-あの人がこの人-

この間、転んだばかりのトトは、慎重に振舞うことにしていた。

突然走り出さない。
意味もなく踊りださない。
お菓子を持ったまま、ジャンプしない。
などを自分に科した。
(普通しないことばかりだが、トトは、そういう行動を常としていたのだ)
兄を心配しているジュール・アルキュード公も、そんなトトを見守っていた。

だが・・この二人が出会い頭、ぶつかってしまったのは、どんなに気をつけても避けられないことだった。



したたかに床に頭をぶつけたトトは、はっと気づいた。

「私は無事だ!」

すると、なんと自分が床に転がっているではないか!

「・・・!」

どう考えても見慣れた姿。

あれは私・・・。

「ど、どうしよう!!!死んでしまったんだよっー!!!」

あわてて、もう一度、自分の中に入ろうとする。
すると信じられないことに、倒れているトトが目を開けた。

「いやぁぁぁ!!!」

トトは悲鳴を上げた。
あの姿は、まさにゾンビだ。魂なくして動いている。

「・・・・(どうしよう。私は死んだ上に呪われていたらしい・・!)」

恐怖のあまり、声を失っているトト。
するとゾンビトトは、口を開けた。

「?・・・なんだ夢か」

そう言って、再び倒れるゾンビトト。

「?!」

死んでいるうちに誰かに取り付かれてしまったらしい。
もしかしたら、私はまだ生き返ることができるかもしれない!
そう考えて、トトは死んでいる自分の肉体を揺さぶった。

「それは、私の身体なんだよ!ちょっと返してよ」
「は?」

ゾンビトトは薄目を開けた。

「いい加減醒めないかな、この夢」
「夢じゃないんだよ!睡眠中に魂が抜けてしまうのは、よくあることだけど。よりにもよって私の身体に入るなんて、君は失礼な奴なんだよ」
「何を言っているんだ。そんな非科学的なことあるわけないでしょう。魂の存在は実証されていませんよ。おやすみ」

「ぐぬぬぅ~!化学雑誌にも、意識というとても小さな物質が人の間を飛び回るという可能性が出ていたんだよ。意識は最小の単位なんだって・・・たぶん」
「私もそれは大変興味深く読みましたよ。それでも仮説の域を出ない学説だ。・・・それにしても、自分の姿の人間がこんなふざけた説を得々と語るなんてずいぶん嫌な夢だなぁ・・・おやすみ」

なんだこいつは!!
トトはこの失礼な奴を殴ってやろうと思った。
しかし、のちのち痛いのは自分の身体だ。
しかたないので、首を軽く絞めてみることにした。

「ゲッ!ゲホゲホっ!!なんだ???」
「勝手に二度寝なんて許さないから!私の身体を返せ、悪霊め!」

ゾンビトトは目を見開いた。

「なんとこれは現実か?」
「オカルト史に刻まれるほどの現実だよ!」
「おや、これは私の姿をした兄上ではないですか」
「そういうあなたはジュージュ?!うそ!ジュージュだったの!!
ややっ、首を絞めてしまうところだったよっ!!」
「もう絞められましたけどね・・・」


・・・・・・・・・


二人は、その場に座り込んで考えた。

「これは、漫画でよくある入れ替わりというやつですね。さっそく検証してみないと」
「どうもこうも、オカルトなんだよ。私たちは入れ替わってしまったんだ」

トトはうーんと唸る。
「よく、もう一度頭を打つと元に戻るとかいう設定があるよね」
「嫌ですよ。私は。あなたの頭部に傷がつくじゃないですか」
「まぁ、ジュージュの頭にも・・・ね」

ジュールも考え込んだ。
「しかし、いくら隠すところがないほど知っている仲でも、排泄するところまでは共有したくない」
「いやな方向に現実的だね、ジュージュ・・・。Hな漫画なんかでは、お風呂に入るシーンを嫌がるのに」
「別に風呂なんかたいした問題じゃない」
「そう・・・」

