-海へ-

 

 

昨日の夜から嵐が続いている。

「こんな夜は、物騒だ。早く自分のベッドに戻るように」

神父からの言葉を聞いたジュリオは、静かに扉を閉じた。


そして、嵐が止んだ次の日の朝、とんでもない事が起こっているのを知った。

神父は、ジュリオに朝の食事の用意をするように命じた。
しかも3人分。それもうんと多めに、と言付を追加して。

いつもは2人の食堂が今日は3人だった。

とんでもない男だ。
ジュリオは直感した。
本能的な震えが全身を支配し、まともな給仕もできない有様だ。

食堂に特別に用意された「余分な椅子」に座る男は、ギラギラとした褐色の肌をして薄汚れた
シャツを着ていたが、薄い色の瞳と汚れて同じく褐色になっている髪が、少なくとも異邦人で
ない事を告げていた。

何事か、こちらを向いて語っているようだ、とジュリオは感じた。
神父は、彼に言葉を変えて問いかけていた。
すると彼は
「ああ、そうだ。こっちの言葉も。そりゃわかるさ、同じ船に乗ってたやつがいたからな」
と答えた。

そして、彼はパンを実に上品に食べた。
姿とは違う態度のよさに、ジュリオが目を丸くしていると、神父が説明をした。
「彼は、難破した海賊船からここに逃げてきたイギリス人だ」
と…。


ジュリオにとっては、この罪人がなぜここにいるのか、そして、神父がなぜ彼を匿っているのか
それが理解できなかった。
ジュリオ自身は、孤児になったのを神父に拾われて、ここで神父の手伝いをしている。
だが、匿われていると思われる海賊は、何の仕事もしなかった。
ただ、神父は彼に聖書を必ず毎日1ページ読むことを科した。

「神父様」
数日後、ジュリオは意を決して神父に直談判することに決めた。
「あの犯罪者をいつまでここに置いておくつもりですか?そのうち街の人にも知れましょう」
「おまえは気に食わないのかね」
「…はい」

神父は、分厚い本を閉じて、ジュリオの肩に手を置いた。
そして、ゆったりと話し始めた。

「悪い事をしていたとしても、彼自身が悪い人間とは限らないだろう。
むしろ彼は面白い人だ。おまえも、ここにいるだけでは気づけない何かを
彼に教えてもらえるかもしれないよ」
「罪人に教わることなど、何もありません」

神父は、それでも説得する様子もなく、ゆったりと話した。

「罪の多い人の世で、おまえがこれから生きていかなければならないなら
どの人の罪にも目を背けてはいけない。正しい事は何か、それは身近な罪から
学ぶ事もあるのだから」



次の日も、海賊はふらふらと庭のほうを歩き、野の花の蜜を吸ったりしていた。

「おっ!アントーニオ…じゃないのか」
ジュリオは、一瞬自分でも自分が嫌いになるほどの表情で、彼を見た。
「あなた、帰るところは?」
できるなら、ここから早く出て行け。
そう言いたかった。
「さぁな」
不遜な海賊は笑った。
あの夜とは違う、洗って明るい色を取り戻した金髪が風に靡いている。
「おまえはどこの出身だ?」
「…」
聞き返され、ジュリオは黙った。
出身はノルマンディーと聞かされている。
人から人の手を渡って、たどり着いたのが、この教会だった。
「Jules」とだけ記された紙だけが、自分が間違いなく人間から生まれたものである証だった。
ここのイタリア人神父が、イタリア風に名を改めて呼んでくれてから、この名が自分の本名だ。
「フフ…、どこぞの御落胤とでもいうのか、その上品ぶった顔はよ!」
「…そっちは海賊じゃないか!」
「なら、“オレたち”は同じだろう」

どこまでも涼しげな顔で、海賊は花弁を飛ばした。

晩餐でも、海賊は軽い調子で神父に話しかけた。
神父の名「アントーニオ」と呼びかける海賊に、ジュリオの腸が煮えくり返りそうになっているのを
気づいていたのだろう。
神父は、ジュリオを寝室に呼んだ。

「彼がどのように私の名を呼んでも許してやっておくれ」
「なぜです?神父様は神父様のはずです。あのような海賊に」
「あの人は、もう海賊ではない。私の個人的な友人だ」


