-ネガティブ-
今日は恐ろしい日だった。
トトは、今日という日を回想していた。
今朝、ベッドから出たくないと思ったのだ。それが合図だった。
トトは勘がよく働く。
履いた靴下には穴が開いており、履き替えていたら朝食の時間に遅れ、朝食を食べずに急いで会議に出たら、今日は皆が意地悪で、誰も意見を聞いてくれやしない…。
それどころか、国王を無視して集まった貴族達が取っ組み合いのケンカを始めた。
もう会議どころではない。
それにつけても、トトは朝食を取らなかったせいでおなかはすくわ、昨日の二日酔いをひきずっているわで大変気分が悪くなり、無理に多く薬を飲んだら吐き続けた。
そして急いで駆けつけた医者に叱られ、ますます気分が悪くなった。
その後の謁見を休んで控え室で横になっていたら、誰も見舞いに来ない事に気づき、酷く落ち込んですすり泣き…自分に自信をなくし、少し元気を出そうと隠しておいた菓子を食べたら腐っていた。
さきほど飲んだ薬のせいで頭がクラクラして壁に頭をぶつけたら、そばで女官が笑っていた。
-皆、私が嫌いなんだ-
こういう気持ちは久しぶりだったので、なんとか回復しようと試みたが無駄だった。
そういえば、昨日お酒を飲んだ時も気持ち悪くて…。
昨日さる貴族と会談しながら酒を飲んだのだが、彼に人格を誤解されていたと思われる発言をされて…でも本当の考えをうまく伝えられなくて…。
-皆、私が嫌いなんだ-
トトは何もかも切り上げて、自室に篭ろうと部屋のドアの前に立った。
この時間ならば、ジュールはまだ来ていないだろう。
彼は外交方面の書類をまとめているはずだ。
ところがドアを開けると、なんとジュールが国王のベッドで横たわっているではないか。
「おかえり」
ジュールは重たそうな瞼を少しあげて、やる気なさそうにヒラヒラと手を振った。
ここには、ジュール以外誰も通さない事にしているのでまぁいいのだが、彼のこの態度はなんだろう…。
「もう疲れたんだ、私は寝る」
トトは、いそいそと着替えてジュールの隣に横たわる。
「これから2回目の謁見があるんじゃないの?」
「いいの・・もう何もかも、どうでもいい」
「これはまた…どこか具合でも悪いんですか?」
「気持ち悪い…ジュールが怒るのわかっていて、あえて言うけど薬を多く飲みすぎたんだよ」
「は?!なんでそんな馬鹿な事したんです!」
ジュールの口調がのほほんとしたものから、怒りを含んだものに変わった。
「だって…もう私イライラしてもう…どうしようもなかった…お酒が残っていたのもあるけど」
「だから、そんなにお酒を呑まないようにってあれほど言ったのに、自分が弱いと自覚してよ!」
「ごめん…もうしないよ」
「それより、薬だ。量を間違えると命にかかわるって知ってますよね?」
「・・・」
次の瞬間、頭ごしに「馬鹿!」と怒鳴りつけられた。
「・・・こんなになるなんて思わなかったんだよ」
「どのくらい飲んだの?」
「2回分いっぺんに…でもすぐに気持ち悪くなって吐いてしまったんだよ」
「それは何時間くらい前の話?」
「2時間くらい前…」
「では、胃洗浄しても無駄ですね。水を多く飲んで」
「もう飲んだよ、薬の効果は切れているかも。でも落ち込みさんなんだよ」
「それじゃ、私と同じじゃないですか」
「ん?」
「実は今日、私もイライラしているんです。何もやる気でないし…だから、ここでだらけてた」
「ジュージュも?」
ジュールはイライラしたように、額に手をあて目を閉じた。
「しかし今日は目の前で傷害事件は起きるわ、貴族達のケンカはあるわ…一体なんだろう?」
「傷害事件って?」
ジュールによれば、行き交う人の肩がぶつかったとかなんとかで、目の前でいきなり殴りあいが始まったという。
「私はびっくりして、警護のものを呼んだわけですが…今日は皆どこかおかしいよ」
「皆イライラしているのかな?」
「それに、私はあなたの話を聞いてますますブチキレそうです!もう二度とそんな馬鹿な真似はなさらないように!それに2回目の謁見をさぼった責任は、ちゃんととらないといけないよ」
「う・・うん」
心のどこかで、ジュールなら慰めてくれると思っていた。
でも、そう甘やかしてはくれないらしい。
「ところで身体はどうですか?」
「身体よりも心がボロボロ…」
トトはジュールに今日会った事、昨日感じた事を話した。
すると、ジュールはトトの頭を撫でながら
「どうして、そんな事で自分を傷つけてるの…イライラを自分にぶつけちゃいけないよ」
と言った。
「だって…私、何するかわからないくらいイライラしてたんだ」
「あなたがそんなふうに人に当たらない人だってわかっているから、皆、あなたに当たるんです。皆、あなたの優しさに甘えているだけなんだよ」
「・・・」
なんでこんなにも悲しくなるんだろう?