よく二人でお風呂に入っていれば、そう嫌でもないのだろう。

「兄上。私の身体でおならなどしないように頼みます。それとよだれも垂らさないように注意を」
「大も小もしたことのない人みたいなこと言わないでよ!」

実際、入れ替わりってなんて現実的なんだ・・・。
オカルトネタだなんて喜んでいられない。

トトはため息をついた。


「それにしても、なんて景色が違うんだ!」
立ち上がりざま、ジュールは叫んだ。
続いてトトも立ち上がり、叫んだ。
「世界が変わって見えるよ!!」

二人の身長差は30センチ以上あったのだ。当然である。

「これは面白い!」
ジュールは、さっそくトコトコと歩き出した。
続いて、トトものっそりと歩き出す。
「なんかこの身体重い・・・」

そこへ、食事係がやってきた。

「国王陛下、アルキュード公。ご昼食が出来上がっております」

「お!さっそく、我々に試練がやってきたよ」
「兄上、私の姿でしいたけなんか残さないでくださいね」
「どうでもいいじゃん、そんなの~」

ともかく、他人の前での振舞いは気をつけなくてはならない。

食事が始まったときから終わるまで二人は静かにしていた。
何かしゃべるとボロが出そうだったからだ。
「国王陛下、本日のランチはいかがでしたでしょうか?実は本日、コックが臨時で変更しまして、もしお口に合わないようなことがあれば」
「いいや、これはこれでよくできているよ」
「コックも喜びましょう」

国王は実に穏やかに上品に答えた。
だが、隣席のアルキュード公は眉を顰めている。

「アルキュード公なにか?」
「きみ、このプディングにしいたけを入れさせましたね!あれは入れないと言うお約束でしょう」
「これは・・・大変失礼を!」
「プディングにしいたけをいれるな・ん・て!おバカさんな話です」
「は・・・今後は気をつけますゆえ」

アルキュード公は食事について口うるさい。
それはそうなのだが、なにか表現がおかしい。

「ま、まぁ。ジュール、そのくらいで許してあげなさい」
「陛下がそう言うのなら、許して差し上げましょう」
「は・・はぁ」

なにか奇妙だったが、また、このお二人はなにかお遊びをしていらっしゃるのかもしれない。
料理長は首をかしげながらも、この場は気に留めないことにした。


・・・・・


「兄上、それは私の真似ですか?」
「そうだよ」

誰もいなくなったところで、二人は言葉を交わした。

「違います!」
「そうかなぁ?」
「私は、普段そんな話し方をしていません」
「こんなだよぉ?」

可愛らしく首をかしげてみせるのは、トトではなく身長188センチのジュールである。
まったく可愛くない。

「ともかく、あまりお話にならないように」
「うん」

しかし、すぐにその時が来てしまった。


・・・・・・・・


「よぉ!トトいるか!」

バストール国王がいきなりイルミーネ王宮に現れたのだ。
バストール国王サングは、トトの親友だ。
だが、悪いことにアルキュード公ジュールとは犬猿の仲だった。
なので、トトの隣にジュールがいるといつも・・・

「なんで、てめぇがいるんだ!」

サングは現れるなり、トトの隣に立っているジュールの胸倉を掴んだ。

「バストール国王!・・じゃなくて、サン!乱暴はよせ!」

トトがどこか控えめに、だが、必死にサングを止める。

「俺の前にその面見せるんじゃねぇぞ!」
「なんと失礼なっ!」

ジュールが甲高い声をあげたかと思うと、サングの腕をガシッと掴んでほくそろんだ。

「私は一度、この身体であなたと勝負をしてみたかったのですよ!この腕のリーチ・・・素晴らしい。ほら、すぐにでもあなたの首に手が届いてしまうのです!なんという大興奮!キュッとねじ伏せて差し上げましょうか。ヒッヒッヒッ・・・」

