
いつもは、隣の国の王様といい意味で都合をつける仲なのに、やはり今日のトトはマイナス志向気味だ。
「また借りを返す時がくるから、大丈夫だよ。大体、あの人がただで話を請け負うはずはない」
ジュールは隣国の王と仲が悪い。
Give And Takeの隣国バストールのやり方を彼は皮肉ってみせた。
「あは・・は・・そうだね」
トトは軽く笑った。
「これから電車に乗るんだね」
ここからは、東海道線に乗って小田原まで行く。
これが今回の旅の目的。
「海が見えるんでしょう?波に触ったりもできるの?」
「うん。駅からそう遠くないみたいだから」
「グリーン券買ったよ」
ジュールはトトにカードを渡した。
落ち込んでいるときには、ちょっと贅沢したい。
二人で席に座った。
「これを食べようと思う」
ちゃっかり、トトはキヨスクでチーカマを買ったらしい。
しかし・・。
「あけられないよ!」
トトが叫んだ。
チーカマはしっかりビニール包装がされていて、しかも開けやすいようなテープ等も付いていない。
「っ・・!!」
一本もらったジュールも開けようとするが、薄い表面のビニールが取れただけだった。
「あかなっ・・食べられない・・!!」
「うおうっ・・チーカマごときに負けてたまるか・・!」
「うぉぉぉ!!」
雄叫びとともに、トトは親指でチーカマのビニールに穴を空けた。
もちろん、指がチーカマに埋まるような・・そういう状態で。
「あけられたよっ!」
トトは、チーカマを突き刺したまま親指を立てる。
グッ!のポーズ。
しかし、ジュールはグッ!どころかウッ!と言った。
「ううっ・・嫌だなぁ・・チーカマが爪に入りそうで。そうならないためにスマートな開け方をしようと思っていたのに・・」
「でも、これじゃなきゃ食べられないんだよ!」
「うん、そうですか。そうですね・・」
しかたなさそうに、ジュールも同じようにチーカマに指を突き刺した。
「ううっ・・嫌だなぁ・・」
と言いながら。
「神様が与えた罰なのかな?」
チーカマを食べ終わったトトが言う。
「・・そんな事ないと思うけど」
トトは…たぶん、最近身の回りで起こった様々な事について言っているのだろう。
ジュールは一瞬チーカマの事かと思ったが、トトの深刻な顔を見てそっちの事だとわかった。
「私は誰かに対して、精一杯の気持ちで一緒にいることができなかったから、こういうふうになったのかなぁ?」
「自分が悪いなんて思わないほうがいいよ。何かし続けていれば、失ったものはもっと素晴らしい形で帰ってくるから」
「本当に帰ってくる?」
「ああ、本当だよ。たとえば、私にとってはあなたのようにね」
経験談だと、ジュールは笑った。
「私、何が怖いのか、何が悲しいのか、よくわからないんだ」
「それは不安というんじゃないの?」
「うん、たしかにそうなんだけれど…」
まわりから人が消えていくことに、悲しいはずなのに、どういうわけか受け止めきれない自分がいる。
悲しみのあまり受け止めきれないのか、現実を拒絶しているのかは不明だ。
「思い出が恐ろしいの」
夜という時間は、怖い。昔からそう思ってきた。
明日に向ける時間は、思い出と向き合う時間だ。
楽しい嬉しい思い出が失った悲しさへと変わる時間でもある。
「楽しい思い出に心が支配されて、どうしようもなく悲しくなってしまう。
今夜もまた泣いてしまう」
そう言って、トトは悲しそうに目を伏せた。
「泣いてもいいよ、いくらでも。一緒にいるから。気がすむまで泣けばいい。
そのうちにすっきりする時も来るだろうから」
「うん、ありがとう」
「あとね、楽しい思い出は自分を幸せな気持ちにさせるためにあるんだよ。
あなたを悲しませるためにあるわけじゃない。
それに残酷な言い方だけれど、どんなに楽しい気持ちになっても、それは次の瞬間から過去になってしまうもの。
どんなに幸せでも、つねに何かを失って生きていることに変わりはないからね。その中で楽しいものはよいものだと思わないと損してしまう」
「そうだね。…でもしばらく泣いてしまうかも」
そう言って、トトは笑顔を見せた。
「だから、ここで泣いちゃってもいいよ~!」
