「これって、どうしても行かないといけないの?」
次の日。
予定を見ながら、トトは難しい顔をしていた。
「兄上のお返事待ちということですが、どうでしょうね」
「ん~」
トトの眉間に皺が寄る。
手元には一通の招待状。
差出人は、チェラーリ伯爵夫妻とある。
チェラーリ伯爵夫妻は、トトの父、故マクシミリアン国王と親交があった人物だ。
自らの領地で静かに過ごしているのだが、今回は娘の誕生会を開くという。
もちろん、地方貴族の娘の誕生会に国王が出向くなど、普段ではありえない。
しかし、この人は特別なのだ。
昔から、父マクシミリアンは身分を超えて、この夫妻と交流していた。
トトも、過去何度も、チェラーリ伯爵には世話になっている。
そういう意味では、お忍びで内輪のパーティーに参加することは、取り立てて問題になるような行動ではなかった。
…が。
問題は、この招待状を誰が持ってきたか、だった。
リーチェ公夫人。
トトの大叔母であり、イルミーネ王家のことを中心に考えている人だ。
最近ではめっきり話題に上らなくなってきた国王トトの結婚を、密かに画策している人物だった。もちろん、彼女からすれば、トトのために一生懸命に花嫁候補を探してあげている…というふうになるのだが。
「チェラーリ伯には何度も、それこそ数え切れないほどお世話になっているんだ…」
トトは頭を抱えた。
「行くだけ行って、適当に誤魔化して帰る…とかは?」
ジュールの提案もトトを納得させるには至らない。
「も~~~」
頭を抱えたまま、机に伏せるトト。
「そんなに悩むのならば、きっぱりお断りすべきでは?」
「そんなこと言ったってぇ~~」
こんな時、トトはジュールのB型の部分が羨ましく思える。
なぜ、父は自分にA型の遺伝子しか残してくれなかったのだろう。
きっぱりと断れないからこそ悩んでいるのだ。
「しかし、そう簡単には断れないかもしれません」
独り言のように自分の発言を否定しつつある。そこはAB型のジュールだった。
その日が着々と近づいてくる。
早く、お返事をしなければ。
トトの頭の中はその事でいっぱいになりつつあった。
しかし、それに追い討ちをかけるように、なんとチェラーリ伯の娘から直接手紙が来てしまった。
「…ど、どうすれば…」
昔、会ったことがある。あれは、彼女が社交界にデビューした時か。
あの頃は、なにも意識しないで、それなりに会話を楽しんだ。
嫌な人ではないのだ。むしろ、いい人だった。
別段、問題などない。
ただ、どうやら彼女がこちらに恋愛感情を期待しているらしいのと、その先まで期待しているらしいのが、今となっては問題だった。
さらに、根本的な問題があった。
「ジュージュ…私は昔から男が好きだとは思っていたけれど、女性を好きになれるかもしれないとも期待していた」
「あなたから、過去の話を聞くとは…」
ソファに座り、新聞を読んでいたジュールは傷ついた様子もなく、意外そうに目を丸くして顔を上げた。
「だけど、この歳になって気づいたんだ。苦手なものはやはり苦手で、変えようがないかもしれないってことに」
「ほうほう…」
興味深そうに頷くジュール。
「しかもたちが悪いことに、苦手なものはますます苦手になってくる。
たとえば、しいたけ!昔は、我慢しても食べなきゃいけないって思っていたけれど、もう食べないほうが懸命だと気づいた。私の場合、この世でもっとも大切な誰かが、わが子のように栽培したしいたけであっても、残念ながら、口に入れて…美味しく味わうことはできないんだよ。
飲み込めるかもしれないけど、涙が出るほど生理的に受け付けられないんだ!」
我慢できないような様子で、トトは枕をバンバンと叩きながら言った。
もちろん片腕はつられているので、左手のみで。
「しかし、トマトなら。トマトは特別大好物というわけじゃないけど、トマト味の誘惑からは逃れる自信はない。トマトがこの世からなくなったら私は死んでしまう!」
興奮したのか、肩で息をしながらトトはベッドに転がった。
「実によくわかりました」
ジュールはトトの手を握り、隣で横になる。
「そういう意味では、私もしいたけが苦手なので…。しかし、世の人がしいたけを食べるのが普通であっても、苦手ならしょうがないのでは。私も昔悩んだから、よくわかるけどね。
もちろん、食べ物の話ではありませんよ」
振り向くと、トトが泣いていた。
「その気で手を握られたりしたら、私は吐いてしまうかもしれない。いい人なのに…」
「兄上、あまり思いつめないほうがいい」
「せめて違う関係でいられたら。どうして、男女の始まりと終わりは恋愛なんだろう」
男女だって、友達でいることは可能だろう。
しかし、このような場合、友達から始めて結果的に友達というのは不可能だ。
大体、向こうは恋愛から始めて結婚で終わろうとしているわけで。
「もう、誰も彼も私の事を忘れてくれないかしら…」
言いながら、トトは震えていた。
何もかもがとても恐ろしく感じられた。
「考えすぎないほうがいい」
ジュールはそう言ってトトを抱き寄せた。
トトの欠点だ。
何もかも考えすぎて、論点がずれていっているのに気づかない。
問題は、恩人の縁談話を断れるのかどうか…だ。
それなのに、感情的に追い詰められて、自分の中に閉じこもろうとしている。
しかし、ジュールは自覚していた。
こういう時のために自分がいるのだと。
冷静で嫌な奴だな。
自らをそう評しながらも、二人でいるというのはこういうことかもしれないと、トトの背中を撫でながらジュールは思ったのだった。
「国王陛下は、右肩を脱臼されているので、今回はお断り申し上げたほうが。
チェラーリ伯の娘には国王陛下から短めのご伝言を申し伝えましょう」
ジュールがリーチェ公夫人に直接言ったのには意味がある。
チェラーリ伯にお返事をしても無駄だ。
きっと、この話はリーチェ公夫人からチェラーリ伯に通じるのだろうから。
「ああ、国王陛下にはいい機会でしたのに」
リーチェ公夫人とて、まさか国王の怪我を無視するわけにはいかないだろう。
「次回はいつになるのでしょう?」
「さぁ…何しろ、国王陛下は脱臼の他にも脱腸、胃のヘルニアなどを抱えていますからね。
ああ、そういえば、お腹の良性の腫瘍については今度手術されるということでしたし…、脳波の乱れから来る頭痛も気になりますね。私としては」
夫人は頭を抱えた。
これでは、当分縁談話どころではない。
しかも、どの症状も、急いで跡継ぎを決めなければいけないほどの病でもない。
「国王陛下には、どうぞお大事に、とお伝えください…」
その発言を聞いて、ジュールはリーチェ公夫人の部屋を出たのだった。
「うぎゃーーー!!!」
ジュールが国王の私室に入ると、そこにはやはり全裸で呻いているトトがいた。
「何をしているのですか!!」
「こ、股関節が…ボキッて」
「あれほど、絶対安静といったのに!」
「だから、肩は動かしてないよ。足を伸ばしたら…」
不自然な姿で足を広げているトトに手を貸しながら、ジュールはため息をついた。
男女問わず、この人と一緒にいられるのは、私しかいないんじゃないか…。
「どうして、今日も裸なんですか?」
「気持ちを落ち着けようと思ってね」
リアルに迫る危機は縁談話ではなく、ヌーディストの会なのでは…と考えて、慌ててトトに服を着せたジュールだった。
| END |
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