-超番外~大雄山へ-
「はぁ、おいしかったねぇ」
トトは、うっとりとした瞳で桜をみている。
「本当に、兄上は花より団子だなぁ」
ジュールは、トトから串を受け取り、それをゴミ箱へ捨てた。
「団子じゃないよ!かまぼこだったんだよ!」
「そう、そうだったね」
二人は、小田原のかまぼこ祭りに来ていた。
…というより、小田原城に花見に来たら、偶然にもかまぼこ祭りが開催されていたのだ。
トトは串に刺さった魚型のかまぼこを食べた。
「運がいいね」
「まったく、兄上ときたら桜を見る前に、かまぼことビールに向かって走っていくんだもの。びっくりだよ」
「えへへ…」
トトは照れくさそうに頭をかく。
この人の食いしん坊ぶりは春の風雅を上回っていた。
だが、ジュールもビール缶を持っているところ、人の事は言えない。
「でも、今日が晴れててよかった。昨日は少しぐずついていたからね」
「うんうん」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
と、いうわけで。
二人は、いつものごとく隣国の王様に都合をつけてもらって、この国に遊びに来ていた。
花見をしに来ただけなのだが、それだけでは大幅に時間が余ってしまう事に気づいた二人。
「ここには前にも来た事あるしねぇ。違うところにいってみたいよ。近場の」
とトトが言う。
「近場…箱根まで行くと時間がかかりそうだな。どうしようか」
ジュールは、少し「う~ん」と考えてから
「駅に向かうか」
と呟いた。
かくして、駅に向かった二人。
駅ならば、観光地くらい書いてあるだろう。
そう考えていたが…トトは違うところに目をつけた。
「大雄山線??お山があるんだねぇ」
「そりゃ、山なら見えてるでしょう。あちらこちらに」
ジュールがまわりを指差す。
「でも、これは特別な山に登れるかもしれないよ。行ってみよう」
トトはトコトコと大雄山線に向かって歩いていってしまった。
「別に山なんて珍しくもないのに」
ジュールはブツブツ言いながら付いて行く。
二人は山国イルミーネの生まれなので、たしかに山は珍しくもないのだが、ジュールが気がかり
だったのは、急勾配を登らなければならないかもしれないという現実だった。
運動が嫌いで…あくまで無理な負担をかけたくない彼は、先週トトにハイキングに誘われて
とんでもない目にあったばかりなのだ。
「楽なハイキングコース」
とは名ばかりの獣道を7キロほど歩かされた。
トトはウキウキと進んでいったが、ジュールは気も身体も休まる暇がなかった。
なにしろ、トトは崖っぷちの道をひょいひょい歩いていくのだ。
「兄上!危ないですよっ!おっと・・・っ!」
「じゅ!ジュージュー!私の手につかまって」
こうして、トトに助けられ…。
またあんなの状況のくり返しなのかっ!
ジュールの表情がこころなしか曇りがちなのもしょうがない。
小田原駅から、大雄山駅までは小さな電車でコトコトと30分くらい揺られていく。
「すぐ山なのかな?」
だが、駅を降りてみると、そこからバスに乗って山まで行く事が判明。
二人はバスに乗って山を目指した。
「見て!どんどん山の中に入っていくよ!」
「はぁ、別に珍しくもない光景ですが…」
醒めた態度のジュール。
無理もない。
彼の目には、先ほどから山に向かう階段の道がちらほらと見えているからなのだ。
着いたら、できれば寺社仏閣だけがあって、その他は何もなくていいっ!
ましてや、ハイキングコースなど最悪だ!
私は、土産でも見て帰るんだ!