ジュールは、人差し指でトトの頭をぐりぐりといじった。
「やだよ!泣かないよ!こんなところでっ!!」
トトが頭を振って抵抗する。
ジュールはクスクスと笑って、トトの手からチーカマのゴミを受け取った。
~小田原駅~
「やっと着いたね」
「海を見る前にお城を見るの」
小田原駅には小田原城への案内が出ている。
二人でもそもそと歩いていくと、途中で日本酒の看板がでている居酒屋があった。
「あ、お酒が飲める」
トトは言った。
「でも、ちょうど中途半端な時間ですよね・・」
ジュールが時計を見る。お昼すぎ。
居酒屋はもうじき夜の準備に入るだろう。
「じゃあ、帰りに呑む」
「夕食を食べるんじゃなくて?」
「うん、呑む」
トトは自分で思っているほどお酒が強くない。
「じゃあ、今日のお約束は1合まで。それ以上は何があってもダメ」
「やだよ!最低でも3合は呑む」
「お約束が守れないようでは、寄らないよ」
最近、ジュールは厳しい。
というのも、少し前二人で呑みに行った時、トトが調子にのって日本酒2合とウィスキー1杯と
焼酎3杯を呑んで急性アルコール中毒を起こしかけ、医者の助けを必要としたことがあったからだ。
ジュールは、その時の事で責任を感じているらしい。
トトも、その時の事でジュールには何も言えないほど申し訳なく思っていたので、しかたなさそうな顔で「うん、1合だけにする」と返事をかえした。
居酒屋の前を通り過ぎ、坂を上がると森のようなものが見えてきた。
「小田原城」
と、看板に書いてある。
木々の多い道を登っていくと、突然視界が開け、大きな白い建物が現われた。
「お城だ」
白塗りのとても均整のとれた城郭。
華美ではなく、均等さが美しい。
「このお城は、とても真面目で清潔感のある抜け目のない人が立てた城に違いない」
トトは城を見上げて言った。
「まるで、知人のように言うね」
ジュールが笑う。
「そんな気がしないか?きっと生真面目な人なんだよ」
二人は、早速城の中に入ることにした。
城の1階フロアは文化財などが展示されている。
琵琶を見て、トトは「リュートだ!」と言った。
「琵琶だよ~」
ジュールが訂正する。
「リュートなんだよ」
「う~ん」
その後、トトは寄木細工などを興味深そうに見ていた。
2階フロアは戦国武将のコーナーだ。
小田原城は、後北条氏の城として有名だ。
もちろんその後、大久保氏の居城となったが、やはり小田原城といえば後北条氏だろう。
カラス越しにずらりと並んだ北条早雲からはじまる当主の肖像画を見ることができる。
「ほら、やっぱり清潔好きそうな人達だよ」
トトが言う。
「うん、そうだね。当時としてはなかなか細面でいい男だね」
ジュールは、自分の頬を撫でながら言った。
傍目から見ると、ガラスケースに映っている自分の顔を見ているように見える。
能の中に、豊臣氏に滅ぼされ自害した北条氏政が仏に救いを求めるという話がある。
その能面もここに展示してある。
「般若だ!」
隣にいた若者が、氏政の面を見ていった。
「般若の面って、鬼の面より怖いと思わない?」
トトが聞いた。
「うん、そうだね。どうしてだろう…女性の怒りみたいのが出てる気がする。
男の怒りじゃなく女の…悲しさとか悔しさがにじみ出ているから、怖いんじゃないかな…」
ジュールは答えた。
「そう…般若って、悲しい顔してるんだよ。悲しくて悔しくて…耐え切れなくなって鬼になった。…そういう顔」
「…私はあまり好きじゃない。こういう顔は……」
ジュールは、それでも面を凝視し続けた。何か考える事があるらしい。
「ジュージュ」
「…ああ、もう行きましょう」
トトの手を掴んでジュールは歩き出した。
「刀を見るんだよ」
トトは、武器のコーナーに進んでいった。
母が剣をやっていただけあって、当人もこういったものに興味があるらしい。
「綺麗だねぇ」
日本刀は一種の美術品だと聞いた事がある。
特に、彫り物が施されている短刀は一見の価値がある。
「ああ、少し怖い気がする」
ジュールは、指先を見ながら話した。
もし、ここに指を添わせたらどうなるのだろう?
