-アルキュード公の不在-

その日の夜会が終わり、国王トトは私室に戻った。


トトは気でも狂ったかのように頭を掻き毟った。
今夜は、誰とも口をきいていないのだ。

-皆は私がいらないんだ-

寝仕度をして、ベッドに転がり込む。
自分のあまりの情けなさに、いつしか涙が出てきた…が撫でてくれるものはいない。

愛しい恋人のジュール・アルキュード公は、外交の仕事で後3ヶ月ほど帰ってこない。
アルキュード公がこれほど長く王宮を空けたのは初めてだった。

ジュールは昔から人と話すのが得意で、知らず知らずのうちに、その場の人を従えてしまう不思議な魅力をもっていた。
トトも、人と話すのは大切な事だと思っていた。
けれどもジュールが不在の間、まわりとうまく打ち解けられない。

-どうしたらいいのだろう-

王宮の夜会は毎日のようにあるのだが、ジュールがいない宴は華やぎに欠けている。
トトも懸命に明るい話題を提供していた…つもりだったが、だんだんと人が離れていき…
とうとう一晩中、誰とも口を聞かない事態になってしまったのだ。

-皆、私の事を嫌っているに違いない-

トトは、どうしようもなく絶望的な気分にかられた。
そのうち、ジュールの優しい声、言葉などを思い出し、少し自分を慰めてみる。

-どうして、私と口をききたがらないのだろう-

気が済むまで泣いたトトは、すっきりとした顔で考えた。

-私は楽しい事が大好きだから、私が喜んでいれば、まわりも気分がよくなるかしら?-



しかし、次の日の夜会も盛り上がりに欠けた宴になった。

-ジュール・アルキュード公がいない-

ただ、それだけなのに。

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毎晩の夜会にて、トトの酒量が増えていった。
一人でケラケラ笑っているうちはよいものの、しつこく人に絡んだり、悪ふざけが過ぎたり、軽く意見を求められただけなのに、一人で延々と語りとおすような態度が増えるにつれて、ますますトトのまわりからは人が少なくなっていった。

人々も口々に言いはじめた。
「せめて、アルキュード公がいらっしゃれば」
トトが一番恐れていた言葉だった。

酒にのまれて、楽しいふりをしていても、誰も喜んでくれない。
ある貴族が言った。
「アルキュード公は、いつも我々が興味をそそられる話題を提供してくれていましたとも!」

そうかもしれない。
でも彼は、話題を提供しているつもりなどなかっただろう。
ただ単に話すのが好きなだけなのだ。
それどころか、他人が興味をそそられるかどうかより、自分の興味を語っていただけなのだ。

-私も同じようにしているつもりなのに、どうしてうまくいかないのだろう-

トトは悩んだ挙句、一番したくない方法を実行するに至った。


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イルミーネ国の夜会に招待されたバストール国王サングは、当初にこやかだった。
なにしろ、この王宮は慣れている。知った顔も多い。
トトと幼い頃に知り合い、親友の契りを交わしてからというものの、ここは彼にとってもう一つの家だった。
だが、トトの一言で、彼は顔を強張らせた。

「ジュールが留守をしているもので、毎晩華やぎに欠けるんだよ。サン!きみだけが頼りだ」
「オレはあいつの代わりか?」
「そういうわけじゃないよ」
「気分が悪い!」
サングはさっと身を翻した。

「サン!」
「オレがここに来たのは、あいつの代わりにここを盛り上がらせるためだってのか。
オレはおまえに会いに来た。ここの事情など知らん!」
「だって、私ではもう誰の気分もよくして…あげられないんだ…よ」
トトの瞳から絶望の涙が零れた。
言いたくない、認めたく言葉だった。
しかし、サングは言った。
「それでも、ここはおまえの王宮だ」

その後、サングは彼にしては珍しく口をきかなかった。

彼は帰り際、
「イルミーネ貴族たちはあいかわらずつまらない奴らばかりだ。あのうるさい男の不在を嘆くばかりで、ちっとも面白くない。オレを見て、あいつの話をするのはケンカを売るようなもんだ、と言ったら誰も彼も黙りやがった。すっきりした」

もう誰にも頼れなかった。



トトの酒量はますます増えていった。
アルキュード公が出張してから2ヶ月。
トトは、昨晩の飲みすぎでベッドに転がっていた。

-夜会だって、国王の大切な仕事の一つだ。だから、他の仕事をおろそかにしたっていいじゃないか-

「バストール国王陛下がいらっしゃいました」
誰かが告げても、トトはベッドから出ようとしなかった。
やってきたサングは「別にいいけどさ」と言い、いつものとおり菓子をつまみ、ベッドで寝ているトトに「大丈夫か?」と声をかけた。