ジュールが決意を固めている間にも、バスは終点に向かっていた。
-最乗寺-
とある。
土産物店がちらほら…。
山に向かう道に、階段と橋が見える。
真っ直ぐに進めば寺社の門に通じている階段がある。
左にそれれば杉並木の小道に通じる橋がある。
「私、橋の向こうに行って見たい」
と、トトが言うので、小さな橋を渡った。
天を突くような杉並木の林は、どこか神秘的だ。
ジュールも、日常とは違う光景に息を潜めて、少し上を眺めていた。
「空気が澄んでいる」
しばらく歩くと、先ほどの真っ直ぐに伸びていた道に合流する。
階段を登ると、最乗寺の境内が見えた。
「ふぅふぅ・・・」
ジュールがやっと登り終えると、トトがさっそくトコトコと歩き回っている。
「兄上、迷子になるからっ!」
「だいじょうび!」
境内は広い。
見晴らしもよいので、迷子の可能性はないが、トトの事だ。
何をするかわからない。
ジュールは息を切らしながら、トトに付いていく。
「ジュージュ!それだからメタボって言われるんだよ」
振り返り様、トトが言った。
「まだ言われてないっ!」
ジュール慌てて反論。
「あれは、バストール国の基準がおかしい!ウェストサイズだけでメタボなんて!
私のように高身長の人の都合を考えていない。基準がおかしいのは、国王がデブだからだ!」
今頃、バストール国王サングはくしゃみをしているだろう。
イルミーネ国のメタボ基準はバストール国の基準を取りいれているのだ。
確かに、サングはジュールよりも背が低いのに体重は重い。
だが、デブに見えないのは筋肉質だからだろう。
サングはジュールと違って、どこの超人かと思うほどに身体能力に優れているのだ。
「じゃあ、メタボ予防に、ね!ジュージュ運動不足だから」
「うううっ、フン!」
運動不足といわれると反論できない。
境内の端のほう…桜が舞い散る中に、小さな楼閣があった。
四方を水に囲まれている風雅な空間だ。
トトはそこに入っていき、丸太の椅子に腰掛けた。
「ふぅ…」
溜息を一つ。
「疲れた?」
「ううん」
首を振る。
「少しだけここにいてもいいかな」
そのまま、トトはしばらく一点を見つめじっと座っていた。
…そういえば、最近トトはイラついてばかりいた。
怒りをどこかにぶつけない日はないというほど。
「仕事にやる気になってるんだ」
と言ってはいたものの、どこか普段のトトではなかったような気がする。
態度もどこか乱暴で。
いつも心が身体と共にいない感じだった。
「何かしないと」
口癖のようにそればかり。
ジュールも「そばにいる」とか「落ち着いて」「気にするな」とか言っていたものの、トトの心が
どこか飛んでいるのは確かだったから、内心不安を感じていた。
トトをやる気にさせているのは、新しい政策のせいだったが、どうも連絡がうまくいっていないらしい。
知らないところで物事が進んでいるいるようだ。と呟いていた。
専門家が何人も入り込んでいるためであったが、すべては彼らの頭の中で進行しているようで
国王であるトトの耳には入っていない事項も多く、さらにトトには最終判断だけ任せるといった流れ
になっていたので、実質的には何もできないという歯がゆい状況であった。
トトは、その政策のために張り切って新しい事柄も学んでいたのだが…。
そういえば、最近トトが絵を描いたり、小説を書いたり、好きな本を読んでいるところを見かけない。
趣味も捨てて、仕事に没頭していたのだ。
どんなに忙しくても、いつもどこかに余裕を残していたのがトト流だった。
だが、今回は違う。
まったく余裕が見えない。
ジュールも当初はいい事だと考えていたが、「負けず嫌い」や「ポジティブ」も行き過ぎると、精神的
に追い詰められてしまう。
だから、先週も今日も出かけられてよかったと思う。
トトも少しずつ気づき始めているのかもしれない。
何かおかしい事に。
どこのくらい時間がたっただろう。
ジュールが時計を見ると30分ほど過ぎていた。