イライラが悲しさに変わってきた。
トトは泣きながら、おもむろにマンガを取り出して開いた。
「気分を変えるんだよ」
しばらくして…
「やっぱり、どうしようもなくネガティブ思考…気分変えられないっ!」
トトがマンガを投げ捨てると
「じゃあ、こうなったらとことんまで落ち込んでみよう!」
ジュールが勢いよくベッドから起き上がった。
「私もイライラしているわけだし。さぁ、悪い事だけを考えよう!」
「え・・」
トトの絶句も気に留めずに、ジュールは最悪のシナリオを描き出していった。
「今日の夕食はきっとトムヤムクンに違いない!私はあれが大っ嫌いなんだ!
そして、今日シャワーをあびる気力もない私は水虫になるだろう…」
「・・」
「そうだ、そうに違いない!」
自分に言い聞かせては、顔を引き攣らせるジュール。
それにのせられたのか、トトも顔を思いっきり暗くして言った。
「私はきっと世界中の誰にも愛されていないんだよ…」
「それは間違っています!少なくとも私はあなたを愛している。
…でも、あなたは私の事を愛していないかも。私はこんなにかっこ悪いし…」
ジュールにしては珍しいくらいネガティブである。
「そんな事ないよっ!私は…」
「それに明日の朝食はきっとしいたけの丸焼きですよ!あなたの大嫌いな!」
「や、やだよ!」
トトがあわてて首を振った。
「ダメじゃないか、ちゃんとネガティブに考えないとっ!
今日の夜、あなたは恐い夢を見ておねしょをしてしまうんだ!
それによって、私のパジャマもびしょびしょになる」
なんて恐ろしい想像だっ!とジュールは肩を震わせた。
「おねしょなんかしないよぉ!」
トトが叫んだ。
そのまま、机に置かれた書類に向かう。
このままじゃジュールに好き放題言われてしまう…。
一人で落ち込もう。
「新聞で国王の人気投票はじめたでしょ。きっと1票も入ってなんかいないんだよ」
そう言いながら、トトは新聞を取り出し広げた。
トトが丸い目をして、こちらを向いているので、ジュールが「どうしたの?」と聞いた。
「入ってる・・入ってるんだよ!初日で122票もっ!」
急にトトは顔を満面の笑みにして、ジュールに飛びついた。
「うれしい!すごくうれしいっ!!」
「っは!・・・それはよかったね」
首筋に抱きつかれたジュールは少し苦しそうだ。
その時、部屋の外から
「ご夕食の用意ができましたが、本日は召し上がりますか?」という係の声が聞こえた。
「夕食だ!行こう!」
「今日はもう休まれるのではなかったの?」
「おなかすいたんだよ!」
今日の夕食には、トトもジュールも大好きなポテトのスープが出た。
「ああ~」
ジュールが嬉しそうな溜息をついた。
「たまにはネガティブもいいものですね!ポテトのスープを飲んだだけで天国にいる気分だ!」
「ほんとにおいしいねぇ!」
「おや?ネガティブのあなたは、しいたけの丸焼きを望んでいたのではないですか?」
「ち、ちがうよぉ!」
ポテトのスープを飲みながら、二人の笑い声が弾けた。
「降りるのは簡単だけどさ、登るのは大変だよね」
ベッドでごろんと横になったトトは、くるくると指を回しながら空に輪を描いた。
「心の筋肉を鍛えると幾分楽になるかもね」
なんてジュールが言う。
「でもさ、心がムキムキとか心がマッチョってやじゃない??」
「たしかに…「心がマッチョ」…すんごい見てみたいそんな人!どんな顔付きか一見の価値はある」
「ははは・・ジュージュ、真面目な顔で言わないでよ」
その夜、ジュールのネガティブの予想とは裏腹に、トトの夢はとても楽しいものであった。
そして…もちろんおねしょもしなかった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
次の日、トトは友達のサングに会った。
「昨日、ちょっと鎮痛兼鎮静剤を多く飲みすぎてしまって、今も少し頭がくらくらするんだよ」
「そりゃ、おまえ…大丈夫なのか?」
「うん…」
ジュールのおかげでネガティブからは解放されたが、身体の変調は少しばかり続いていた。
「昨日はちゃんとおとなしく寝ていたのかい?」
「うん…一応」
「まぁそれくらいでよかったぜ。オレのダチはその手の薬を飲みすぎて、バストールの通りを素っ裸で走り回ったんだ。よかったなぁ、おまえ正気で」
「げ?!そんな事あるの?」
「あの手の薬は飲みすぎると、イカレるらしいからな。キミも気をつけたほうがいい」
「・・・・」
あのくらいですんでよかったと思うと同時に、薬はちゃんと適量を守ろうと決意したトトだった。
皆さんも薬は容量用法を守って正しくお使いください(^^)