「私は元気だよ!」
トトは叫んだ。
「そして、思い切り幸せだ!」
もう一度、サングは聞いた。
「おまえ、大丈夫か・・・?」

トトはウトウトしながら。日々の楽しい話をした。
しかし、サングは頷くばかりで返事をしない。
「昨日は、10人もの人と知り合いになった。それぞれ別の国から来た人で・・」
「トト」
「なんだい?」
「おまえ、人と話したいのか?それとも、そんなにあいつがいないとダメなのか?」
「そんな事はない!」
サングの言葉が、心のどこかに触れた。
「ジュールの事は関係ない!」
噛み付くような勢いで、トトは反論をした。

「私は私で楽しんでいるんだ!おまえに余計な口出しなどされたくはない!」
「じゃあ、なんでイルミーネ貴族たちはあいつの話ばっかするんだよ。こういうのもなんだが
オレは、あいつの話を一度だって面白いと思ったことはなかった。おまえが考えていることが、まわりに伝染しているって気づかないのかよ。
まわりは知っている。
でも、おまえだけは知らない。
おまえがあいつのいる空気に頼っているって事実を!
今のおまえは、自分ひとりだけで陽気に振舞っている滑稽な馬鹿野郎だ!」
「!」

トトの瞳からとめどなく涙が流れた。
それを毛布で必死に隠した。
友の前で涙を見せてはいけない。

この人に言われた言葉よりも、心の中に寂しさと恐れが満ち溢れた。
こういう時に、ジュールならなんと言ってくれるだろう。
そう考えるたびに、自分が一層追い詰められるのを感じた。

「だから、言っただろう。ここはおまえの王宮だって」
「私の王宮…」
「それに、トト。いつから、そんなに夜会好きになったんだよ。たしか、オレが初めて会った頃のおまえは“二番柱の御仁”という変な渾名があったと思ったけどな」
そう言い残して、サングはソファを立ち、部屋から出て行った。


トトはベッドでしばらく寝ていた。
目覚めた時、ふと昔の事を思い出した。

-私は、夜会が嫌いだった。人と話すのも嫌いだった-
私は、いつしか夜会の度にカーテンの後ろにある小部屋“二番柱の部屋”に閉じこもり、そのせいで“二番柱の御仁”という渾名をつけられた。
その後、サングという友を得、二人でなら夜会に参加できるようになった。
さらにもっと後、ジュールが私を皆の中に解けこませた。
人と打ち解けるのが難しかった私に、人と話す楽しさを教えたのはジュールだ。

私は、ジュール不在の間、ジュールのようにうまく話そうとしていた。
ジュールのように人に解けこみたかった。
でも、私にはできない。
なぜなら私は私だから。


国王は、次の日から夜会を欠席した。
そのかわり、自分に任された政務を行い、空いた時間には趣味の絵画や小説などを書き綴った。

ジュール・アルキュード公が戻ってくる1週間前に、トトは再び夜会に参加した。
国王は、あいかわらずつまらない話をした。
しかし、しばらくぶりに姿を現した国王に、皆は少しばかり安堵した。
トトは、その中のある貴族の失礼な呟きを聞いた。

「陛下が御姿を現されない事を心配しておりましたが、いやいや、なんとなくここの景色の一つ
なんですよ。あの方も」

トトは、それでいいと思った。


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イルミーネの塔の城が遥か遠くの丘の上に見えた。
アルキュード公は、しっかりと両脇に抱えたかの地の名産品を見つめ、ニヤリと笑った。
「にんじんジュース」
それは、彼の野菜好きの恋人と、にんじんを生涯の宿敵と豪語して憚らない恋人の親友殿に、捧げるためだった。

「されはて、私がいない間に何かあっただろうか」
ジュールは呟いた。
「まぁ普段と少しも変わっていないだろう。あの方々も」
そうして、トトがおみやげを喜ぶ姿と、サングがとんでもなく不機嫌になる姿を同時に想像して、笑った。

今夜の夜会では、話す事がたくさんある。なにしろ三ヶ月ぶりの故郷だ。
でも、彼が一番最初にしたかったのは、あの二人におみやげを渡すことだった。

    END