トトは、時間が止まったように桜を見ている。
だいじょうぶかな…。
ジュールは心配になって、声をかけた。
「落ち着いた?」
「…う…うん」
トトは目をこすった。
うっすらと隈ができている。
やはり疲れているのだ。
「もう少し休む?」
「うん…もう行くよ」
二人は、境内をさらに奥へと進んだ。
すると、妙な光景に出くわした。
下駄下駄下駄…鉄下駄の山。
「すごい見てよ!」
トトが指差したほうには、トトの身長ほどもある下駄が奉納されていた。
「だれが履くんだ?」
ジュールも楽しくなって、思わず笑みをこぼす。
「ほら、あそこにいる天狗だよ」
そばを見ると確かに天狗がいる。天狗を敬っているという事は、ここは修験道に通じた場所らしい。
そういえば、最初の杉並木道も空気は澄んでいたが、どこかピンと張り詰めた雰囲気がしていた。
「修験道って忍にも通じているんだよ」
トトは忍者にも興味があり、独自で忍法を学んだりしているのだ。
あいかわらずマニアックな人である。
「ちょっと待ってください・・修験道ってたしか…険しい山道を登ったりそういう修行が…」
ジュールの背中に冷たい汗が流れた。
-まさか!!-
そのまさかをトトがさっそく見つけてしまった。
「見てみて!こっち!こっち!!」
先に進んだトトが手を振っている場所…その先に永遠と連なる階段…。
「…なんですか」
ジュールが何か言う前に、トトはトントンと階段を登り始めていた。
しかたなしに、ジュールもゆっくりと付いていく。
「ジュール!すばらしいよ!」
ジュールが「もうここで終わりにしましょう」と言いかけた時、彼はさらに信じたくないものを見た。
階段を登った先…その先に見えたものは…
200段をゆうに越す階段道。
上は霞がかって見えない…。
「兄上…」
何か言う前に、トトは登りはじめていた。
「上に着くまで一回も休んじゃダメなの!そう自分に言い聞かせたんだ」
「言い聞かせなくていいから…」
この時ばかりは…ジュールはトトに逆らおうと決心した。
私は、この先なんと言われようと途中で休むぞ!
本当は登りたくないが、トトを一人で行かせるわけにはいかないだろう。
ジュールも悲壮な顔で、階段に足を一歩踏み出した。
そして、すぐに後悔した。
やっぱり登らなければよかった…。
どこまで行っても先が見えない。
戻りたくても…ここまで来ては…。
トトは少し先を登っている。
「78・・79・・80・・」
段数を数えているようだ。
どうしてそんなに余裕なんです?兄上?!
残念ながら、ジュールにはその発言をするほどの元気は残っていなかった。
「216!」
トトは頂上に着いた。
下を見ると、20段ほど下でジュールがへたばっていた。
「ジュージュ、もう少しだよっ!」
「…ひぃひぃ…」
返事もできないらしい。
「ここまでくれば、栄光の頂上が見えるんだよ!」
「ひぃひぃ…」
ジュールが少しずつ動き出し、這いつくばりながらもやっとこさ上に着いたのは、それから10分後。
最乗寺、奥の院。
小さなお堂の中には、誰でも入れる。
トトも、靴を脱いで仏像に手を合わせた。
イルミーネは大地母神を信仰しているが、もともと多神教であったせいか、他宗教には寛容だ。
トトは常々言っている。
「神仏がいるとかいないとか、その前に先人が祈りを捧げたところに手を合わせ敬意をはらう。
それが大切だと思う。そういう場所にはきっと祈りの力がこめられているはずなんだ」
ジュールも手を合わせた。
そして、いつものようにトトに聞いた。
「何をお願いしたのです?」
「皆がね、心安らかに過ごせるように」
トトはいつものように答えた。
「…あなたの願い事は…?」
ジュールはいつもと同じようにトトに聞く。
「…私は…」
そこで、言葉を切って。
トトは、答えた。
「ジュージュに、いつもそう聞かれると、泣きそうになるんだよ」
そして、幸せそうに微笑んだ。
それが答えだから。