などと、恐ろしい想像をしているらしい。
3階フロアは全国の城の写真が展示してある。
二人で回って見ていると、小さい子が親に城の名前と歴史を話していた。
「すごいねぇ、あの子」
トトが小声で言う。
「将来の歴史博士だね」
そんな事を言いながら、4階フロアに向かった。
4階は展望室になっている。
扉から天守閣の外に出て、城の周りの風景を眺める事ができる。
「ああ!海だ!」
頬に当たる潮風。
手前は相模湾だが、遥か向こうは太平洋が見える。
山の方を見つめてトトは言った。
「イルミーネが奥に潜んでいる」
「どこの山かな?」
ジュールがふざけたように遠くを見つめた。
「なんとなく気分がよくなったよ」
「海を見ると、気持ちがすっきりするよね」
階段を降りて、城から出る時にトトはあくびをした。
「どうしてかなぁ…このお城に入ると気持ちが落ち着いて眠くなってしまう・・・」
外もちょうどよく日が差していて、ひなたぼっこにはいい気候だった。
二人で城の前のベンチに座ると、トトは目を閉じてウトウトし始めた。
気持ちがさっきより落ち着いたらしい。
ジュールはトトの肩を寄せて、城を見上げた。
ジュールの脳裏に先ほどの般若の形相が浮かんだ。
あの般若面の悲しそうな苦しそうな恐ろしさは、母が持っていたものだった。
彼女の表情を思い出してしまう。
あなたのせいで…この命が厭わしいと感じたことがあったけれど・・・。
私が、あの時もっと大人だったら、あなたの悲しみも辛さもわかってあげられたのに…。
「・・ん」
もそりと動いたトトを引き寄せて、ジュールは思った。
でも、今は…。
トトの体温を近くに感じて、ジュールはその髪をすくように撫でた。
陽だまりのような暖かさと、愛しさが広がっていく。
-母に感謝している。今を生きさせてもらっている事に-
「海に・・・行く・・」
やがて、目を覚ましたトトがそう言った。
城から15分くらい歩いた先に海岸が見えた。
「海だ!いくよ!」
トトが歩きだす。
「トト!ちょっと待って。そこ砂!」
「えっ?!」
一歩踏み出したトトの靴が砂に埋もれ始める。
「うわっ!でも大丈夫。軽やかに、軽やかに歩いてみせる…」
そう言って、トトは再び歩き始めた。
その歩き方は軽やかというより、ペンギンの歩き方に近い。
「まぁ・・いいか・・」
ジュールも砂に歩みを進めた。
トトは普通の靴を履いていたので、砂が靴の中に容赦なく入ってくるが
ジュールの靴はショートブーツだったので、結構余裕そうである。
「いいなぁ、ジュージュの靴!うわっ、早くも砂侵入!」
トトがきゃあきゃあ騒いでいる。
しばらく歩くと、波打ち際に到着した。
「波に触るんだ!」
「あまりそっちに行くと危ないよ!」
ジュールの言う事も聞かず、トトは変な声を上げながら波に近づいていく。
「にょ!にょ!波に触るんだ!」
恐る恐る波打ち際に手を伸ばし、トトは海水に指をつけた。
「ひゃ!触った!しょっぱい」
指を舐めたりしている。
「よし、もう一回」
「やっぱりしょっぱい!」
波と遊んでいるように見えるトトにジュールは言った。
「ここらへんで、一度”バカヤロウ!”と叫んでみては・・」
「うん・・そうしたら、気持ちがすっきりするかな?」
トトはまわりを見回す。人はまばらだ。
「あ、あー・・・あ・・あー・・」
ためしに発声練習してみる。
「あーーーーー!」
少し大きめの声で叫んでみた。