ジュールの凍れるアイスブルーの瞳と白い頬が、興奮のあまりじんわりと熱を帯びている。

「・・・なっなっ・・」

トトもジュールも、サングのこんな恐怖で固まった表情を見たことはなかった・・。

「ちくしょー!おぼえてろよ!!」

情けない捨て台詞とともサングは走り去った。



「あああ!!!」

トト(ジュール)が悲鳴をあげる。

「どうしてくれるんです!バストール国王がいなくなってくれたのはよかったけど、私のイメージがガタガタじゃないですか!!」
「いつもこんなもんだよ?」
「違います!」

もう、こんな私の姿は見ていられない!
トトは、その場から駆け出した・・・そして、すぐに気づいた。
あまりにも身体が軽いことに!

「なんだこれ!」

今なら壁だってシャカシャカと走れそうな予感がする!
トトは、意味もなくジャンプした。
信じられないほどの跳躍だった。
そして、案の定、廊下に飾ってあった巨大な壷に頭から突っ込んだ。

「ひぃぃぃ!!」

悲鳴をあげたのはジュール(トト)ではなく、前から歩いてきていた女官。
無理もない。
彼女からすれば、国王トトが無表情で走りこんできたかと思ったら、いきなり目の前で跳躍をして、自ら壷に頭から突っ込んだのだ。

国王の信じられない奇行に、彼女の精神はもたなかった。
その場で失神してしまった女官を抱き起こしながら、ジュール(トト)は、恐る恐る壷のほうを見た。
そこには、自らの身体が垂直に突き刺さっている。
頭は見えない。

ひょっとして、信じたくはないが、死んでしまったのではないだろうか??
もし、そうなったら、この身体はどうなるんだ?そして、ジュールは?

震えていると、垂直になった身体がぐにゃりと曲がって、
「助けてください。頭が抜けない」
と声が聞こえた。


・・・・・


「すみませんでした・・・まさか、こんなことになるなんて」
「もう、本当に大切に扱ってよ!」

幸いなことに、トトの身体は無傷だった。突っ込んだところが壷だったため、頭を打たないですんだのだ。

「でも、兄上ってこんなに軽かったんですね。今まで知らなかった」
「私は鍛えているからね。私もジュールの腕がこんなに長かったのも知らなかったよ」

二人は顔を見合わせて、ニヤッと笑った。

そして、お互いの唇の感触を知ろうとして、どちらともなく唇を合わせた。


・・・

「あ、ジュールが見える」
「トト・・・トト?!」

今度こそ、お互いの瞳にうつる愛する人の姿が見えた。

「不思議なことに戻ってしまったみたい?」
「本当に戻っていますよね?」

トトは、どうにも釈然としないジュールを連れて、先ほど逃げていったサングがいるであろう客室へ向かった。
そして、ジュールに部屋に入ってもらった。

「ひぃぃ!何しにきやがった!気持ちのワルイ奴め!」

サングは、大げさにのけぞった。

「ほら、やはりジュールだよ」
「その・・・ようです。すごく嫌ですが・・・」

二人は頷くと、サングの部屋から出て行った。

「なんだったんだ?」

・・・もちろん、サングがしばらくジュールに近づかなくなったのは確かである。





「まさしく、オカルト現象。やはり魂が一時的に抜けてしまったに違いない」

トトは膨大な蔵書の中に埋もれながら、ブツブツと言っていた。

「ともかく、排泄の問題まで発展する前でよかったです」


そんなことをブツブツ言っていたら、トトの従兄妹のレオーネとその相棒のマリウスが走りこんできた。

「どうもこうも!こいつが私で、私がこいつなんだ!」
「どうすればいいのかと聞いたら、レオーネが陛下にって!」

ジュールとトトは顔を見合わせて、同時に答えた。

「キスをすれば戻るよ」

その後、二人がどうしたかはわからない。。