ジュリオは、その晩、神に祈った。
神父が間違った道に行かないように。
罪人が神父を連れ去ってしまう前に、罪人を去らせてほしい。
神父の中に生まれた、「知らない感情」をどうか取り除き
「知らない感情」によって、神父が堕落してしまわないように。


そうして実りの時期になった。
海賊はジュリオと共に、教会になっている果実の樹から実を取り、神父に届けた。
「二人は仲良くしていたかな」
神父がにこやかに二人に話しかけると、海賊はニヤリと笑い、ジュリオは視線をそらした。

クリスマスの時期がきた。
街の人を歓迎し、ミサを行った後、3人は晩餐についた。

雪が解けて、春が来た。
そして、新緑の季節が。

ずっと3人は共に暮らしていた。



そのうち、アントーニオ神父はトトという渾名で呼ばれるようになった。



「トト、おまえがそうして日々祈っているのは、自分のためか」
トトが気がつくと、海賊が長椅子に腰掛けていた。
「きみは、いつも私の心を見透かすな」
トトは振り返り、十字架に背を向けた。

「ジュリオを外に出せ、もしくはバチカンにでも修行に出してしまうことだ」
「…彼は、私と同じ道を歩んで幸せだと思うか?それとも、世に奪われるのが彼の幸せだと?」
「オレは、おまえの幸せを聞いているんじゃない」
「…」
トトは、どうして海賊がそう言うのかを知っていた。

「では、私はどうすればいい」
「いっその事、神父をやめちまいな。オレと一緒に海に出ようぜ」
トトは、俯いて考えた。



しばらくして。
海賊が教会から出て行った。

ジュリオは呆然とした。
どうしてか、心に隙間風が吹いているようだった。

神父の様子に変わりは見られなかった。
ただ、いつも夜毎行われていた夕の祈りが短くなったような気がした。




数年後、街は、たびたび海賊に襲われた。
丘の上にある教会に逃げ込んでくる人々は、口々にあの海賊の名を叫んで呪った。

神父は、ただ毎日祈っていた。
ただ、その顔には安らぎも悲しみもなかった。
怒りが滲み出ていた。

神父は、国の重要人物に連絡を取り、海賊を厳しく取り締まるように要請をした。

街に軍隊が入ってきた。
人々は恐れと同時に安堵を手にした。

海賊たちは、逆襲を受け、多くの者が殺された。
だが、軍が海賊の船に迫ろうとした時、突然、神父が現れた。

「やめてください!」
いきなり進軍を止めようとする神父に司令官は戸惑ったが、ひとまず軍をおし留めた。
「もう十分です」


沈みかけた海賊船は、段々と遠ざかっていく。
人々の叫びと共に、神父の叫びが聞こえた。

「海へ!」

人々も、声を合わせた。

「海へ!海へ!」

その叫び声は、丘の上の教会にまで聞こえてきた。

ジュリオは、自然と腕を海のほうへ伸ばした。

「海へ」



神父が戻ってきた。

そして、海を見つめているジュリオの隣で激しく泣いた。

「海へ!海へ!私を連れて行ってくれ…」

「彼を、彼を愛していた。この罪は一生消えない」

ジュリオは、すべてを知った。
神父の心の中を全て。
彼のすべての想いと苦悩と過去、現在、未来まで。


そして、神父を抱き寄せて
「私がついています」
と言った。

-終わり-


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あとがき

いかがでしたか。イルミーネ超々番外編??
登場人物は。。もうわかりますね(^^)
罪云々言っていた神父が実は一番救われたかったのかも。
人物関係としては、これはもう本当にイルミーネ本編と同じ。
アントーニオ神父は、ジュリオと海賊が好き。
それぞれ違う好きだけど。
海賊は、それを見抜いてああ言ったのだけど、それでも
神父とは違う生き方を選ぶ。
神父はそれに対して、どうしようもない怒りを発して
彼とは永久に決別してしまう。
ジュリオは、初めのうちは子供っぽくいろんな嫉妬を
ぶつけているのだけど、最後の最後で神父よりもずっと
大人の視線で、すべてを見通して、神父を支える。

この話の受け取り方は読んだ方にお任せします。
トトの前世の話かもしれないし、トトの創作物かもしれないってことで。