「・・・」
「・・・」
声は広い海に吸収されて、実際どのくらいまわりに響いているかわからない。
「・・・」
「・・・」
「・・やっぱ、やめとくよ」
「そう・・」
どこまでも続く広い海を背にして戻る途中、トトは言った。
「バカヤロウと叫べるほど、落ち込んでいないって事だね・・」
後ろから着いてくるトトの表情が少し暗かったので、ジュールは足を止めて振り返った。
「本当に・・・」
「・・?」
ジュールの腕が伸びて、トトを包み込む。
「かわいいんだから」
「??何それ?」
「…何でもない」
向こうから知らないおじさんが歩いてくる。
トトが顔を上げて、瞳を閉じる。
やがて、口に柔らかい感覚が当たった。
何度も・・。
たぶん・・おじさんが目を丸くしているだろうな。
バカヤロウと叫ぶ以上に恥ずかしい事をしているのに、不思議となんとも思わない。
ジュールの腕の中が心地よすぎるからだ。
トトは思った。
「お城の方に戻るんだよね」
海からの帰り道。
トトはふと考えて言った。
「海ってさ・・人を大胆・・っ!!!!」
その発言を吹き飛ばすような突風が吹いた。
海って人を大胆にするよねって言いたかったのにっ!!
あわてて、髪の毛を押さえる。
「江ノ島第二号?!」
以前、江ノ島に行った時の事を思い出しながら、ジュールは叫んだ。
「頭が箒になってしまう!」
「とうもろこしのヒゲ!」
「それは別の毛!」
しかたなく二人でお互いの髪を直した。
城を通り過ぎ、先ほどの店の前まで来た。
「じゃあ、入ろうか」
席に着くや否や、トトはさっそくお酒のメニューを見始めた。
「あ、この地酒おいしそう!」
「じゃあ、これを二つもらおうか」
「それと、このおでんも食べる!」
やがて、二人の前に酒が運ばれてきた。
「ふふ・・いただきまーす!」
「…嬉しそうですね」
ふふふ・・と笑いながら、トトは酒に口をつけた。
「あ、おいしい!」
「無濾過なのに飲み口がさっぱりしているね。ほぉ・・」
ジュールもなかなか感心したようだ。
この酒は味はしっかりと濃いのに、飲み口が爽やかで、まるみがある。
「ねぇ!このお酒はどこで買えるんですか?」
トトが若い店員に尋ねた。
「いやぁ、これ限定品だからね。たぶんその辺の店じゃ置いてないんじゃないですか。
酒造元に聞いてみないとまだあるかどうか・・」
と、店員。
「えっ!限定品?!そうなんだ」
入手が難しいと聞いて、トトはますます興味を惹かれたようだ。
「さすが限定品!」
瞳をキラリと光らせて、なぜかジュールは胸をはった。
「おでんも美味しい。お酒に合うね!」
「あんまり濃い味付けじゃないから、いくらでも食べれる」
かまぼこで有名なお土地柄ゆえに、特に魚介練り物のねたは美味しい。
「ああ、幸せ!」
つみれをかじりつつトトが言った。
「トトがそんな顔してくれるのが、幸せ」
ジュールが言う。
「心配かけてごめん。もう…たぶん大丈夫」
「食べ物で、釣る・・というか・・・」
ジュールはクスクスと笑った。
「ちがうよぉ!海見たからだもーん!」
プイと横を向いたトトの頬がほんのり赤い。
「それにしても、このおでんとお酒の組み合わせ最高!」
トトがふたたびおでんに手をつけたのを見て、ジュールは微笑んだ。
「っ・・と・・??」
店を出た後、駅内のお土産を見ようという事になった。
が、トトの足取りがあやしい。
「大丈夫?」