お堂を出たトトは、突然、何かに呼ばれるようにおみくじを引いた。
「引かなきゃいけない気が…」
「ええっ??」
トトは勘が強い。
どうにも不気味な行動をする事がある。
かくして、おみくじを引いたトトは中を慎重に開けて、読んだ。
「…!」
驚愕の表情を見せるトトに、ジュールは「何が書いてあったの?」と聞く。
「大事なもの…忘れるなって」
「ふ・・む」
「私…」
考え込むように顔を伏せながら、トトはおみくじを指定の場所に結びつけた。
「大切なもの…」
帰りは、裏道を通る事にした。
ちょうどお堂の裏側になだらかな山道が続いている。
急な階段と違って、距離が長い。
その山道をゆったりと降りていく。
途中で、トトが木に結んであるおみくじを見つけ、解いた。
「こんなところに結んじゃいけないんだよ」
そして、中を見て、また驚いた顔を見せた。
「まっすぐに…夢を見失わずに…」
「そう書いてあったの?」
「…」
トトは、突然口元を覆って黙りこくった。
そして、小さく頷いた。
「私、物書きになりたかったんだ」
ポツリと言った。
「思い出した」
「私は、私の書いたものを読んだ誰かが、楽に生きれるようにって考えて、いつも読み物を書いていた。
私には、大きな願いがあったんだ」
「…」
「それが、どうだ。最近では、目先の事に捕らわれてばかりで大きな目標を見失ってしまっている。
私が本当にしたい事はなんなのか。今日はそれがわかった気がする」
「登る時の階段って修行みたいに辛かったね。でも、もしかしたら、この帰り道も修行なのかな」
ジュールがポツリともらした言葉に、トトははっとなった。
「汗かいて全力で辛い道を登るのも修行。その後、この長い道でいろいろ考えて涙を流すのも修行
なのかなって」
ジュールが隣を見ると、本当にトトは涙を零しそうになっていた。
「大丈夫。一粒流れたらすっきりするから」
と言いながら、中腹あたりで、急に立ち止まり
「私は、好かれようとしてたんだよ。皆に。でもうまくいかなかった…」
と、嗚咽を上げ始めた。
「やっと本当の事言えたね」
トトは、たぶん慣れない人々の中で受け入れられようと必死だったのだ。
だから、知らない分野の勉強までしていた。
必死になればなるほど空回りをして、それが苛立ちにつながったに違いない。
私は、まだわかっていなかったな…。
少し前に、それがわかっていたなら、トトがここまで追い詰められる事はなかったかもしれない。
ジュールはトトの頭を撫でた。
「この長い道には、まだ当分誰も来ない。泣くだけ泣いても大丈夫。私しかいない。
私は知ってる。あなたがどういう人かもちゃんと知っている。だから大丈夫。
ここでなら、いつでも泣いていい」
そういえば、トトが泣いている姿をだいぶ見ていなかった。
泣き虫なこの人が、泣いていなかった事自体、だいぶ無理をしていたという証拠なのだ。
しばらくするとトトは泣き止み、下のお堂の手前で、またおみくじを木からはずしていた。
そして観音様に手を合わせた。
「何を願ったの?」
「皆の心の平安を」
「どうして?」
「皆が安らいでいれば、嫌なことはなくなるから」
そのそばで、桜が咲いていた。
「あんなに綺麗な桜を見たのは、ひさしぶりだよ」
「そうですね」
なんという種類なのかは知らない。
目が覚めるような鮮やかな色だった。
「今日、来てよかった?」
「うんうん」
お漬物を買ったトトはごきげんだ。
「明日の朝、ご飯と食べるんだ」とはりきっている。
「おぉぅ」
「どしたの?」
ジュールがバスの中で唸っている。
「明日、絶対筋肉痛になってる!しばらく山歩きはできないよ」
「んな、大げさなっ!」
「・・・・だって」
「もうメタボとは呼ばせない!くらいの意気込み出ないとっ」
「今まで一度も呼ばれたことはないですョ!!」
「帰りに、一杯飲んでいこう!小田原のおでんもあるし」
「人の事メタボなんて言えないでしょ!」
バスは、桜の山道を下っていった。
-オワリ-