「うん、大丈夫・・でも、あのお酒ちょっと普通のより強かったね」
「う~ん、アルコール度数18%~みたいだから」
ちゃっかりジュールはメモを取っていたらしい。
手帳を見ながら答えた。
「かまぼこを買うんだよ」
「少し、休もうか?」
「かまぼこ・・・」
トトの耳にジュールの声は入っていないようだ。
トトはよろよろとした足取りで、駅のお土産コーナーに入っていった。
小田原駅の駅ビルの1Fには、お土産コーナーがある。
ご当地名物のかまぼこ屋や梅干屋が並んでいた。
「あ、これ美味しそう!」
鯛入りの一口サイズのかまぼこをトトが指差している。
「試食が出てるから、試してみたら」
「うん、一つはこれにしよう」
モグモグと食べてトトは頷いた。
その他にも、かまぼこの種類は豊富で、どれにしようか迷ってしまう。
「私は、この枝豆入りのにしよう」
ジュールも決めたようだ。
かまぼこを買い終わった二人は、次にビン詰めコーナーに向かった。
「いかの塩辛も種類が多いね」
ジュールが興味深そうに見ている。
麹入りや、まろやかタイプ、濃い口タイプなど。
「麹入りがいいかな?」
そう呟くジュールにトトはニヤリと笑って
「やっぱり酒盗でしょ!ジュールさん」
と言った。
酒盗とは、魚介類の塩辛の別名だ。
味は、魚の内臓の苦味と塩味が交じり合い、独特の風味を醸し出している。
鰹やマグロなどが有名で、主に酒のつまみとして食される。
酒を盗んででも食べたいというのが、名前の由来らしい。
「あ~呑んべぇっぽいイメージを一掃するための選択肢がっ!!」
呻くジュール。小悪魔トトの誘惑に負けてしまいそうだ。
「麹入りの塩辛を選ぶところからして酒呑みには違いあるまい!
麹入りのいか塩辛とまぐろの酒盗でどうだい?」
「ああ、最上にして最悪の選択肢じゃないですか!その・・・いかにも呑みます系!」
トトは、ニヤニヤ笑いながらビンを二つ手にした。
今夜も乾杯族である。
それから、調子がでてきたトトは梅干の試食もして、小梅を買った。
「これを焼き海苔に少しのせて織り込むと、軽いおつまみになるんだよ」
トトは言う。
「つまみが増えるなぁ・・」
遠い目をしてジュールが呟いた。
「ところで、肝心のものは?」
「・・・」
駅から出て、商店街の土産物店に入った。
「ん~・・このへんにあったらいいね」
二人は先ほどの酒を探す事にしたのだ。
しかし、限定品ゆえなかなか見つかるものじゃない・・・と思ったら
「あ、これじゃない?」
意外と簡単に見つかった。
「まぁ、無濾過じゃないけどいいか」
「無濾過が限定品なんだよね」
銘柄は同じなのだけれど、要するに一番搾りではないものを入手。
「楽しみだねぇ~」
土産物を持って帰路に着く。
「もう~トトは」
苦笑しながら、ジュールはぶら下げた酒を揺らして見せた。
再び、来た時と同じオレンジ色と緑色の配色された電車に乗った。
「あのね・・・」
トトが、またチーカマをかじりながら話す。
「私…、去っていった人たちには精一杯の気持ちで付き合っていたんだと思う」
「うん・・」
「だから、悲しい気持ちとか辛い気持ちがなかなか沸いてこないのかもしれない。
精一杯だったんだよね。
楽しい思い出はもう取り返しがつかなくて…永遠に失ってしまうとしても」
トトは悲しいとも寂しいともつかない表情を浮かべた。
「ジュージュが言うとおり、楽しい思い出は大切な思い出だから、自分の中にちゃんとしまいこんでおく」
ジュールはトトが胸に置いた手の上に、自らの手をのせて言った。
「ここに…たくさん大事なものができたね」
「ジュージュにも大切なものをいっぱいもらったよ。今回」
トトは呟いた。
「ありがとう」
ジュールの想いで満たされてゆくような気がして、トトはジュールの手をぎゅっと握った。
「こうして…私色に染めてゆくのです」
笑って、ジュールがトトの髪にキスをした。
「にゃ!・・んん見られちゃうよぉ」
「大丈夫、ここ貸切状態だから」
まわりを見ると、グリーン席には誰も座っていなかった。二人以外には…。
「海は人を大胆にするけれど・・・人気のない車両は人を獣にする・・・!」
「なんじゃそりゃ?」
「名言でしょ?」
そう言うとジュールはトトの口に軽く口付けた。
「さすがにモラルが問われるから、ここまでにしないとね」
「わかってるんじゃん!」
軽く息を吐いてトトは窓の外を見つめた。
街の明かりと夕焼けがミスマッチに輝き、その向こうにあるはずの海はいつの間にか姿を消していた。
~後日談~
数日後、イルミーネの城。
王弟ジュールの部屋に宅急便が届いた。
「ふふふ・・これこれ・・・」
ジュールがそれを見て思わずニヤついた時、扉が開き
「何が届いたの?」
国王トトが現われた。
「ふふふふ・・・」
ジュールは、あやしい笑みを浮かべながら、それをそっと後ろ手に隠す。
「見せておくれ!」
「イヤダよん!」
ジュールはジリジリと後ずさりして逃げようとする。
「見せておくれよ!」
「やだよん!」
「見せてよぉ!」
トトが素早くジュールの後ろに回り込んだ。
「あ!これはっ!!」
「あ~、バレちゃったか!」
ジュールが手にしていたのは、限定品無濾過の酒である。
「ちょっと、これ独り占めにする気だったのかい?!」
「まさか!ちゃんと一緒に楽しもうと思っていましたよ。でも、最初の一口は独り占め!」
ジュールがニヤリと笑う。
「二人で、一口目呑む!」
「・・・は~い」
グラスを用意して、酒を注いだ。
まだ酒盗も余っていたので、つまみながら呑んだ。
「ああ、やっぱりマグロの酒盗とこの酒は最高だね!」
トトは大喜び。
最近、トトが夜に涙を流すことはなくなった。
そのかわり、横に寝ているジュールの手を自分の胸に当てて、じっとしている事がある。
「いっぱい、いっぱい暖かいものがこの中に溢れてくるんだ」
と、トトは言った。
ジュールは知っている。
トトの中にほんの少し寂しさが残っている事を。
でも、それを幸せに変えられる力を、トトが持っている事も
知っている。
「くれぐれも呑み過ぎないように・・・」
グラスを片手に、にぃ~と笑うトトの頭を撫でてジュールは微笑んだ。
-オワリ-
あとがき
超番外:小田原散歩編です。
読み返すと、二人とも呑みが中心ですねぇ(笑)
いつからこんな呑んべぇになったのでしょう??
私は最初の超番外江ノ島編でも書きましたが、江ノ島も小田原も大好きです。
実際に歩いて、食べたものとかを載せているので、皆様も探してみてください。
ジュールが通販で買い求めた限定品の酒は本当に美味しいです(^^)
小田原城の近くで呑めますし、その店では美味しいおでんも食べられます。
あと、海に行く時はご注意を!
砂が容赦なく靴目がけて襲ってきますんで・・・。
では、皆さんも楽しいお散歩をv